奉仕者
「西園寺雄三様、ですね」
佐伯ミカの視線の先には玄関から出てきた車椅子の老人の姿があった。彼はサングラスをし、深い緑の帽子を被っている。
「敬称はいい。この先の湖畔まで頼む」
ミカは分かりましたと答え、後ろに回り、車椅子を押して歩き始めた。
「まずは世界の資産家トップ十入り、おめでとうございます。何があなたをそうさせた要因だと思われますか?」
「恵まれていた。それだけだ」
やや喉につっかえたような話し方だった。
「では質問を変えます。あなたは今や世界一の奉仕者と呼ばれ、次期ノーベル平和賞候補とも目されています。今や世界中であなたのフォロワーが生まれ、次々と新しい奉仕者が誕生しているこの現状は、あなたの望んだ未来だったでしょうか」
「私にとって奉仕活動は必然だった」
「あなたが肺、腎臓、肝臓、それに一部の皮膚や血管、毛髪に眼球と、多くのものを無償で他者に与えてきた。何故そこまで自分の体を投げ出せるのでしょうか」
並木道が開け、小さな桟橋とその先に広がる湖が見えた。傾きつつある太陽を受け、きらきらと光っている。
桟橋のところまで車椅子を押すと「ここでいい」と言われ、ミカは手を離す。
「以前、私はある女性を殺した」
それは突然の告白だった。
「事故だった。だが紛れもなく私の犯行だ。当時国会議員に成り立てで将来もあった。だから金にものを言わせ、その事実を隠蔽した」
「結果的に不起訴になった事件ですね」
「そうだ。しかし法律上は罪にならなかったとしてもその個人にずっと傷は残る。ある日のことだ。小さな少女が駅前で募金をしていた。その時は特に考えることもなく財布の中の紙幣を全て突っ込んだ。後日彼女から拙い文字の手紙が来てね。それを見た時、私は救いを見つけた」
「その事件の被害者となった佐伯リサの娘が、私です」
「知っている」
「言いたいことはそれだけですか?」
「何でもいい。君の望みを言いなさい」
「あなたの心臓。それを私にください」
西園寺は口元を歪めると「どうぞ」と言い、両手を広げた。
ミカは懐からナイフを取り出すと、それを両手で持ち、彼の胸元に突き立てた。
いや、突こうとして、寸前で止まってしまう。
見れば彼の背後に夕陽が落ちてきて、赤々と輝く湖面がまるで後光のようにも感じられ、全ての憑き物が落ちたような表情で、息を止めていたからだ。
「どうして……どうして!」
ナイフを投げ捨て、だらりと両手を垂らした男の頬を思い切り打った。




