金木犀の骸
ようやく手に入れた議員バッジを指で弾く。宙を舞った十一弁の黄金の菊は以前は純金を使っていたらしいが今では安物の金メッキだ。何の価値もない、と西園寺は独りごちる。選挙戦を終えて随分と寂しくなった事務所の窓の外を見やれば、金木犀がオレンジの花をつけ、風に揺られている。
甘ったるいあの香りが西園寺は嫌いだった。
ドアがノックされ、秘書の秋野友里恵が入ってくる。いつも通り綺麗に黒髪をまとめ上げ、ワインレッドの眼鏡を付けている。彼女が裸眼で二・〇と知り、そこまでイメージを大事にするのかと驚いたものだ。
「結婚おめでとう。式は来月あたりだろうか」
「ありがとうございます。式は今のところは考えておりません」
「気にしなくても電報くらいは出す」
「いえ。西園寺様が国会でご活躍されるのを支えていくと宣言しておきながら、道半ばで身を引いてしまって申し訳ありません」
「人生というものは実に計画通りにはいかないものだ。会社の事業ならある程度想定の範囲内で事を進めることも可能だが、それでも人の思いというものはままらなないと痛感しているよ。それくらい素敵な相手なんだろうね」
彼女は微笑を浮かべているだけで何も答えない。そういう気遣いの素晴らしさと知性が、西園寺にとっては貴重な人材だった。
「金木犀を知っているかね?」
ええ、と控えめに彼女は頷く。
金木犀という木は日本固有の原種ではなく、中国から持ち込まれたものだ。ただその時に花が綺麗な雄株だけを輸入して雌株は一緒に来なかった。木には受粉して種を作る以外にも挿し木という増やし方がある。一本の原木からクローンを作る。遺伝的には完全な同一の生物だった。
「私に妻子がいることは君も知っているだろう。ただ娘とは血の繋がりはない。それは私に子種が存在しなかったからだ」
それは西園寺が誰にも話したことのない事実だった。世間体を考えて娘がいることを知りながら結婚したが、結局妻は精神を病んで入院し、娘は家から離れて二度と戻ってこなくなってしまった。
「おろかだと思うかね」
「ずっと黙っていたのに、最後になってから告白されたのは何故でしょうか」
「君には幸せになってもらいたいから、かな」
けれどその言葉に、彼女は伊達眼鏡を外して笑みを見せた。
「愛人に幸せになってくれなどと、本当に酷いことを言う。そういうところがきっと、女を不幸にするのですよ」
それだけ言って深く頭を下げると、彼女は部屋を退去した。




