9 幼馴染みのアピール
「コウちゃんの味付け、俺好みで愛されてるって感じがする」
幸佑の言葉に箸が止まった。すぐに「深夜のバラエティ番組でやってた時短メニューだけどな」と返したが心臓が妙にバクバクする。
「味噌汁も愛が詰まってておいしいよ」
「そりゃ母さんの味だ」
「もとはそうかもしれないけど、コウちゃんが作ってくれるからおいしいんだって」
「はいはい」
「でも一番はこうしてコウちゃんと一緒に食べてることかな。だからおいしいんだと思う」
「言ってろ」
素っ気なく返事をするオレに「今日もコウちゃんはツンデレだなぁ」と幸佑が笑う。そんなイケメンをひと睨みしてからコップの水を一気に飲み干した。
(どんなアピールの仕方だよ)
絶対に諦めないと宣言した幸佑は、以前よりもしつこいほどアピールしてくるようになった。しかも「愛」だとか聞いているほうがこそばゆくなるような言葉を使う。これならまだ「好き」だと言われるほうがマシだ。
(いや、それも困るけど)
ちょっと前までは何を言われても受け流すことができた。それが最近はうまくいかない。すっかり見慣れた幸佑の顔だというのに、ニコッと笑いかけられると妙にドキッとする。そのたびに顔をしかめるものの原因に心当たりがないわけじゃない。
(やっぱりオレも幸佑のこと……)
よぎった言葉に「いやいやいや」とコップを握る手に力が入る。そのまま口を付けようとしたところで「水、入ってないよ?」と指摘され、「わかってるよ」と答えながら席を立った。ウォーターサーバーで水を注ぎながらチラッと幸佑を見る。
(幸佑がオレのことを好きなのはわかった。本気だってのも、まぁなんとなくわかる)
理由は「外見しか興味がないほかの人と違うから」だそうだが、オレ以外にもそういう人はいるんじゃないだろうか。
(……いや、あんまりいないかもな)
高校のときも「すげぇ注目されてんな」と思っていたが、こうして再び一緒にいるようになって昔の比じゃないことに気がついた。とにかく幸佑はモテる。というか目立ってしょうがない。ただ立っているだけなのに大勢が幸佑に目を留めた。なかには勝手に写真を撮ろうとする人までいるくらいだ。
(まるで芸能人みたいだ)
そんな幸佑の隣にオレが……考えるだけでため息が出た。どう考えても悪目立ちする。きっと「なんであんな奴が隣に?」と思われるだろう。いろいろ言われた中学のときのことが蘇り嫌な気分になる。名前も知らない赤の他人に何を思われてもかまわないと思いつつ、やっぱり人の目が気になってしょうがなかった。
「ほかの人のことなんてどうでもいいよ」
椅子に座りながら「なんの話だよ」と返す。
「コウちゃんって意外と周りの人のこと気にするよね」
「そりゃあするだろ。つーかほとんどおまえが原因だけどな」
「知ってる。一緒に小学校通い始めたときもキョロキョロしてたし」
言われて当時のことが頭に浮かんだ。幸佑が小学校に入る前は大勢に見られてもそこまで気にならなかった。むしろ幸佑のかわいさを弟のように自慢していたくらいだ。
ところが幸佑が小学校に入学し、一緒に通うようになって周囲の視線が変わったように感じた。それまでは「あら、かわいい」とにっこり笑う大人がほとんどだったのに、同い年の女子たちからジロジロ見られるようになった。視線の意味はわからなかったものの居心地が悪く、なんとなく嫌な気分になったりもした。
(そのうち別のクラスの女子たちまでいろいろ言われるようになって、余計に気になり始めたんだよな)
それでも幸佑と遊んだりしていたが、中学に入ってからは少しずつ距離が離れていった気がする。小学生と中学生じゃ下校時間が違うという理由もあるが、女子たちがさらにうるさくなったのも一因だった。
(幸佑を見たいから連れて来てとか、なんだそりゃって話だよな)
その頃から幸佑と比較されるようにもなった。そのたびに「平凡なおまえはイケメンの隣にふさわしくない」と言われているような気がしてムカッとした。
「コウちゃんが気にしてるのはわかってる。でも俺はコウちゃんがいい。迷惑だって思われてもコウちゃんしか欲しくない」
「欲しくないって、なんだよそれ」
「だってそれが俺の気持ちだもん」
真剣な眼差しに頬が熱くなる。
(まただ)
こんなふうにアピールされるようになって結構な日数が経った。こういうのにも慣れたはずなのに、どうしてドキッとしてしまうんだろう。いまだってじっと見つめられるだけで落ち着かない気分になる。
不意にスネの辺りをススッと撫でられてぞわっとした。「おいっ」と向かい側を睨むが、イケメンは「えへへ」と楽しそうに笑っている。
「何やってんだよ」
「なんかこういうのいいなぁと思って」
そう言いながら、また足の指でスネを撫でられた。「やめろって」と言いながらやり返すと「あはは、ちょっとくすぐったい」と幸佑が満面の笑みを浮かべる。
「こんなふうにご飯食べるの楽しいよね」
「そうか?」
「うん。コウちゃんちでご飯食べてたときのこと思い出す」
笑いながら箸を動かす幸佑を見る。何か言おうと口を開きかけたが、結局言葉が見つからず水を飲んだ。
「こういうこと言ったらコウちゃんが困るのはわかってる。でも昔のことを使ってでもコウちゃんを引き留めたいと思ってる。卑怯だって思われてもいい」
「んなことは思わねぇけど……あのさ、オレじゃなくてもおまえが好きになる相手、これからいくらでも出てくるんじゃないか?」
「そんなことないよ」
「わかんねぇだろ」
「わかるよ」
「たった二十年しか生きてねぇのになんでわかるんだよ」
「年なんて関係ない。それに俺の二十年間はコウちゃんがいたから楽しかったんだよ。コウちゃんがいなかったら人生ずっとつまんなかったと思う」
「大袈裟な奴だな」
「だって本当のことだもん」
「オレとおまえが会ってから二十年も経ってねぇだろ。たった二十年弱で何がわかるんだよ。それに一緒にいたのは中学までで高校からはほとんど顔合わせてねぇし」
「あはは、そういえばそうだ」
笑いながらも幸佑の目はずっとオレを見たままだ。
「とにかく、一時の気の迷いかもしれねぇだろ」
幸佑が箸を置いた。「そんなことないよ」と答える顔は微笑んでいるが目は笑っていない。
「コウちゃんより好きになる人は出てこない」
「わかんねぇだろ」
「ううん、わかる。これでも俺、経験豊富だからね。恋愛初心者のコウちゃんよりはわかってるつもり」
「豊富なのは恋愛じゃなくて下半身の間違いだろ」
「あはは、言われちゃった」
笑った顔が少しだけ真面目な表情に変わる。
「もしかして、やっぱり男同士は気持ち悪いって思ってる?」
「はぁ?」
「ほかに嫌われる理由が見当たらないからさ」
「……おまえ、どんだけ自信過剰なんだよ」
思わずため息をついたものの、幸佑に告白されて何カ月も返事を渋る奴なんてオレくらいだろう。こんなふうに返事をしないままなんて最低だと思っている。わかっていて返事ができずにいた。
(ひと言、無理だって言えばいいのに、なんで言えねぇかな)
これまでにも何度か話をしようとしたことはあった。そのたびに喉に物がつかえたようになり、先延ばしにした。
「……あーっ、くそっ、意味わかんねぇ」
そう言ってコップの水を半分くらい一気に飲んだ。それを見た幸佑が「コウちゃんって真面目だよね」と笑う。
「じゃあさ、もう一回試してみようよ」
「何をだよ」
「俺に触られて気持ち悪くないかどうか」
「いまさらだろ。そもそも気持ち悪かったら一緒のベッド使ったりしねぇし」
「それは幼馴染みだからかもしれないじゃん。昔はいっつも一緒に寝てたし、お風呂だって一緒に入ってた」
「それは昔の話だろ」
「じゃあコウちゃんは俺のこと、幼馴染みじゃなくて一人の男として見たことある? 告白してきた相手だって見たことあった?」
「……それは……」
「ないよね。あるかもしれないけど意識しては見てない。だから俺、もっと積極的にアピールしようと思ったんだ」
立ち上がった幸佑が隣に来てしゃがみ込んだ。手を取られて「おいっ」と引き剥がそうとするが、思ったより強い力にドキッとする。
「ね、こうやって触られるのは嫌?」
「……っ」
手首を掴まれたまま、もう片方の指で手の甲をススーッと撫で上げられた。肩がビクッと震え、なぜか背中がぞわっとしたことに驚いて言葉が出てこない。
「こういうのはどう?」
中指を摘まれた。そうかと思えば関節を確かめるようにクニクニと揉まれ、たったそれだけなのに背中がゾクゾクして変な気分になる。「じゃあこれは?」と言いながら今度は指の股を擦られた。前にされたときも変な感じがしたが、いまはもっとおかしな感じがする。くすぐったいような、それなのに首のあたりに鳥肌が立つような感覚にようやく「やめろって」と声が出た。
「気持ち悪い?」
「くすぐったいんだよ……だからやめろって」
「じゃあさ、こっちはどう?」
手首をグイッと引っ張られた。急に強い力で引っ張られてよろけた肩を幸佑が掴む。そうかと思えばグンと顔が近づいてきてギョッとした。
(キスされる!)
咄嗟にできたのは目を瞑ることだけだった。グッと目を瞑り体を強張らせる。ところが唇に何かが触れることはなく、そーっと目を開けた。
「コウちゃん、危機感足りなさすぎ」
ニコッと笑った幸佑の顔が離れていく。それにホッとするのと同時になぜか残念な気持ちになった。「いやいや、残念ってなんだよ」と心の中で突っ込むが、よくわからないモヤモヤしたものが体の中でグルグル回る。
「……おまえ、いったい何がしたいんだよ」
「キスはしない。恋人になってからするって約束したから」
「代わりにこっちね」と言って掴んだ手を持ち上げた。何をするのかと見ていると、手の甲にチュッと音を立ててキスをする。まるで外国映画のような仕草に顔がカッと熱くなった。
「おま……っ」
「俺、かっこいいでしょ。俺のこと欲しくない?」
手の甲からほんの少し唇を離しながら幸佑がニヤッと笑った。上目遣いの顔がやたらかっこよく見えて耳までカァッと熱くなる。
「ね、コウちゃん。早く素直になりなよ」
「な……に、言って」
「いまのコウちゃん、めちゃくちゃ俺のこと意識してるよね?」
「……んなことねぇよ」
「間が空いたのは正解ってことだ」
咄嗟に否定できなかった。それでも「気のせいだろ」とぶっきらぼうに答え、「幸佑に流されてるだけだ」と自分に言い聞かせる。
「コウちゃんって意外と頑固だなぁ」
「……んだよ」
「ほんとは気づいてるくせに気づかない振りしてる」
「何言ってんだ」
「俺の目は誤魔化せないからね? 何年幼馴染みやってると思ってるの?」
顔を覗き込まれてプイッとそっぽを向いた。そうしないと頭の中を見透かされてしまいそうな気がしたからだ。
「こういうことされて嫌だと思わないなら、それはもう恋なんじゃないかな」
掴まれたままの手に、またキスをされる。慌てて手を引くが、幸佑の唇が触れたところがやけに熱く感じた。
「別に恋人になったからって幼馴染みでなくなるわけじゃないんだけどなぁ」
幸佑の言葉にちろっと視線を向ける。
「幼馴染みで恋人で、俺のこと弟みたいに思ってるならそのままでいいじゃん。むしろ俺一人で三人分なんて最高でしょ。そっか、それなら俺一人でコウちゃんを独占できるってことだ」
「やばいね」と笑う幸佑を見ているうちにモヤモヤする原因に気がついた。
(そっか、俺は幼馴染みでなくなることが嫌だったんだ)
恋人になったら幼馴染みじゃなくなる。そうなったら幼馴染みの幸佑が消えてしまうような気がして嫌だった。
(それに、もし別れることになったら今度こそ幼馴染みじゃいられなくなる)
しばらく顔を合わせなくてもすぐに昔みたいに戻れたのは、お互いに幼馴染みだと思っていたからだ。それが恋人になり、うまくいかなくなって別れたら幼馴染みという立場も消えてしまう。それが嫌で、それならこのままでいいと思っている自分に気がついた。
「俺はコウちゃんのこと、絶対に嫌いになったりしないよ。幼馴染みだと思ってるし、彼氏になりたいとも思ってる。もしコウちゃんが別れたいって言っても、幼馴染みだって事実はなくならないから」
「俺から別れたいなんて言うことはないから安心して」と笑う幸佑の顔を見ることができない。まるでオレの心を見透かすような言葉に、キスされた手の甲がまたじわっと熱くなった気がした。




