蜘蛛の巣
手にしたスマートフォンの明かりが都会の夜の街角だと誘蛾灯みたいだ、とセーラー服の胸元を緩くした少女は思った。
「君がエミさん?」
現れたのはお腹がビールで膨らんだ油脂分多めのおじさんではなく、すらりとしたスーツ姿の男性だった。年齢は自分より十歳ほど上だろう。値踏みをするように見てから「はい」と頷くと、スマホのモニタを見せる。そこには三十分ほど前の二人のやり取りが表示されていた。
一時間ほどファミレスに滞在してから駅の裏手のラブホテル街に向かった。
「シャワー先もらうね」
部屋に入ると男をベッドの上に座らせ、浴室に向かう。
そのガラス戸の上のところに、小さな蜘蛛が一匹、張り付いていた。
「伊勢崎さん。どうして蜘蛛って自分の巣に足が引っかからないのか、不思議に思わない?」
「何の話だ?」
「蜘蛛。空の雲じゃなく足がいっぱいある方。蜘蛛って自分で餌を取る為に網みたいな巣を作るでしょ。でもあれって粘着性のものなのにどうして自分は引っ付かないんだろうって」
「蜘蛛が好きなのかい?」
「嫌いよ。でもさ、嫌いでも何でもどこにでもいるじゃない。伊勢崎さんにもいるでしょ、嫌いな人」
「そうだな……嫌いって訳じゃないが、今一番気になっている人物はいる。スパイダーと呼ばれる若い女だ。彼女はホテルに男性を誘い、金品を奪う。それだけならよくいる窃盗犯だが、何故か彼女に奪われた男性は抜け殻みたいになってしまう。それこそ魂を抜かれたみたいにね」
「あんた、警察?」
エミは服を脱ぐのを辞め、部屋に戻る。
「悪いね。刑事なんだ」
彼が見せたのは警察手帳だった。
「捕まえる気はない。僕はただ君がどうやって男たちをあんな風にするのか、それが知りたいだけだ」
本当かどうか探りながら、エミは彼に説明してやった。自分は魂という餌を捕まえる蜘蛛なのだと。
「これで魂を抜き出して、死神に上げるのよ。信じられない?」
伊勢崎は子ども騙しだと言って苦笑を浮かべただけだ。けれどエミは彼の前まで歩み出ると、その喉に小さなキーホルダー型の死神の鎌を当てた。すうっと右から左に引く。
青っぽい靄が立ち上り、彼の魂が切り離される。
振り返ると、あの男が立っていた。
エミは彼に切り取った魂を渡す。死神は何も言わずにそれを小さな筒に仕舞うと、また音もなく闇に溶けて消えた。
エミはシャワーを浴び、男の抜け殻が横たわるベッドの上で眠る。その抜け殻を抱きしめながら、明け方まで眠るのだ。




