10-2 これはある種の修羅場的な?
飲みに誘われた月曜は、付き合いが悪いと言われたこともあって久しぶりに友人らとカラオケに行った。そこでも「マジで彼女できたんじゃねぇの?」なんて聞かれたが全部スルーした。火曜から木曜までは講義やレポート提出が続き、今週は珍しく忙しかった。
そうしてあっという間にやって来た金曜日は幸佑からのメッセージで目が覚めた。
「“今日楽しみだね”って……何時だと思ってんだよ」
スマホの時計は朝六時七分を表示している。ガシガシと頭を掻いて「起きるか」とベッドから下りた。
(今週は部屋に行ってないからなぁ)
ふくれっ面のイケメンが頭に浮かんだ。ああいう表情はオレにしか見せないに違いない。そう思うと顔がにやけた。久しぶりでもないのに会うのが楽しみでなんだかワクワクしてくる。そんなふうにソワソワする自分に呆れてしまった。
(なんだかんだ言って一緒にいるのは楽しいけどさ)
不意に「もう恋人でしょ」という幸佑の声が聞こえた気がした。スマホがピロンと鳴って画面に文字が表示される。
“今日のデート、楽しみだね”
相変わらずのアピールに「何言ってんだよ」と笑い飛ばした。それでも「デート」という言葉が頭から離れない。「恋人でもないのに」と思った直後、「じゃあこの関係は何なんだ」と考えて眉が寄る。
大学に着いてからも「オレと幸佑の関係」のことがちらついた。「別に幼馴染みと昼飯食うぐらい普通だろ」と思っているのに、「わざわざ待ち合わせしてまで食うか?」と疑問が湧く。しかも相手は告白してきた幸佑だ。
(……わざわざ今日考えることじゃないよな)
こんなことを考えていたら幸佑の前で変な顔をしてしまいそうだ。ため息をつきながら最後の講義を受けた教養棟を出る。そのまま大通りに面した校門へと歩き出したところで「まさか来てないよな?」と不安になった。
(絶対に大学には来るなって言っておいたけど……)
幸佑は立っているだけで目立つ。門の近くにいれば男女問わず注目されるだろう。そんなところにオレが現れれば週明けからのオレの大学生活は地獄だ。
あのイケメンは誰だと詰め寄られ、連絡先を教えてほしいと攻め立てられる未来が見える。高一のとき、たまたま学校帰りに中学生だった幸佑を見かけて一緒に帰ったことがあった。それだけで翌日大変だったことを思い出し、「絶対に大学には来るな」と何度も釘を刺した。
(オレは卒業するまで平穏な学生生活を送りたいんだよ)
校門が見えるところで立ち止まって周囲を見回す。人混みはできていない。小声で騒ぐ女子大生たちもいない。そのことにホッとし、改めてスマホを見てから「十分間に合うな」と門を出た。
目的の中華屋は大通りの交差点を渡り、地下鉄に向かう道の途中で路地に入った先にある。大学からは徒歩七分といったところだからか、学生たちがよく食べに行く人気の店だ。ほかに近くで働くサラリーマンたちも見かける。安くてうまい店だが、いかにも下町の中華屋といった感じの店内に幸佑がいるのを想像すると違和感が半端ない。
(……まさかあいつ、キラッキラの格好で来たりはしねぇよな?)
今朝のデートという文字を思い出して頬がひくついた。ただでさえ目立つのにさらに注目を浴びるような格好をした幸佑の隣を歩く勇気はない。また比べられるのかという気持ちと、おまえは邪魔なんだというような周囲の眼差しを思い出して気分が重くなる。同時に「それでも幸佑はオレを選んだんだ」という思いがわき上がった。
(だから何考えてんだよオレは)
今朝のメッセージを見てからどうもおかしい。あれこれ浮かぶ言葉を振り払うように交差点を渡った。そのまま歩き慣れた道を少しだけ早足になりながら路地へと向かう。
「あれ? 木内もラーメン食べて帰んの?」
角を曲がったところで声をかけられた。振り返ると高橋が軽く手を上げながら近づいて来る。
「今日は用事があるって言ってなかったっけ?」
「あー、まぁそうなんだけど」
「なんだよ、昼飯食うんなら一緒に行こうぜ」
「悪い高橋、オレ人と待ち合わせしてるから」
言い終わる前に肩を組まれた。「おい」と睨むと「まぁまぁ」と笑いかけられる。
「しっかし、最近ほんと付き合い悪いよなぁ。一年のときはそんなことなかったのにさ。帰るの面倒だからって部屋に泊まることもあったよな?」
「あー、あったな」
入学式の後、たまたまオリエンテーションで隣の席になったのが高橋だ。なんとなく言葉を交わし、履修届を一緒に考えたりしているうちに仲良くなった。一人暮らしの部屋に泊まったのも一度や二度じゃない。ほかの奴らも講義で隣に座ったのがきっかけで、いつの間にか同じ顔ぶれでつるむようになった。
「そうだ、今年のイブみんなで飲み会やるんだけど、それには来るよな?」
「クリスマスって、まだ先の話だろ」
「店使うならいまから予約考えとかないと取れないんだよ」
イブと聞いて幸佑の顔が浮かぶ。「絶対にコウちゃんとクリスマスパーティするから」と言いながらネットで何かを見ていた後ろ姿を思い出した。
(約束したわけじゃねぇけど、たぶん何か考えてるな)
幸佑とクリスマスを過ごすのは……もしかしなくても小学生以来じゃないだろうか。小さい頃は、それこそ二人してサンタが来るのをワクワクしながら夜遅くまで待った。小学生になってからはサンタを待つことはなくなったものの、オレの家でチキンとケーキを食べるのが恒例行事だった。そんな幸佑も中学生になってからは家に来ることがなくなり、代わりに残念がる母さんを見るのが恒例になった。
「悪い。クリスマスはたぶん予定が入るから無理だわ」
「マジか。ってかさ、やっぱり彼女できたんだろ。別に隠さなくてもよくね?」
「だから彼女なんていないって言ってんだろ」
「それにしては用事あるの決まって週末だよな? それでクリスマスも予定あるかもって聞いたら、ますます彼女だって思うだろ」
「だから違うって」
相手は男で幼馴染みだ。そう言えばいいだけなのになぜか言い出せない。幸佑との関係を勘繰られたらと思って言えなかった。
(勘繰られるって、そんなことあるわけないのに)
大学にも同性カップルらしき人たちはいるが、それでも身近なものじゃない。高橋は高校時代に彼女がいたと言っていたし、同性の幼馴染みと過ごすと言っても変に思ったりしないはずだ。
「悪ぃな。そのうち飲みに行こうとは思ってるから」
結局それしか言えなかった。そんなオレをなぜか高橋がじっと見ている。
「なんだよ」
「木内ってやっぱり雰囲気変わったよな」
「はぁ?」
「雰囲気っていうか、なんとなくかわいくなった気がする」
「ケンカ売ってんのか」
ジロッと睨むと「その顔もなんでかかわいく見えるんだよなぁ」とため息をつく。
「馬鹿にしてんのか? ……って、だから頭撫でるなって」
「それに髪サラッサラだし」
「やめろって言ってんだろ」
「いままで髪の毛とか気にしてなかったよな? それなのに急にどうしたのかと思ってさ。それにその服、前と雰囲気違ってるし」
指摘されてドキッとした。今日着ている服は幸佑が見立てたものだ。
積極的に外に出る手助けになるならと誘われるまま二人で外出するようになった。ところがそのたびに幸佑はオレの服を買おうとする。いくら「無駄遣いはやめろ」と言っても「だって好きな人に俺が選んだ服、着てほしいもん」と言って聞かない。ついに根負けして数着選んでもらったが、もちろんお金は自分で払った。それが幸佑には不満だったのか頬を膨らませていた。
「急にお洒落になったよな?」
「暗に前はお洒落じゃなかったって言いたいのかよ」
「そうじゃないけど普通だったなぁと思って。でもいまは違う。センスっていうか、デザインも色も木内が選びそうな感じじゃないっていうか」
普通という言葉にムッとした。「どうせオレは普通で平凡だよ」と眉を寄せながらも褒められたのがうれしくて口元がにやけそうになる。
(もし本当にお洒落になってきたんなら、オレでも幸佑の隣を歩けるかな)
浮かんだ言葉にハッとした。「いやいやいや」とつぶやくと、「木内?」と呼ばれて「なんでもない」と慌てて答える。
「別に何も変わってねぇよ。それよりいい加減離れろって」
いつまで肩を組んでいるつもりだ。ここは路地裏で、表の大通りほどではないものの人が行き交う中でこういうことはやめてほしい。
「まぁまぁ。っていうか、木内ってほんと小さいよなぁ。華奢っていうの? なんていうか……うん、収まりがいい」
肩を抱き寄せられてギョッとした。こういうじゃれ合いは一年の頃からで、嫌というほどされてきたからかすっかり慣れてしまった。それなのに鳥肌が立つようなゾワッとしたものを感じる。
「おい、マジでやめろって」
「頭の位置もちょうどいいし、触り心地も最高だし」
「だから撫でるなって言ってんだろ。さっさと離れろって」
「あはは。そういう反応もポメみたいでかわいい」
「うるせぇ! 犬と一緒にすんなっ」
笑いながら頭を撫で回す高橋を「いつか絶対ぶっ飛ばす!」と睨みつける。それでも肩を組んだまま笑う高橋に「いい加減にしろっ」と声を荒げたところで「コウちゃん?」と呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると幸佑が立っている。黒のロングコートにブーツ、金髪に近い髪はゆるく結んでいて、まるで雑誌か何かから出てきたようなイケメン振りだ。
「そいつ、誰?」
聞こえてきた声に背中がゾクッとした。オレを見る眼差しもいつになく冷たい。いや、幸佑が見ているのはオレじゃなくて肩を組んでいる高橋だ。
「ねぇ、誰?」
「大学の友達だよ」
答える声がなぜか掠れてしまった。緊張しているわけでもないのに、それ以上の言葉が出てこない。オレの態度が気に食わないのか幸佑の眼差しが鋭くなる。慌てて「一年のときからの友達なんだよ」と説明した。
「こいつもラーメン食べに行くらしくて……あっ、いや、一緒に行くわけじゃないからな? ここで偶然会っただけだから」
なぜか言い訳じみた言葉が出てくる。言いながら高橋の手を払いのけ、メガネの位置を直して髪の毛を整えた。
「そうなんだ」
抑揚のない声に手が止まった。目の前に幸佑が立っている。別に悪いことをしていたわけでもないのに顔を見ることができない。それでも視線を上げると、幸佑の冷たい目は高橋を見ていた。




