面
あなたはいつも困ったような顔をしているのね。
中村亜美は小さい頃から会う人会う人にそう言われてきた。けれどこれが彼女の素顔であり、生まれてからずっと不変なものであり、もうどうしようもないものだと本人だけでなく、周囲も思っていた。
「変わらない、というものはこの世には存在しません。だからこそ掛け替えのない一瞬を何かの形で残そうと、人類はしてきたのです」
それは木の面を彫る文化教室で、通っている心療内科の先生に勧められたものだった。講師の唐木は十名ほどの生徒に微笑を向ける。
「ここで僕が教えるのは面を彫る。それも自分自身の面を彫るということだけですが、それによって自分と向き合い、新しい自分を見つけて、人生をより楽しんでもらえるようになればと願っています」
十センチほどの四角く切り出された薄いブロックから設計図もなしに削り出していく。最初は輪郭の目処をつけながら周辺を彫刻刀で削り、目の位置、鼻の筋、口の形を考えながら、少しずつ少しずつ形になるように刃先を動かしていく。それがやがて自分の顔に似てくる様は亜美に何とも言えない感動を与えた。
「エミもやってみればいいよ」
亜美は二つ下の妹と一緒にファミレスで遅めの昼食を取っていた。
「面てね、不思議なの。無心になって彫っているだけなのに、自分の心の中がどんどん綺麗になっていく。余分なもの、心にこびりついた贅肉のようなものが削ぎ落とされていく感じ。エミこそ、編集の仕事は順調?」
「忙しいのは忙しいよ。作家の先生たちも結構わがまま多いし。けどね、だからこそやりがいもあるかな」
親が早くに他界してしまって、今や二人だけの肉親だった。しっかり者の妹には迷惑を掛けてきたと感じている亜美だったが、最近は色々なことが上手く回っているような気がしていた。
※
落ち葉が歩道を埋め尽くし、知らない間に季節が一つ進んでしまった。エミは最近姉からの返信がないことに疑問を覚え、姉のマンションへと足を運んだ。
インタフォンを押すが応答はなく、合鍵を使い、中に入った。
部屋はカーテンが閉め切られたままで、電気も点いていない。最初は出かけているのかと思った。
けれど寝室のドアが僅かばかり開いていることに気づき、エミは「姉さん?」と声を掛けつつドアを開けた。
そこに姉の姿はなかった。
代わりにベッドの上を大量の姉の面が埋め尽くしていた。面はどれも笑っていて、今にも姉の笑い声が響いてきそうだった。




