夢血
朝目覚めるとぐったりとした疲労感に襲われる。そんな最近の日常に中村エミは自分が働きすぎかも知れないと感じていた。
今勤めている出版社は待遇こそ悪くないが仕事量が多く、時間外労働も徐々に増え、体力的にも精神的にも疲れ果てていた。
ベッドの上で自分の手を見てそこが赤く染まっていないことを確認し、エミは安堵して身体を起こす。
最近奇妙な夢を見ることが増えていた。夢は通常モノクロで稀に色付きのものを見る人もいるというが、エミ自身は今までに経験はなかった。
けれど最近、夢に色が付いていた。それもフルカラーではなくモノクロに一色だけ、色が加わっているのだ。
その色は赤。赤は血を容易に想像させた。
新人作家との打ち合わせを終えてレシートを手に席を立つ。あまりぱっとしない見た目の青年だけれど、その方が作家としては成功し易いようにエミは感じる。
途中でコンビニに立ち寄り、サンドイッチとココアを買ってから、公園で軽く食べる。ここ三ヶ月ほどゆっくり座って昼食を取っていない。
煙草を吸いに出てきたOLが二人、笑いながら彼氏の話を始めた。
エミにも彼氏はいる。しかも同棲中でいずれ結婚して家族になるのだろうとぼんやり想像しているが、彼は定職に就いていない。芸術家志望でイラストを描きながら日銭を稼いでいるけれど、将来大物になると口で言っているほどには才能はないと感じていた。
また今日も。
そんな気持ちで目覚めたエミは自分の手が赤いのを見て、まだ夢の中だ、と思う。
けれど今日の夢は随分はっきりとしている。
ベッドから起き上がり、台所に向かう。昨夜食べたスパゲティの容器が洗わずにフォークと一緒にそのまま流しに放置されている。冷蔵庫の中には彼がいつも飲んでいる安価なアルコールのミニ缶が五つ、残ったままだ。
そういえばいつ頃からだろう。彼が酒を飲まなくなった。
以前は酒ですぐ顔を赤くし、前後不覚になって、感情も不安定になって、更に酷くなると手が出た。
思い出す。彼は酔った時だけ自分に才能がないことを認めていたことを。
思い出す。彼は酔った時だけエミのことを非難し、首を締めてきたことを。
思い出す。彼が酷く酔っていたあの日、キッチンから包丁を持ち出してきたことを。
思い出した。
そう。これは夢だ。悪夢だ。
エミは隣の部屋を開ける。
そこには既に黒ずんで赤ではなくなった染みの上に横たわる三界清介が、引き裂いたキャンパスに埋もれるようにして眠っていた。




