印
不意にそれに気づくことがある。
コンビニのアルバイトからの帰り道、自転車で信号待ちをしていた津守健児は電柱に貼られていた小さなシールに目が留まった。それはちょうど手のひらを広げて二つ並べたような模様で、これまでの人生で一度も目にしたことがない。
津守の人生には特別という言葉は無縁だった。彼自身目立つことはあまり好きではなかったし、他人との衝突も可能な限り避けるように立ち振る舞ってきた。趣味は読書と漫画、映画や音楽鑑賞という平凡さで、オタクを名乗れるほどにはのめり込んでいない。
大学を出たものの就職難から正社員採用は見送られ、結果、大学時代に勤めていたアルバイト先のコンビニでそのまま働いている。店長からは社員を目指すなら協力すると言われているが、五十を過ぎて脱サラした店長の背中を見ているとあまり明るくない未来が待っていそうだ。
津守自身もその印のことを忘れかけていたある日のこと、近所のスーパーに買い物に出かけた帰り道で、あの印が付いた帽子を被っている女性に遭遇した。鍔が広めの黒い帽子に小さく白い刺繍で手のひらを二つ並べたようなマークが入れられている。
女性は横断歩道を渡った後、道なりに歩いていき、途中で雑居ビル街へと入った。ひっそりとした通りに五階から十階程度の高さのビルが並ぶ。彼女はその一つに入っていった。
しばらく入口が見える位置で待機し、彼女が出てくるのを待ったが、人が出てくるどころか入っていくばかりで、しかもよく見ればその誰もが服や小物にあの印を付けている。
津守は階段を登り、あの印を頼りに一つ一つのテナントを確かめていく。
四階でその印が付いたドアを見つけた時は奇妙な喜びが胸に広がった。
思い切ってドアを開ける。
「ようこそ」
中に入った途端、こちらを見た壮年の男性が立ち上がり大きく手を広げ、そう言った。
見れば津守が尾行してきた女性の姿もある。
パソコンが複数台並び、皆それぞれに何か事務仕事をしているようだったが、オフィスの壁の一枚があの印のグッズで溢れていた。ポスターにペナント、キーホルダー、それにTシャツまで飾られている。
「あの、ここは?」
「何も言わずとも我々はよく理解している。君はこの印を見つけてここまで来たんだろう? それはつまり、我々の同志ということだ」
こうして津守はその一員となった。ただ街頭でその印の入ったティッシュを配っている今も、肝心の印の意味は理解していないままだ。




