脚
ワインレッドのスカートの生地が、素足の上を滑りながら上げられていく。捲れ上がり露出したレイコの白い腿を、指の節がよく目立つ男の右手が丁寧に触れる。彼の五指が蜘蛛の足のように蠢いては彼女の吐息を漏らさせた。
出会ったのはキャバクラだ。ナースのコスプレをして男たちのくだらない話を聞きながら酒を勧める。お金の価値が異なる世界がそこにはあった。篠田はその客の一人で、いきなりレイコの足に触れ、こう言ったのだ――やっと巡り合った、と。
「いつ触れても、素晴らしい」
「私よりも年下の綺麗な奥様がいるんでしょう?」
「つまらない女だよ。お嬢様でね、世間のことを何も知らない」
「私もそう変わらないわ」
「人相と言うものがあるだろう。それと同じように脚にもその人間の生き様が出る。あいつのは何の苦労もなく、人生の傷もなく、周囲にも恵まれて真っ直ぐに育った。そういう脚だ。けれど君のは違う」
どういう違いがあるの、と促すと、彼はわざわざレイコの耳に唇を寄せてからこう続けた。
「男に愛されたがっている」
いつからだろう。こんなに寂しい女になってしまったのは。
自分がただの都合のいい女に成り下がっているというのは理解していた。ただ妻子ある男性の方が、今はレイコにとっても都合がいい。一度の結婚は失敗に終わり、自分の人生に傷を付けてしまった。
「ねえ。もし私がこの足を失ったら、あなたはどうするの?」
彼から解放され、自宅マンションに戻ると、空っぽな部屋がレイコを出迎えた。
荷物が少なく、テレビもない。
一人用のテーブルの上にコンビニ弁当を並べて座る。プラスチックの蓋の耳障りな音を聞きながらそれを開けると、唐揚げをひと切れ口に入れる。
レイコはポーチからスマートフォンを取り出した。彼が彼女の脚を愛撫していた時間に、前に勤めていたクリニックの先生からメッセージが入っていた。急用ではないけれど、というタイトルで、デートの誘いが書かれている。これが初めてではなく、既に三度断っていた。悪い人ではないし、年齢も彼女の二つ上と近い。真面目で、冗談もあまり言えない男性だ。
レイコはポーチの中を探る。そこには護身用の小型ナイフが入っている。カバーを外すと照明の光を反射して、刃が光った。レイコはスカートを彼がしていたように捲り上げ、その白い肌に当てる。
さよならの為に流す涙は、大人になれば赤くなるのかも知れない。
そんなことを思いながら、手に力を入れた。




