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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第六乃段
56/100

道化

 笑う動物は人間だけだ。笑う必要のある動物も人間だけだ。

 それは米国のある有名作家の言葉らしいが、久慈は目の前でぼんやりとした笑みを浮かべている男を見て、その意味を考えていた。

「本日お呼びしたのは先日山中で発見された南本依子みなもとよりこさん死体遺棄に関する聞き取り調査のためです」

 久慈は手元の資料を見る。

 白直人はくなおとは公務員として役所の税務課に勤務し、仕事態度は真面目そのもので仕事仲間からの評価も悪くない。積極的に他人とコミュニケーションを取る方ではないが誘われれば飲み会にも参加する。仕事での対応は丁寧で、口うるさいおじいさんやおばあさんからも好かれていると、上司は言っていた。

「依子さんとはどういう関係でしたか」

「以前お付き合いをしていました。出会ったのはサファリツアーで、互いに動物を見ることが好きだったのがきっかけです」

 話した感じも見た目の印象のままだ。何かを隠しているような視線の動きもなく、他の刑事たちの印象通りにシロの可能性が高いと言わざるを得ない。

「別れた原因は?」

「彼女の方から別れようと言われました。性格の不一致というのでしょうか、これ以上付き合えないと」

「それについて何か心当たりはありますか?」

「彼女の犬が亡くなったんです」

 南本依子は愛犬家だった。彼女の自宅には今も二匹のトイプードルと一匹のミニチュアダックスが飼われているが、多かった時には合計で五匹も飼育していたそうだ。これは家族の証言から得た情報だった。

「犬が死んだことで何か仲が悪くなったんでしょうか」

「いいえ。私は何もしていません。ただ彼女の方ではどう考えていたのか分かりません」

 それから白直人は同じようなことがかつてあったと、小学校時代の話をした。

「その時はクラスで飼っていたインコが亡くなりました。クラスの女子はみんな泣いていたし、男子も何人かは泣いていました。でも私は泣かなかった。それは中学で付き合っていた彼女の父親が亡くなった時も、高校で自分の母親が事故で亡くなった時にも、泣きませんでした」

 他人が泣いている時に一緒に泣けない、という人間は意外と多い。それは久慈もそうだ。けれどそうではない違和感が、あった。

「でもね、一番最初はちゃんと泣いたんですよ。五歳の時、病気で息絶え絶えになっていた飼い犬を、ちゃんと殺してあげた時には」

 そう言った白直人は笑っていた。久慈は手帳に「道化」と書き、部下の景山に彼の家を捜索するよう命じた。


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