(更新14)
【ガンズ】
目を醒ますと頭も髭も少し伸びている。
…あぁ、風呂で毛繕いをしないと。公爵様に会うんだから。
俺はベッドから起き上がる。
…包帯?
気分が悪い。回る視界に頭を振り、辺りを見渡す。
ここはヴィーシャの部屋…だな。
ベッドにもたれ掛かるヴィーシャが居た。眠っているらしい。
「あ!ガンズさん起きたのか」
ノラが顔を出した。
「主人は寝かせたままにしててくれ、昨夜は寝ていないから」
昨夜…昨夜…
探索の成功祝いをやって…ヴィーシャと少し早めに切り上げて…
胸の包帯を見る。
「そうか…やられたな、手練れが居るものだ」
「いや、感心するところじゃ無いだろ?…包帯はもう取っても大丈夫のはずだ、主人が回復魔法を大盤振る舞いしてたから」
どれ…包帯を外すと傷口は閉じていた。
「………………ガンズ?」
「あぁ、起こしてしまったな。悪いなヴィーシャ、疲れただろう?」
ヴィーシャが俺の首に抱きついた。
「…良かった……良かったわガンズ」
「ヴィーシャ…首が絞まる!」
危うく殺されるところだ、ヴァンパイアの筋力は馬鹿に出来無いからな。
「…傷口を見せて……少し残るわね、ごめんなさい」
「いや?ゴルに自慢が出来るから丁度いい」
なにしろヴィーシャの全力の回復魔法でも消え無かった傷だ、うっすらとした傷だが、きっとゴルは悔しがるだろう。
まして俺達より強いヴァンパイアを庇って出来た傷だ、ゴルの顔を想像して思わずにやけてしまう。
「オーガのそういうところは理解出来無いな、傷を見せびらかして自慢するなんて」
ノラが呆れて鼻を鳴らした。
────────
食堂はがらんとしていた。昨夜の宴会で皆まだ寝ているらしい。
「ガンズさん!大丈夫でしたか?」
サーラが駆け寄ってくる。
「あぁ、この通りだ。飯を頼んでいいか?腹ペコなんだ」
「今お持ちしますね?良かった、いつも通りで」
サーラが厨房に入っていく。
ふと、目を向けるといつもの様に本を読むジャスティンの姿がある。
何の気なしに傍に行って挨拶を交わした。
「あぁ、ガンズさん、お怪我の具合は?」
「まぁ、この通りだ。命を拾ったよ」
「それは良かった」
言いながら本をめくる。
違和感。
いつもは利き手に本を持つジャスティンが、今日は違った。
ページをめくる指がぎこちない…
「手をどうした?」
血の臭い!?
ジャスティンが俺に本を投げつけ、椅子を蹴って距離を取る。
反射的に本を叩き落として、ジャスティンの利き腕を掴んだ。
袖が破れて傷口が露になる、矢傷だ!
「お前かあああああ!」
【ザップ】
「お前かあああああ!」
食堂の扉を開けた途端に響く叫び!
なんだ!?
見ればガンズが『影男』に殴り掛かる瞬間だった。
ガンズが『影男』と拳の応酬を始める。
オーガ対ヴァンパイア、そこらの卓や椅子が煽りを喰らって粉砕されていく。
「きゃあああああ!」
サーラ達が悲鳴を上げるなか、ゴツゴツと二人の拳が音を立て続けていく。
二人が両手で組み合った。力競べになる。
徐々にガンズが圧されていく、『影男』の細っこい腕がガンズの太い腕を圧している。
「があああああ!」
雄叫びと共にガンズが頭突きをかました!
「ぐぅっ!」
一瞬力が抜けた『影男』の顔にガンズの拳が決まる。
力じゃヴァンパイアに軍配が上がる、それは誰もが認める事だ。
しかし頑丈さなら?
持久力なら?
次第に『影男』は身体から力が抜けていく…
ガンズが腕を止めた時、『影男』は息をしていなかった。
【サウル】
「まぁ、派手にやったものだ」
食堂の卓や椅子は半分程粉砕されて使い物にならなくなっておった。
ガンズはいつもの椅子に座り、骸骨兵が押さえておる。
いや、骸骨兵に押さえられる訳が無い。
ガンズが神妙にしているだけだ。
「それで?何があった?」
「はっ!その男、昨夜遅くフェレグラン家息女ヴィーシャ嬢を襲いました。その際、ヴィーシャ嬢従者ノラが矢を射掛けております。腕にその矢傷を認め、交戦となりました」
「従姉上は無事か?」
「はっ!幸いにして御怪我はありません」
その時、従姉上と従者が入って来た。従者が死体の矢傷を調べ、自分の鏃を確認した。
「大貴族の縁者を狙った犯行…刺客か。骸骨兵、その者を放せ。ガンズよ、貴様の主張を認める」
王家に連なる者を暗殺しようとした刺客に鉄槌を食らわせたのだ、罪に問う話では無い。
…しかし、酷いな。
もはや顔の判別も付かん。
「因みにガンズよ、この者を知っておるか?」
「はっ!自分ではジュラ家の息ジャスティンと名乗りおりました。勲爵の息子であると」
「ジュラ家?…爺?」
「勲爵でジュラは居りません、若」
「ふん」
勲爵は多いから一般の者が確かめ様が無いのを利用したか。
「…む?なんだこの本は?」
食堂の隅に一冊の本が落ちていた。
『初級魔法解説』
題名はやや重いが、子供向けの簡単な魔法の説明と訓練法の本だ。
「これは…まさかこの刺客のものか?」
「はっ!陛下」
刺客が子供向けの本…よく解らんな。
────────
「帰ったぞ、なんだ起きておったのかガキ?ガキは早く寝ろガキ」
「…陛下の旦那もたいがい口悪ぃでやすね」
王宮の執務室に戻ればガキが起きておった。
「丁度良い、茶を煎れてくれ」
暫し一人で椅子にもたれる。…はて、懐に何か入れていたか?
あぁ、刺客の読んでいたとか云う本か。
試しにページをめくる。何か暗号の様なものでもあれば、と思ったのだがページはどこも綺麗なものだ。
本好き、書痴と云うやつだ。何でも良いから文字を読みたがる。
残念、文官に雇えば余の仕事も捗ったかもしれん。まぁ、どうせ爺が反対するだろうがな。
「お茶をお持ちしやした」
「おぅ…ガキ、文字は読める様になったか?」
「はぁ、なんとか」
余はガキに本を放ってやる。文字を読む練習になるだろう。
「子供用の本だ、まぁ役に立つだろう。持っていけ」
「どうしたんでやす、この本?」
「今夜死んだ刺客が持っていたものだ、何かあるかと思ったのだが何の細工も無い。やる」
『刺客』と聞いた途端にガキの顔色が変わった。
「へ、陛下の旦那、その…刺客の名前ってのは…?」
「ぬ?…確かジャスティンと名乗って…おいガキ!?」
へなへなと腰を抜かす様にガキが尻餅をついた。
余と本を交互に見やる。
「ジャ、ジャスティンが…死んだんでやすか…?」
「知っておるのか!?」
ガキは呆けた様に本を眺めた。
「………金貸しバランと…ササンを殺した…下手人でやす」
なんだと!?
「ガキ!それは本当か?証拠は?」
「…証拠…?ありやせん。ありやせんが、ジャスティンの仕業でやした」
それからガキは訥々と話をした。
スキンのところで何度か見掛けた事、以前スキンが『一番の腕』と称した事、そういった『ヤバい仕事』を専門に扱う者がいる事…
「……それなのにスキン姐さん、オイラに勘付かれたってだけで『いらない』って……オイラ…オイラもそのうち陛下の旦那に『いらない』って…言われるんじゃ…」
「泣くな!」
その話は一度聞いた!何故思い出しただけでまた泣く!?
「前にも言ったぞガキ?余は貴様を捨てたりせん…何度も言わすな」
「へ、へへっ…グスッ…ありがとうございやす陛下の旦那、これ大事にしやす」
ガキはおやすみなせぇと声を掛けて執務室を出て行った。本を抱えて。
別に大事にせんでも良い、今度何かましな物をくれてやろう。
【???】
「…なんだ、ジャスティンは死んだのか」
豪商は口をへの字に曲げて鼻を鳴らした。
「やはりヤキが回った刺客など役に立たんか…おい、あの『禿女』に依頼主の居場所を教えてやれ」
依頼主、即ちドレスデンの残党である。
「どうせ奴等に再起の目なぞ無い。ならちょっとだけ儲けさせて貰うさ」
『豪商』が『禿女』に告げ口して儲け、『禿女』が国王陛下に告げ口して儲ける。
「全て世は事も無しだ」
【テレシア】
ドレスデンの野郎ンとこの生き残りが捕まりやした。
スキン姐さんのタレコミでやす、陛下の旦那はスキン姐さんに褒美をあげたそうでやす。
「しょきゅう…げんそま…ほう…のひとつ…「ひ」のつくり…かテは…」
「『かた』よテレシアちゃん」
「かたは…」
妃殿下の姐さんに読み方の練習を付き合って貰っていやす。
オイラが魔法を使える様になれば、きっと陛下の旦那が褒めてくれやすからね。
「ただ読むだけじゃ駄目よテレシアちゃん、読んだ文字を書き写しましょうね」
「へい!姐さん」
綺麗に書けないでやすね?
蚯蚓がのたくった、って言い回しを聞いた事はありやすが…テメーが書くたぁ思いやせんでした。
「綺麗に書けないでやす…」
「最初は皆そうよ」
そう言って妃殿下の姐さんはオイラの頭を撫でてくれやす。
「子猿!飯を食いに来たぞ!」
「こ、子猿じゃ…ありません」
おっと、陛下の旦那が来やしたね?
子猿姐さんの顔が真っ赤でやす、ケケケッ!
「なんだガキ、なかなか王宮に戻らないと思ったら、奥を独り占めしておったのか」
「いいえ殿、違いますわ。妾がテレシアちゃんを独り占めしておりましたの」
「はは、言いよる。ぬ?ガキ、文字の読み書きか」
思わず帳面を両手で隠し…あれ?無い?
「ふん…まだ書き慣れてはおらん様だが、悪く無い。読める文字だ」
いつの間にかオイラの隣に座った陛下の旦那が帳面を持って見てやした。
「陛下の旦那、速ぇでやすね、いい掏りになれやすぜ?」
…頭引っ叩かれやした、褒めたのに。




