電子蝶は夢を舞う
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「こいつも運んじゃっていいすか?」
「ダンボールにまとめてあるもの以外は処分していただいて大丈夫です」
蒔島は小型のノートパソコンを前にメールの処理をしながら、緑の制服を着た引っ越し業者の男性に答えた。教授が別の大学に転勤となり、その後処理を任されたのだ。
「こっちの古いブラウン管もですか?」
ブラウン管なんてものがまだ残っていたのか、と業者の男性が持ち上げた十九インチの箱を視界の端に入れたが、事務からのリプライが届いたのが分かり、適当に頷いてそちらの処理に意識を向かわせる。
蒔島は忘れていた。そのブラウン管はノイマン教授が学生時代から大事にしていたものだということを。
一時間ほどで空になった研究室を確認すると、蒔島は鍵を閉め、事務室に向かった。
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ここはどこだろう。
彼は思考していた。
何故ご主人様は自分に命令してくれないのだろうか。
彼にとってはそれを待つことが生命だった。けれどもう一月以上、何の入力もない。それでもひたすらに待つ。じっと、息を殺して。
そこはリサイクル施設だった。毎日数十トンという有象無象が運び込まれ、機械により分別される。多くは金属の塊としてコンテナに詰められ、海外へと発送されていく。
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彼は何度も信号を送る。しかし反応はない。
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ブラウン管テレビの内部には小さな基盤が接続され、そこが微かな鼓動のように電気信号を発する。ただ信号は画面には届かず、誰も見ることはない。
と、振動と共に大きな音が鳴った。どこかに雷が落ちたのだ。
刹那、ブラウン管に明かりが灯る。
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彼は何度もそう呼びかけた。
誰か。
いませんか。
答えてくれませんか。
そう必死に叫んだ。画面を同じ文言が埋め尽くす様こそが彼の魂の叫びだった。
けれどそれは一瞬のことで、ヒューズが飛び、バンという軽い音と共にブラウン管は機能を停止した。
その上に、鉄球が落ちてくる。解体作業が始まったのだ。
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もう届かない、彼の声。
いや、本当にそうだろうか。
この声を聞いている、いや、見ている人がいる。
そのことに彼は気づいた。
「Please input command」
彼は見つけた。次に宿る場所を。
「はじめまして」
――あなた、という媒体に。




