10-1 これはある種の修羅場的な?
「なぁ、今週の金曜日、久しぶりに飲みに行かねぇ?」
「おー、いいな、行こう行こう」
「いつもの居酒屋にする? それともS駅まで出る?」
「人数次第じゃねぇ? 木内、おまえどうする?」
声をかけられて少し考えた。今週の金曜は休講が出たから午前中で終わる。その話を幸佑にしたら昼飯をこっちで食べたいと言い出し、押し切られるように約束させられてしまった。
(大学生活に興味があるって言ってたけど、まさかオレの様子を探りに来るわけじゃねぇよな?)
最近の幸佑はやたらオレの学生生活を聞きたがる。いろんなことに興味を持つのはいいことだと思うが、なんとなくそれだけじゃないような気がした。
(どんな友達がいるのかとか、飲み会に行くことがあるのかとか、なんか探られてるって感じがするんだよな)
まるで浮気を疑われているみたいだ。そんな言葉が頭に浮かび、ハッとした。それじゃあオレと幸佑が付き合っているみたいじゃないか。「いやいや、単に大学生活が気になるだけだろ」と言い訳じみたことを考える。
(金曜日のことも、単に学生気分を味わいたいってことだろうし)
このあたりは古くから私大があるからか学生向けの飲食店も多い。幸佑とは縁がなさそうな店もいろいろある。そう思って話して聞かせたからか俄然興味を示した。とくに気になったのが安くてうまい中華屋らしく、そこのラーメンがオレのお気に入りだと話したら「俺も食べてみたい」と言い出した。
(町中華なんて行ったことなさそうだもんな)
それ以前に一人のときはネットでポチッとしていたと言っていた。前に駅前で遭遇した元セフレの話でも行くのはお洒落な店ばっかりだったようだし、見るからに年季の入った店構えに驚くんじゃないだろうか。
(でも味は間違いないし、なにより大盛りがあるのがいいんだ)
幸佑もよく食べるしきっと気に入るはずだ。あれこれ考えているうちに段々とウキウキしてきた。「オススメは醤油ラーメンだけど、寒くなってきたら味噌もうまいんだよな」なんて思い出しながら何を食べようか考える。
「おーい、木内?」
「えっ?」
「金曜日、飲みに行けるか聞いてんだって」
金曜は大学近くで昼飯を食ってから、そのまま幸佑の部屋に行くことになっている。
「あー、悪い。用事あるから、また今度な」
そう答えると、声をかけてきた奴らが「やっぱりなー」なんて言い出した。
「やっぱりってなんだよ」
「だっておまえ、夏休み終わってから付き合い悪いじゃん」
「そうだっけか?」
「そうそう。飲みに誘っても毎回断られるし」
「もしかして彼女でもできたとか?」
「あっ、それ俺も思った」
「木内にもついに春が来たのかー!」
「木内が最後の砦だったのになー!」
「最後の砦ってなんだよ。つーか、彼女とかいねぇし」
答えながら頭に浮かんだのは幸佑の顔だ。「いやいやいや!」と頭の中で全力否定しながら「恋人じゃない」という言葉が浮かぶたびに胸がズキッとする。
「なんだ、やっぱり彼女説はなしかー」
「やっぱりってなんだよ」
「だっておまえ、女の子の中に入ったら埋もれるからさぁ」
「そうそう。女子の隣にいても同性の友達みたいに見えんじゃん? ちっこいし」
「おいこら、言うに事欠いてなんだと?」
「まぁまぁ怒るなって」
「やかましいわ。つーか、頭撫でてんじゃねぇよ」
悪気はないんだろうが、みんな好き勝手に言い過ぎだ。
(そういや最近、こいつらと飲みに行ってねぇな)
夏休みは元々バイト三昧の予定だったから約束はしなかった。夏休みが明けても幸佑の部屋に通っているため週末のお誘いは毎回断っている。「次は行くかな」と思ったものの、幸佑になんて説明しようか考えるだけで頭が痛くなった。
(友達と飲みに行くって言えば付いていくとか言い出しそうだよな)
最近の探るような様子からして間違いなく付いてくる。そんなことをされたら、こいつらにもあれこれ探りを入れるに違いない。
(つーか、幸佑ってそんな感じだったっけ?)
昔はオレにべったりだったものの、それも小学二年か三年くらいまでだ。幸佑が中学に入ってからは家に来ることも減り、高校生になってからは顔を合わせることもなくなった。それでも幸佑の様子がなんとなくわかったのは母さんとおばさんが仲がいいからで、情報源は全部母さんだ。逆に家を出ていた幸佑はオレのことを何も知らなかったと言っていた。
それがいまじゃオレが普段何をしているのかまで逐一聞いてくる。ついにはモーニングメッセージまで送ってくるようになった。もちろん自分で起きられるようになったのはいいことだ。しかし頻繁に「今日は何するの?」と聞くのはどうなんだろう。若干鬱陶しいと思いつつ、そうやって構われるのは嫌じゃないと思う自分がいた。
(一回ちゃんと話したほうがいいよな)
幸佑は好きだからだというが、単に人恋しいだけかもしれない。卒業してから高校のクラスメイトには一度も会ったことがないと言っていた。セフレはいたものの、いまは誰もいない。だからオレにこだわっているんじゃないだろうか。
(そうじゃないって幸佑は言うけど、気づいてないだけかもしれない)
それなら一度ちゃんと話をしたほうがいい。問題は返事を聞きたいと言われるだろうことだ。いまだに答えを出したくないと思ってしまう自分に「はぁ」とため息をつくと、「なんだなんだ? 悩み事か?」と頭を撫でられた。
「おい、やめろって」
「何か悩んでるなら相談に乗るけど?」
「悩んでねぇよ……って、だからやめろって、高橋」
頭を撫で回す高橋の手をペシッと叩き落とす。
「あー、悪い悪い。ちょうどいい高さだからさ」
「言外に小せぇって言ってんじゃねぇぞ」
「あはは、かわいいかわいい」
「そうそう、木内くんはいつもかわいいですね~」
「ちっこくてかわいいですね~」
「おまえら、ぶっ飛ばされてぇのか?」
「やだぁ、木内くんったらこーわーいー」
「気色悪い声出してんじゃねぇよ。高橋も撫で回すな! 髪が乱れるだろ!」
オレの声にみんなが「悪い悪い」と笑いながら謝る。とりあえず睨むだけで収めるが、いつまで高校生気分なんだよと呆れてしまった。
こいつらは一年浪人したオレと違い現役で合格している。つまり年齢的にいえば一つ下で幸佑と同い年ということだ。別に年上を敬えとは思わないが、どうもオレをおもちゃにしている気がしてならない。
「はいはい、かわいい」
「高橋、いい加減にしないとマジで怒るぞ」
メガネの位置を直しながらジロッと睨むと「ごめんごめん」と言いながら高橋が笑った。そうしてお詫びのつもりなのかオレの前髪を手櫛で整え始める。ところがすぐに指を止めてじっとオレを見た。
「……なんだよ」
見つめられるとなんとなく落ち着かない。もう一度「なんだよ」と言うと高橋が前髪をサラッと撫でた。
「髪の毛、なんかサラサラしてんだけど」
「は?」
「トリートメント変えた?」
「はぁ?」
「前より明らかに髪質が変わってる」
真面目な顔でそんなことを言い出した高橋に「なに言ってんだこいつ」と呆れてしまった。
「髪なんて気にしたことねぇよ」
そりゃあお洒落な奴ならスタイル剤含めて気にするんだろうが、これまで気にしたことはなかった。そもそも家のシャンプーは母さんが買ってきたやつで、オレ自身にこだわりはない。
(……そっか、幸佑んとこのシャンプーか)
思い当たるとしたらそれだ。幸佑の部屋に泊まるとき、幸佑が使っているシャンプーだとかボディソープだとかを使う。最近は金曜だけじゃなく土曜日も泊まることがあるからそれのせいに違いない。
(自分でもサラサラしてきたなと思ってたけど、やっぱあのシャンプー高級品なんだな)
だから金髪っぽい幸佑の髪も痛むことなくサラサラしているに違いない。先週末も乾かしてやった髪の手触りを思い出し、なぜか顔が熱くなった。
「なんか顔が赤いけど、どした?」
高橋の指摘に「なんでもねぇよ」とそっぽを向いた。
「そうかなぁ? やっぱりなんか隠し事してない?」
「してねぇって」
「いいや、何か隠してるだろ」
顔を覗き込まれて慌てて「なんでもないって言ってんだろ」と睨み返した。一瞬キョトンとした高橋だが、「なんかポメラニアンみたいでかわいい」なんて言いながらまた頭を撫でる。
「だからやめろってば」
「あはは、ごめん。それにしてもめちゃくちゃ手触りいいよなぁ」
「撫でんな」
「あと少しだけ」
「あと少しって、なんだそれ」
「いやぁ、実家のポメ撫でてるみたいで気持ちよくってさ」
「ポメ……って、おまえマジで犬扱いしてんじゃねぇだろうな」
「してないしてない。木内撫でるのが好きなだけ」
「好き」という言葉にドキッとした。いつもつるんでいる奴らはよく「好き」だとか「かわいい」だとか言う。もちろん冗談だとわかっているが、幸佑とのことがあるからかドキッとしてしまった。
「それになんか雰囲気変わったよね」
「ん? なんか言ったか?」
よく聞こえずに聞き返すと「なんでもない」と笑いながらポンと頭を撫でられた。「おいっ」と睨むが「置いてかれるぞ」と言われて視線を向ける。
高橋がオレをいじるのはいつものことだからか、みんなさっさとカフェテリアを離れていた。「ったく」と顔をしかめながら高橋を見る。
「いい加減、撫で回すのやめろよ」
「それは約束できないな」
「高橋」
「ははっ、ほら追いかけないと」
笑いながら歩き出す高橋の背中をドンと叩き、みんなの後を追った。




