それは真実を伝えていない
よくやったな。
それは真崎健祐が初めて編集長から貰った褒め言葉だった。自分の書いた記事が新聞紙面に掲載されている。社会部に移ってきて三年、本来ならば記念に額に飾っておきたくなるほどの感動があっただろう。
「どうしたんだ。もっと喜べよ」
先輩の柳田が紙コップのコーヒーを持ってきて、真崎の机の上に置いた。それは取材から原稿書きまでの直接の指導をした先輩から初記事掲載を祝うときの慣例だった。
「喜べません」
真崎のパソコンの画面には二種類の原稿が並んでいる。片方は新聞記事になったもので、もう片方は彼が最初に書いた記事原稿だった。
「何故だ? これでお前もやっと新聞記者としての第一歩を踏み出したんだ。胸を張れ」
徹底的に西園寺議員について調べた。世間の報道では被害者女性とは選挙活動で一緒だった程度の仲だとされているが、事実は完全な愛人関係だった。更に女性側は資金援助まで受けていたことが銀行口座の情報により判明していた。
ただ女性が亡くなった日、西園寺は自宅にいたと証言し、家族と彼の秘書がそのアリバイを証明している。警察は自殺と他殺、両方の可能性を捜査していたが、その捜査は突然打ち切られ、今回不起訴となった。
真崎は柳田たちの誘いを断り、昨年早期退職したある先輩の家を訪れた。
柘植庸平は十年前の汚職事件で特ダネ記事を書いた、社会部と政治部では誰もが名を知るベテランだった。
「真崎君、だったかな。何度かメールを貰っていたが返せないままですまなかったね」
「例の事件ですが不起訴になりました。今後、扱うことも禁じられています」
「新聞てのはな、真実じゃなくて、誰もが心のどこかで望んでいるそれらしいことを文字にするんだ。いろんな横やりが入った結果、出来上がったのが今の新聞さ」
「どうして辞められたんですか」
「新聞が嫌いになった。ただそれだけさ」
柘植の家を出た後で、真崎は原稿の入った封筒を郵便局に出した。宛先は佐伯家。被害者の住所だった。
事件当日、被害者の佐伯リサは西園寺雄三と二人で会っていた。そこでどういった話がされたのかは分からないが口論になり、佐伯リサ側が持ってきたナイフを手にし、西園寺を刺そうとした。だがもみ合いになり、結果的にナイフが刺さったのは佐伯リサの胸だった。その場を逃げ出した西園寺は秘書に連絡を取り、事後処理をした。警察は今回の件を事故として処理しようと考えている、と書いてその原稿は終わっている。




