(更新13)
【ラース】
…油壺さまさまだな。
麻袋にたんまりと入れた油壺、それを抱えて『蜂』の巣の真上に飛ぶ。
こういう時、ドラス閣下が飛べないのが痛い。二人で運べば楽だったろうに。
…いや、閣下に雑用をさせちゃ悪いか。本人は雑用がお好きの御様子だが、俺がやらせちゃ不敬ってものだ。
麻袋から油壺を一つ手元に残し、麻袋ごと巣に落とす。
風の無いダンジョンだ、真っ直ぐ落ちて巣は油まみれになった。
巣の中に居た『蜂』、恐らく巣の修繕係が這い出て来て、何事かと調べている様だ。
直ぐに麻袋は取り除けられるが…もう遅い。巣は油まみれだ。
俺は手元の油壺に布を押し込んで、ブレスで火を点ける。
「ほいっ…と」
煙を引きながら火に包まれた油壺が落ちていく…
…簡単な仕事じゃないか。
【バーサ】
ラースさんが火を放った。
小さな火が真っ直ぐに落ちていく、それを煙が追いかけていく。
次の瞬間、甲羅の上から火柱が勢いよく上がるのが見えた。
『巨大蟹』の周りに飛んでいた『蜂』達が巣の異変に驚いて、次々に巣へと向かって飛んでいく。
「さて、問題は『蟹』がどう動くか」
ガンズさんがのんびりした口調で眺めている。自分で考えた作戦なのに、何だか詰まらなそう…
『巨大蟹』は背中の炎に気付いていないらしく、何事も無い様に倒木を摘まんでいた。
「…ずいぶん分厚い甲羅の様ね?それとも鈍いのかしら?…まぁ、助かるけど」
『蜂』達は対照的に大慌てだ、炎を消し様が無いと解ったのか、巣の中身──幼虫や卵──を口にくわえて避難を始めている。
「よし、近寄るか」
頃合いと見たガンズさんが弓手と魔法使い──ヴィーシャ師と私──を連れて近寄っていく。
「大丈夫なんでしょうか?」
恐い。あんな数を相手にしないといけないのだから。
「虫は一つの事にかまけると、他を忘れる。今は巣の避難だけしか頭に無い」
ごうごうと燃える炎に焼かれて、たくさんの『蜂』が落ちていく。
その中、生き残った『蜂』が荷物を抱えて飛んでいく。
「どれ…フンッ!」
ガンズさんが物凄い勢いで石を投げた。
『蜂』の一匹に当たり、大穴を開ける。
「大丈夫だな、他の奴は気にしていない。皆、『蜂』を射ち落とせ!」
それからは一方的に事は進んだ。
【ザップ】
大赤字もいいところぜ。
俺は食堂の椅子に身体を投げ出した。
結局、十四階層から先には進めなかった。
十四階層の扉の前には立て札…
あぁ、立て札だよ、立て札…もう解るよな?
『この先、調整中につき立ち入り禁止します ダンジョンマスター』
…だったら入口の方に立て札つけろよ!
「まぁ、目標は達成したんだ」
そんな訳で俺達は宿屋に戻って来た。
テレンスが宿屋に居た冒険者仲間に報告している。
十一階層から十四階層までの概要、出現する魔物、『大鼠』に関する考察、等々…
「…以上だ。これから皆が俺達に続いてくれる事を願う」
割れんばかりの拍手と喝采ってやつだな。
「だがよ、探索としちゃあ成功だが収支は赤だ。そこんとこなんとかして欲しいもんだぜ」
「ザップ、水を差すものじゃないぞ?今は上手くいった事を喜べ」
まぁ、そうだな。乾杯といくか。
「さ、皆さん、今夜はお祝いしましょう!これは私からの奢りですわ」
妃殿下がそう言ってエールや料理を運んできてくれる。侍女達が運ぶその料理を皆が喜んだ。
皆にエールが回り、乾杯に次ぐ乾杯。どんちゃん騒ぎだ。ダン達が歌ったり、大声で笑ったり。
ドラスが妃殿下に何度も頭を下げている、ふるまいに感謝してるんだろう。
エドにバーサがエールのお代わりを持っていく、ちょっといい感じなのか?
ヴィーシャはガンズとお喋り…は、いつもの事だな。
そんななか、ノラはヴィーシャに断りをいれて出て行った。荷物を片付ける為に先に部屋へ戻るってのが建前だが、うるさいのが苦手だからな。
「なぁ、旦那、やっぱり公爵様に話つけてくれよ」
「そうだな、このままだと深層探索に支障がある。そのうち誰も深層に行かなくなるだろうからな」
なにしろ『サイフォン』『擬態生物』『蜂』と、どれも心臓が売り物になりゃしねぇ。
宝箱を漁っている余裕も無かった。儲けが全く無いんだからな。
浮世離れしてる御方だからなぁ、公爵様は。上手いやり方を考えて欲しいもんだ。
【ノラ】
「主人、先に部屋へ戻る。荷物を持って行くぞ」
「…ノラ、貴女ももう少し楽しんだら?お祝いなんだから」
「充分楽しんださ、じゃあガンズさん、主人を頼む」
荷物は軽い。
私も主人も大した荷物では無かったし、今回は持ち帰った物もろくに無いから、いつもより軽かった。
エルフの身体は酒精に強い。呑んでも酔わないのだ。亡き父からその様に造られたと聞いている。
大昔、酒精混じりの血を飲んで倒れたヴァンパイアがいたのだとか。それでエルフは酒精が抜けやすい身体になった。
なので、いつまでも酒の席に付き合っていても仕方無い、酔わない体質はこういう時便利と云うべきか不便と云うべきか。
部屋の鍵を開ける時、街の向こうから誰かが歩いて来た。
「こんばんわ、食堂が賑やかですねぇ?何かありましたか?」
「こんばんわ。何、探索の成功祝いです。一番深い処へ行ったのでね」
「それはおめでとうございます…邪魔になるな、今夜は帰るか」
では、と言って彼は街へ戻って行った。
確か皆から『影男』なんて呼び名が付いている男だったか?余り関わりが無いから、どんな人かは知らないが。
鍵を開け、扉の脇に荷物を置く。片付けるのは明日でいいだろう。
燭台に火を点す。
次第に眠くなってきた。欠伸が出る。
…疲れているのかな?
身体から力が抜ける。
眠気はどんどん強くなって…
【ヴィーシャ】
「…私もそろそろ部屋に戻るわ」
「じゃあ俺も帰るか、明日公爵様に御会いしたいからな」
ガンズと一緒に食堂を出た。
「…まぁ、皆無事に生還出来たんだから良かったわ」
「俺はもう少し暴れられるかと期待してたんだが」
「そういうところ不思議よね?」
「何が?」
ガンズは普通のオーガよりも賢いと思う、『蜂』への対処法も直ぐに気付いたし。
だけど自分で効果的な作戦を考えた事で、戦闘の機会が減って暴れ足りないと云うあたり不思議だ、やはりオーガだなとも思う。
「…何でも無い。明日叔父様に会いに行くんでしょ?お昼頃?」
「そうだな、昼過ぎか、熊さんに言付けを頼んでからだから」
「じゃ、お昼にまたね」
ガンズに手を振って別れる。
一番奥の私達の部屋、灯りが窓からこぼれていた。
ノラは先に寝ているかしら?
扉に手をかけて静かに開いた。
風切音と共に鋭い突きが私の胸を抉ろうとする!?
咄嗟に身を反らして剣を避けた!
「なっ!?」
そのまま地面に転がり、扉から距離を取る。
その間に剣は二度、三度と突きを重ねる。
誰!?
部屋から姿を現したのは布で顔を隠した男…
降り下ろされる剣を咄嗟に手で弾く。
剣の軌道を逸らす事は出来た。けど、ヴァンパイアの力で弾いたのに男は剣を放さなかった。
普通なら剣は手から弾かれて遠くに飛んでいくだろう。
更に剣が振られ、避けた拍子につまづいてしまった!
魔法を展開する暇が無い!
剣が私の首を目掛けて。
ギャリリィィッ!
火花が散った。私の目の前で。
「ガンズ!?」
ガンズの籠手が剣を受け止め、鋼と鋼のぶつかる音と火花が散っていた。
「ぐっ!?」
「…チッ」
ガンズの拳が連打される。
剣の男がそれを全ていなしていく。
ガンズの蹴りが唸った!
それを男は片足を上げて止めた?
「ぬ!?」
まさか止められるなんて思わなかったガンズに隙が出来た。
剣がガンズの胸から腹へ流れていく。
血飛沫が剣の後を追って噴き出した。
「があああああ!」
ガンズの雄叫びが夜に響く。
黒い籠手が剣の男を叩き潰す為に振り抜かれる…だけど。
それらの拳をかわしながら、剣は二度、三度と血飛沫を上げた。
「ぐ……ぅ」
膝をついたガンズに剣が高々と振り上げられた。
……ヒュン!
「うっ!?」
剣を持つ腕に矢が突き立っていた。
二の矢、三の矢が立て続けに男を襲う!
「チッ」
「ぅおお~い!どうした?何があった!?」
ザップの声が聴こえた。
食堂から何人かが出て来る気配がする。
………剣は消えていた。
膝をついたガンズが、そのまま地面に倒れた。
「お?おい旦那!」
ザップが駆けつける。
扉の前にはノラが力尽きたのか弓を持ったまま気を喪っていた。
ガンズ?ガンズは?




