消灯時間の幽霊
この病院、消灯時間になると出るんだって。
それは建設現場で右足を折って入院してきた高森好市が、三日目に耳にした噂だった。
好市が入院している四人部屋の窓際のベッドの上には患者の山本が持ってきたタブレット端末が置かれていた。そこには将棋盤が表示されている。
「おい、若いの。お前なかなか指し筋がいいな」
「そうですか。おじいちゃんと小さい頃にやったことがあるくらいなんですけど」
腕組みをしながらニヤニヤとして好市を見たのはここのボス的存在の山本だ。
「そういや高森君。あんたはまだやったね。消灯時間の幽霊」
それは消灯時間になると現れるという怪異のことらしい。廊下から看護師の声が響いて次々に部屋が消灯されていくが、廊下を見てみると誰もいない。昔ここで過労死した看護師の霊の仕業だとか言われていた。
「消灯時間ですよ」
それは好市が気になっているあの新人看護師の声だった。
「王手」
だが自分のベッドに戻ろうとした好市に対し、山本がニヤリと言った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。もう時間なんでノーカンすよね?」
「いやいや。勝負はちゃんと最後までやらないとな」
負けた方がジュース代を持つことになっていて、今の懐事情からこれ以上の連敗は避けたい。
好市は声が近づくのを耳にしながら、逡巡した。
※
この病院、消灯時間になると出るんだって。
レイコは毎日のようにその噂話をナースステーションに顔を見せた患者や見舞い客から聞いていた。
「あ、もう消灯時間。行ってきます」
夜勤の多さに疲労困憊で思わずうたた寝しそうになっていたレイコは、先輩の苦笑を背に慌ててチェック表を持って席を立った。
廊下にはまだ入院患者たちの雑談の声が響き、それを見つけては「消灯時間ですよ。部屋に戻って下さいね」と、できるだけ優しい声音で注意する。
「消灯時間ですよ?」
一番端の四人部屋だった。声を掛けて中を覗くと、明かりこそ点いていたが誰もベッドにいない。それどころか四つあるベッド全てが綺麗に畳まれたシーツと毛布が重ねて置かれているだけで、入院患者が寝ていた形跡がない。
「じゃあ、さっきの声は?」
レイコは慌ててチェック表と部屋番号を確認する。部屋の番号そのものは合っていたが入口のところに取り付けられている患者プレートが一枚として嵌まっていない。
「これって、まさか」
消灯時間の幽霊。
そう思うと気持ち悪くなり、レイコは慌てて明かりを消すとそのまま足早に部屋を離れた。




