それでも螺子は緩み続ける
踏み出した一歩がずるりと音を立て、特徴的な蛍光グリーンのバックパックを背負った男が大きな岩から滑り落ちた。男は特に痛みを感じる様子も見せずに立ち上がり、ズボンに付着した砂を払うと再び歩き始める。
その先には見渡すばかりの荒野が広がっていた。
惑星の環境が悪化し、外で活動するのはほぼロボットに限られていた。注文を受けるのもロボットなら物を作るのもロボット、梱包するのもロボットでそれらを運ぶのも当然ロボットだ。その運送用ロボットの中でもM開発のものは何が起ころうと必ず荷物を届けるとして評価が高かった。
ただよく待機所で仲間が漏らしている。荷物が無事に届けばいいので運送に関わったロボットがどうなろうと問題ではない、という姿勢でシステムが構築されており、道半ばで倒れても近くの仲間がその荷物を回収に行くだけだと。
まただ。
岩が幾重にも重なった急勾配を無理矢理に登ろうと右足を思い切り上げたところで、螺子が一本落ちた。けれど気にせずそのまま登ってしまう。
いつもそんな無理をしていたな、とふと思い出す。
それは彼の頭脳AIのベースとなった、ある男性の記憶だった。
その男は人間が沢山外を出歩いていた頃の都市で暮らしていた。駅と呼ばれる場所でロボットのような清掃活動をしつつ通勤で仕事に向かう人々を眺めていたり、着ぐるみでショウに出たりしていたようだ。
時折浮上する人間の記憶は、彼からすればどれも煌いて見え、よく分からない不思議な思考の欠片が生まれることが度々あった。それらは嫉妬と呼ばれるものだと分析されたが、だとすれば自分は人間というものになりたいのだろうか、と考えてしまう。
雨が酷く降り始めた。
人間であればおそらくどこかに避難し、雨が止むのを待つところなのだろうが、運送用ロボットにそういった選択肢はない。歩行不能となった場合のみ可及的避難が推奨される。しかし歩行不能の程度については定義されていない。
それからも突風に濃霧、高度が上がれば雪も舞った。
雷が一キロ圏内に幾つも落ちる日もあった。
それでも歩き続け、ようやく目的の山小屋が見えてくる。
彼は木戸をノックし「お届け物です」とお決まりの音声を再生する。
「はい」
中から聞こえたのはやや高い女性の声で、戸が開くと華奢な髪の長い人間が立っていた。
彼女は「ありがとう」と言い、ぎこちなく歩み出て小包を受け取る。彼女が箱を開けると中には一本の螺子が入っているだけだった。




