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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第参乃段
29/100

 真っ黒でひやりと冷たい感触が、男の右手の上に載せられた。

 やってこい。

 言われるがままにサンダルで駆け出し、今公園に足を踏み入れた。

 男の名はシンジと言った。一年前、高校を中退した友人とらしにエアガンで遊んでいたら、運悪くヤクザの車に弾が当たった。その友人はどこかに連れて行かれた後どうなったかは聞いていない。シンジは組の下っ端に入れてもらうことで難を逃れた。そのはずだった。

 なのに今、彼の手には銃が握られている。玩具おもちゃじゃない。コルトガバメント。かつて米軍でも使われていたという正真正銘の拳銃だ。

 セーフティーを外し、チャンバーをスライドさせる。それからトリガーを引く。簡単だろう?

 唇の右側にピアスをした男に説明されたことを頭の中で復唱する。

 平日の公園は時間帯もあってか、大きな木の下でくつろぐ一組の家族以外には、人は見つけられない。

 グレィのジャケットを着た標的の男性。そのかたわらで本を開いている金髪の女性が彼の妻だ。その周囲を小さな娘と子犬が楽しげに走り回っている。一家団欒いっかだんらんという風景だった。

 後戻りはできない。相手は西園寺という名の西大路組にしおおじぐみの若い幹部だというが、シンジにとっては単なる他人でしかない。男を撃ち殺し、三年ほど刑務所で世話になる。出所後には目出度く東大寺組の幹部として出世できると説明を受けていた。

 この一発にくだらない人生の逆転のチャンスが懸かっている。

 シンジは「悪いな」と心の中で呟いた。それは男に向けてのものだったのか、それとも自分自身に向けてのものだったのか。

 声を上げ、勢い良く男の前に躍り出ると、銃を構えた。

「西園寺! 覚悟しろ!」

 驚いた顔を見せた男目掛けて引き金を引く。

 だがその瞬間に金色の髪が大きく宙に舞った。彼の妻が娘を守ろうとその身を投げ出したのだ。

 娘の怯えた黄金の瞳が母親の髪によって隠され、それに気を取られたシンジの腕が僅かに振れた。

「何をやっているんだ!」

 後ろからの声に振り返ると、制服を着た警官が突っ込んできた。気づくとそのまま地面に押し倒されていて、腕から拳銃を奪い取られる。続いて喉を腕で押さえつけられ、シンジはただうめいた。

 苦しみながら、それでも視線を家族の方へと向けると、どうやら弾丸は明後日へとれたようだ。母親も娘も抱き合って泣いている。

 失敗した。

 けどそれで良かったんだ。

 壊れなかった家族の姿が徐々にぼやけていくのを見送りながら、シンジは警察官に拘束こうそくされた。


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