ラジオ
開いたギターケースを前に、ジーンズのままで地面に座り、Gのコードで一度、六弦を鳴らす。夕美の親指の爪はスチールの弦を弾いていき、綺麗な和音を人通りの減ったアーケードに響かせた。週に三日、多い時には五日は来て歌っている。ただ今までに誰一人足を止めてくれた人はいない。
「君、よくこの商店街で弾いてる子だよね」
ギターをケースに仕舞いかけたところで声を掛けてきたのは、薄いサングラスをしたアロハシャツの男性だった。
「ラジオって、知ってる?」
その三十分後、夕美は自分のアパートではなく分厚いガラス戸一枚を隔てて壁に囲まれた不思議なスペースで、見たこともないマイク一本を前に座っていた。
「手前にあるのがカフな。それで君のマイクがオンになったりオフになったりする。曲を流す時はオフに、君が喋る時にはオンにする。簡単だろ?」
「あの、私、ラジオ、知りません」
「あと一分。もう五十五秒。いつも歌ってる勇気はどうした?」
困っていると相談されたのは、突然番組に穴が空いて、それを埋める十分番組のラジオDJをやって欲しい。下手でもいいし、普段学校の友達と話すことをそのままマイクに向かって話してくれてもいい。ただ放送事故だけは困る。三秒以上沈黙したらラジオの世界では終わりだとアロハ姿の朝井から早口にまくし立てられ、気づくとブースの椅子に座っていた。
「じゃ本番、三、二……」
大きなヘッドフォンから軽妙なBGMが聞こえてくる。
夕美は慌てて目の前の薄っぺらな台本の冒頭に目を合わせ、唾を飲み込む。
「み、みなさん、こんにちは。は、はじめまして。西園寺夕美と、申します」
ちょうど半年が経った日のことだ。
朝井からブースで弾き語りをしてみないかと言われた。
おそらく初日ならすぐに「はい」とは言えなかっただろう。
けれど今の夕美には数少ないリスナーに自分の歌を聞いて欲しいという気持ちが生まれていた。
朝井のキューサインを見て、カフを上げた。
「こんにちは、シーサイドミュージックの時間です。担当は私、西園寺夕美がお送りします」
挨拶に続き、軽くコードGを鳴らす。
「今日はみなさんに私の歌を聞いてもらいたいと思います。この曲は何も知らないゼロ地点からラジオを始めて、色々感じたことを曲にしたものです」
路上で誰も足を止めてくれなかった頃を思い出し、夕美は微笑んだ。こんな自分の歌を聞きたい人はいるだろうか。それでも、歌いたい。
「聞いて下さい。ラジオ」




