39話 二人の男
タイトル変わったけど一時的なのでご安心を。来週も変わります。
―カンダラ市営鉱山 乱磁の間―
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
俺はただひたすらに走り回っていた。この意味が分からないエリアを一人でだ。
ごつごつとした石の上は走りづらい。しかも石は動くのでしっかりとバランスをとっていなければ落ちてしまう。目的地に近づくという点においては効率的だが、その前に俺は死ぬだろう。
だがゆっくりもしていられない。飛行系の魔物たちが火やら石やら水やらわんさか浴びせてくるからな。俺には反撃の手段なんて存在しないので逃げ回るしかない。だが、走り回ればバランスも簡単に壊れる。
「どうしてこうなったっ!」
俺は思い起こす。事件は数十分前に起こった。
それはちょうどこのエリアにも慣れてきた頃だった。役割分担も確立してきて、精霊ちゃんが対空、ケム爺が足場の岩を安定化、アンドレー君が俺をおんぶし、俺がみんなにジュースを渡す。
俺達の安定したパーティーはこの殺意満々のダンジョンでも比較的順調に足を進めていた。
ちなみにいつの間にか精霊ちゃんはこの最前線への旅に同行することになった。考えてみれば名前も知らない。生きて合流できれば聞いておこう。
さてそんなときだ。松明様がおっしゃられた。
自分で歩け、と。
俺は衝撃を隠しえなかった。自分で、歩く? 概念そのものが消失していたといってもいい。完璧に考えてもなかった。
確かに俺が自分で歩くことでアンドレー君の手が空きその分パーティーの迎撃能力が上がることは明らかだ。やれるのならやるべきだろう。
だが、それは……。
「ケントを歩かせるって……それがどういうことだか分かっていますよねっ!?」
アンドレー君が反駁する。それもそうだ。
まず間違いなく俺は死ぬ。危険地帯を自分で歩くというのはそう言う意味だ。ちょっと躓いただけでもこの不安定な足場は俺を簡単に奈落の底へダイブさせる。地球人には厳しい道だ。なにせ今も立っている石はゆっくりと回転しながら乱高下しているのだ。俺が生きていられるのはアンドレー君のお陰だと言っても過言ではない。
だが松明様も譲らない。断固として首……首はないのでこの表現が正しいかは判断しかねるが首を縦に振ろうとしない。
それでもとアンドレーが反抗した。
「松明さん、前から思っていたんだ。あなたはケントに厳しすぎるっ。ケントはゆっくり成長していけばいい。彼はこの世界じゃ生後1ヶ月未満なんだぞ」
その考えは無かったな。そうか、確かに俺はこの世界じゃ赤子だ。いやまあこの世界の赤子に勝てるかと言われれば厳しいだろうが。
「なー、何故に奴らは松明に話しかけてるんだ? ていうかあの松明の魔力がえげつねーんだけど」
「そういえばさっきからあの松明浮いてるのぉ」
ケム爺と精霊ちゃんコンビが話について行けず置いてけぼりになっているが、ややこしくなるので今は放っておこう。今まで中途半端に松明様のことを隠蔽していたが、正直同じパーティーになった時点で隠しとおせるとは考えていない。だからと言って説明しようにも俺自身松明様について殆どなにも知らないので現状維持ということになっている。隷属していることくらいは後で言っておくか。
「あなたはスパルタという言葉を用いてケントを酷使しているんだ!」
それはどうだろうか。
結局のところ松明様は俺がいなくても単独でことを為せる。俺にやらしているのはどちらかというと教導的な意味だろう。まあ地球のスパルタ国もびっくりなスパルタぶりだが。なにせ毎回の如く生命の危機を感じさせてくる。一応命は救ってくれるがそれ以外は助けてくれないので自分でなんとかするしかないのだ。
まあ何とかするしかないけどやる気が沸かないのも事実である。筋トレとかすればある程度は良くなるのか? アリが鍛えれば一匹でゾウと戦えるかと言われれば無理だと思うのだが。ジャンケンでは勝つけど。
「とにかくだ。今回ばかりは従えない。絶対に落っこちるに決まっている」
アンドレーは念を押した。
正直な所、俺も降りたくはない。アンドレー君の言うとおり絶対に落ちるし、落ちたら待っているのは死だろう。
だが俺はアンドレー君の背中から静かに降りた。
「ケント、何をしてるんだ! 君は僕におぶられていればいいんだ。そうすれば何の危険も……」
「アンドレー。俺は松明様が言いたいことが分かる」
俺は松明様の方を見た。松明様はこういう迷宮の暗がりにいるとその赤い光が金の装飾をチラチラと照らして結構綺麗だったりする。
「松明様、モラトリアムは終わりということですよね。つまりは精神的自立をしろと」
松明様は精神的というか肉体的に自立できてないのではと突っ込まれたが俺は無視した。
「わかりました。俺は、俺は自分で歩いてみます。自分の足で、立って見せます」
アンドレーが涙ぐんでいるようにも見えた。俺も涙腺が刺激されるが必死で涙をこらえる。
俺はアンドレー君の方へ向き直った。
「アンドレー。お前の気持ちもわかる。だが、これは俺の意思でもあるんだ。どうか許可してもらえないか」
アンドレーは黙ったままだった。俺は少々の寂寥を感じつつも不安定な足場をゆっくり進んでいく。
「さあ皆、進もうじゃないか」
きっとこれでいい。これが最適解なのだ。
そう、諦めていたとき……アンドレーが口を開いた。
「……まったくコケるんじゃないぞ」
胸を熱いもので一突きされた気分だった。涙が止まらない。俺は、俺は……。
「オーナーアンドレー!!」
俺は土下座した。額を地面に擦り付けた。涙が見えないように、不安を隠すように大声で言った。
「……長い間!!! くそお世話になりました!!!」
「この御恩は一生…!!! 忘れません!!!」
どんっ。
瞬間、軽い揺れが起こり、俺は真っ逆さまに落っこちた。
「ケントおおおおおおおおおおおおおお!!!」
サンジの真似をしてみたのだが、何故か俺は東の海ではなくカマバッカ王国にいる。
今回はうまくいくと思ったんだがな。なにせ『どんっ』って出てたし。
それよりも今のことだ。俺に狙いをつけている魔物は20体近く。その多くがプテラノドンの翼を魔改造したかのような生物だ。
速度はそんなに速くないが、走り続けていないと蜂の巣になりそうだ。
ここに来て武器屋で買った金の指輪がありがたい。自動である程度の投擲攻撃を防壁のような魔術で防いでくれる。全てではないが、これがなければ脚も遅い俺はとっくに死んでいた。
だがそろそろ息も上がってきた。かれこれ10分くらい走っているのだ。引きこもりにはキツイ時間である。
仕方ない。最終手段だ。いや、最終手段だ。てれん先生は百合作品で有名だがイサギは王道の異世界転生もの。なろうでまだ掲載しているから是非読もう。
いや、そうじゃなくて。
「ジャンプっ」
俺は石から飛び出した。着地地点は見えない。そう、先程のように落っこちたのである。
もちろん気が狂った訳ではない。思い出して欲しい。何故、俺は落っこちても生きていられたのだろうか。
その答えはこれである。
「【ドリンクバー】、展開」
俺の目の前に、ドリンクバーが現れる。落下が始まっているので心臓が持っていかれるような感覚があって不快だ。
だがこれから行うことはタイミングが重要だ。だから意識は飛ばしてはならない。
ぐんぐん加速していく身体。もし松明様がいれば浮遊の魔術で万事解決だろう。
だが今回は要らない。
地面が見えてくる。先程までのとは違い安定した地面だ。しかも洞窟が近くに見える。あそこなら弾幕から逃れることができっぽいるだろう。
俺は静かに笑った。
なにせこれが。
《我、魔術の行使者として命ず》
《異能、ドリンクバーよ》
《形状を保持し、壊れよ》
「【ドリンクバー】、決壊」
初めてのチートの応用なのだから。
ドリンクバーが俺の足元で内容液をぶちまけて破壊された。その液体の量は優に1tは超えた。
俺は液体とともに地面にぶつかる。だが、液体はクッションとなって衝撃を和らげた。
俺は無事に着地。怪我はない。
「……フフフッ、クハハハハハハハハハッ!! やはり俺は異世界転移者だ。やっぱり俺は黒髪系なろう主だ。どんなにクソなチートでもこうやって応用すればいい。普通の奴なら思いつかねえが俺はできた。最高だ! 俺愛してる!」
勝どきをあげる。
これこそ俺がしたかったことだ。なんで異世界なのに敵全員から逃げまくってヒソヒソしなくちゃならない。やっぱり無双だろう。そうじゃなきゃ嘘だ。
ドリンクバー決壊はドリンクバーの魔術を解除せずに破壊する応用技だ。初ダイブの時に土壇場で思いついたのだ。小説だったらきっと燃える展開だろう(今回は収録されておりません)。俺だったら伏線とかバリバリ敷いてかっこよくトリに持ってくるね(今回は収録されておりません)。異世界系の一番の見せ所だからな(今回は収録されておりません)。
だが、それにしてもうまくいったな。こう上手く行き過ぎるとなんだか不安になってくる。
いや、考えすぎか。最近、いいことが無かったからナイーブになってるんだな。
「さてと、進もう!」
俺は服の水分を絞ると意気揚々と洞窟に足を進めた。
洞窟の中は比較的安全だった。魔物は攻撃的でなくしかも体躯は小さい。たまに骨の鹿のようなものが遠目で見えるがそれには近づかないようにする。
さてキャンプだ。ちょうどいい窪みが見つかったのでここで眠ることにした。パーティーと逸れてしまったが、松明様なら助けてくれるだろう。松明様は絶対だ。なんなら宗教を立ち上げてもいい。既にあるなら入りたいくらいだ。
それにしても、ここは真っ暗だ。一応ランプはあるがそれでも暗い。しかも食糧も心もとない。俺の食糧は殆どアンドレー君に預けていたのだ。
一応今あるものを確認しとくか。
・軟体動物のゲソ
・ナッツ
・漬け物
・ヒロペノ酒
困った。探しても探しても酒と酒のツマミしか出てこない。不思議だ。何故だろう。
まあいい。そうだったら、ここで呑むしかない。仕方がないのだ。これしかないのだから。グビ。仕方ない。グビ。
「あ~、早く松明様来ないかなぁ」
俺は酒を舐めながらボヤいた。
ん、なんか物音がするな。もしかして魔物か? いや、これは二足歩行だな。ココらへんでスケルトンは確認していない。ということは早速、俺のパーティーが来てくれたのかっ。
俺は窪みから抜け出して音の方へ走った。
やはり人だ。一人のようだが、手分けして探しているのだろうか。とにかく会えば問題ない。
俺はそいつに話しかけた。
「いやー、ごめんねぇ。ちょっと落ちちゃってさぁ? さぁ、勇者に会いに行こう。みんなはどこにいるんだ?」
そいつが振り返る。
瞬間、俺は身体が固まるのを感じた。
黒人の巨漢。スーツは押し上げる筋肉で張り裂けそうで、こちらを黙って睨んでいる。
「そ、ソーリー。あいふぁいんせんきゅー、あ、あんどゅ?……」
「貴様は……」
俺達以外でこの深層を潜る者。これは沢山いる。
だがこのように綺麗な身なりで潜る奴といえば限られてくる。こんなところを囚人服ではなく、背広で来れるような人物。
そして。
「勇者を狙う者なのか?」
勇者という単語に反応する人物。
それはつまり、コイツは……。
「ならば私は、貴様を倒さなければならない」
政府の追手だ。
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「うーむ、落っこちたのぉ」
「落っこちたねぇ」
「だから言ったのに……」
ケントが抜けたパーティーはあまりに速い展開に拍子ぬけていた。
「それでどうする? 奴を探すのなら早い方が良くね」
「だったら僕が……」
アンドレーがそう言うとケリオンが反対した。
「いや、ここはわしが行こう。正直、ここはわしの方が慣れとるし、わしが離れてもフーがいるからこのパーティーも幾らか耐えれるじゃろう」
「フー?」
「そういえば名前を言ってなかったの。このダサい精霊の名前はフー・ケルビンと言う」
「ダサくねーし」
フー・ケルビン。響きは慣れないが精霊特有のものなのだろう。何故か安直さも感じるがそれは気のせいだ。意味もわからないし。
「じゃあケリオンさんに任せます。僕らはひとまず安全なところを探して先に進むので魔話で連絡を取り合いましょう」
ケリオンと端末の番号は既に交換済みだ。これで逸れるようなことはないだろう。
「松明さんはどうしますか?」
ブンブン。
どうやら周辺を偵察してくるらしい。安全なところを探してくれるのだろう。
「お願いします、じゃあ精霊……フーさん。ひとまず一緒に待ちましょうか」
「おーけー」
二人で見送る。恐らくこの二人ならば大抵のものは大丈夫だろう。
そのときは、そう考えていた。
やっとミケとケントを会わせることができました。実は結構前からこの部分のプロットは作っていたのでやっと書けて少し嬉しい。




