額の中の番
その額の中には、最初、一羽の小鳥がいた。小鳥の名は分からない。全体は茶色っぽく、背中の一部が青や黄色に変わっている。木の枝に器用に掴まり、よく首を動かす。
面白い絵だ、と画廊で目にした時に感じた。伴怪堂という作家のものらしい。
その理由は購入して帰った翌朝に理解できた。
絵の中の小鳥が動いていたのだ。
じっと見ている間に動くのではなく、朝見た時には枝に止まっていたのに、夜帰ってくると今度は地面の落ち葉を突いている。どういう仕組みなのかは分からなかったが、画商の男は「生きている絵」だと説明した。
ほとんど家に帰らなかった西園寺だが、この絵を購入して以来、毎日のように家に戻り、小鳥の変化を楽しむようになった。
ある日、その絵の中にもう一羽、少し小さいサイズの小鳥がいた。二羽は絵の両端にいて、互いを警戒する素振りで様子を伺っている。その距離感は最初に妻と出会った頃を思い起こさせた。
翌日、翌々日と、絵にはもう一羽が現れたり消えたりを繰り返していた。
西園寺は居ても立ってもいられなくなり、その次の日には彼にしては珍しく仕事を早退し、家へと戻ってきた。
そこには絵の中で隣に並ぶ二羽の姿があり、絵の色合いもどことなく春めいた桜色の日差しが差し込んでいるように見えた。
やがて二羽は子どもを産み、家族となった。
西園寺は翌日、妻の見舞いに病院を訪れた。
妻はいつものように他人行儀に「ありがとうございます」と言うだけだったが、その不思議な小鳥の絵の話をすると珍しく驚いて笑顔を見せてくれた。
帰り道では娘に電話をした。様子はどうだ、専門学校は上手くいっているのかと、大したことは話せなかったが、それでも自分を否定されているのではないと感じ取れただけ良かった。
しかし、しばらくすると絵の中の小鳥たちは仲違いするようになった。言葉を話す訳ではないので何が原因かは分からないが、絵の変化を観察していると、どうやら子育てのことで、父親になった小鳥が何もしてくれないことが原因のようだった。
やがて絵の中から母親と子どもが去り、再び一羽だけが描かれた寂しいものとなった。周囲の景色も落ち葉が増え、木は枯れ、遂には雪が舞い始める。
西園寺はせめて火を炊いてやろうと下手な筆で焚き火を足してみたが、小鳥は震えたまま動かなくなり、程なくその絵から姿を消してしまった。
今や絵に描かれているものは、枯れた木と、西園寺の書き足した下手な焚き火だけだ。




