村鬼
初霜がざくり、と潰れる音に文乃は驚いてよろける。
「大丈夫か?」
「あの、いけません」
隣を歩いていた彦一は文乃の手を引き、そのまま大きな胸板に彼女を抱き寄せた。
「何故だ? 誰も見ていない」
「鬼が、見ております」
その言葉に、彦一は気まずそうな表情で彼女を離した。
陽炎村。そこでは七年に一度、鬼送りと呼ばれる儀式が行われていた。儀式には一人、未婚の十六歳の女性が巫女として選ばれる。彦一とは何年も前に将来を誓った仲だが、今年巫女に選ばれたのは文乃だった。
「そんなことは、無理です」
「無理じゃない。こんな村、捨てていけばいい。自分たちの幸せだけ考えればいいんだ。儀式の日、俺はここで待つ。約束だ」
彦一は自分を抱きしめようとする彦一の腕を振り解き「ごめんなさい」とだけ言い、小走りに立ち去った。
儀式の日がやってきた。
文乃は生まれて初めての化粧を母親にしてもらい、繕った白羽織を掛けてもらう。この日の母は泣いていなかった。おそらく最後だけは笑顔でと思い、覚悟を決めていたのだろう。
文乃は迎えに来た村男たちの輿に乗り込み、お堂に向かう。
結局彦一は姿を見せないままだった。文乃は彼が待っているのかと考えると幾度となく輿から飛び降りたくなった。それでもシャンシャンという鈴と、同じ節を繰り返す竹笛の音色に、心持ちは徐々に落ち着いていった。
やがてお堂に到着する。
出ろ、とだけ言われ、輿を降りるとお堂の扉が開かれており、そこにひと組の布団が敷かれていた。
文乃が入ると扉は閉められ、鍵が掛けられる。
男たちは何も言わないまま足早に立ち去り、やがて、夜が訪れた。
気づくと眠ってしまっていた文乃は、木戸を叩く音で目覚める。
鬼が来たのだ。
そう思ったが、現れたのは面を付けた髪の長い人物だった。
「あなたは、文乃さんだったわね」
面を外すと女性の顔が露わになる。前回の巫女に選ばれた絹だ。
「さあ、もう大丈夫よ。あんな村からはさっさと逃げてしまいましょう」
「あの、どういうことでしょう」
絹によれば、こういうことだった。
かつてこの鬼送りの儀式は村の男たちが娘を女にする為の儀式だった。そういう名目で寄ってたかって酷いことをし、挙句身ごもると強引に結婚をするというものだったそうだ。けれど何代目かの巫女が襲ってきた男を殺してしまい、彼女は女だけの村を作った。巫女たちは全員その村で暮らしているという。
文乃は絹について歩きながら、彦一のことを思った。




