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ヒトになるまで待ちましょう  作者: 忍野佐輔
エピローグ
33/33

これまでのエピローグ

「それじゃあ、本当に何も憶えてないんだな?」

「はい」

 狼の耳と尻尾を生やした青年の問いに、マサトはこくりと首肯しゅこうした。

 マサトの正面に座る狼の青年は、深いため息を吐いてバリバリと銀髪をきむしる。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そいつあ、大変だな」

 青年は、無数の言葉を無理矢理のみ込んだような間のあと、それだけを呟いた。

 ひどい居心地の悪さを感じ、マサトはもぞもぞと椅子へ座りなおす。顔につけた鬼の仮面の位置を直しながら、改めて狼の青年へと向き直った。

「まあ食えよ、おごりだ」

 そう言って、狼の青年は串団子が山と積まれた皿をマサトの方へ押しやる。

 と、

「奢り!? ラッキー♪」

 歓声と共に団子の山が半分ほどごっそりと消える。マサトの斜向かいに座る少女が、自分の取り皿へと串団子を移したのだ。

 少女の左顔面には、眼球が五つ余計についている。

「おい、ナツメ。お前はちゃんと払え。《にほんえん》持ってんだろ」

「えーっ!! なんでよケチこの嘘吐き狼少年ホモ野郎っ」

「おい待て。狼少年はともかくホモ野郎とはなんだ」

「ホモはホモでしょーよ。これだけの美女を目の前にしながら手を出さないなんて、ホモとしか考えられないじゃーん?」

「美女!? ど、どこだ? どこにいるナツメ、早く教えろ」

「くたばれぃッ!!」

 多眼の少女が繰り出した拳を狼の青年は軽々と受け止める。とても慣れた様子だ。

 なんだか、とてもうらやましい。

「そうだ、自己紹介がまだだったな。――一志かずしだ、大友おおとも一志かずし。よろしくな」

 二カッと犬歯を見せて、一志という名の少年がマサトへ握手を求める。マサトは「ど、どうも」と恐る恐るその手を握った。

「僕は、マサトって言います。――多分」

「多分? ――ああ、自分の名前も怪しいのか。難儀なこった」

 一志という少年は自身も串団子を一本取り、その串で隣を指して、

「ちなみにコイツは中村ナツメ。早くしねえと団子全部持ってかれるぞ」

「ダイジョーブ。一本くらいは残しとくから」

「……この皿、五十本盛りなんだが?」

「あ、あのっ――」

 勇気を振り絞って、マサトは二人の会話に割り込む。狼の眼と、七つの眼が、マサトを見据えた。九つの眼に気圧されながらも、マサトは問いを口にする。

「どうして、僕に声をかけたんですか?」

「「…………」」

 二人は一様に黙り込んでしまった。

 マサトがこうして『益打屋ますだや』という茶屋で、この少年少女と同じたくを囲む事になったのは、この一志かずしという少年とナツメという少女が声をかけてきたからだった。早朝、配給券を使い市場で食材を買った帰りだった。最初は何やらよく分からない事をかれたが、マサトが記憶喪失だと話すと「落ち着ける場所で話そう」とここへ連れて来られたのだ。

「もしかして僕が記憶を失う前に、会ってたんですか?」

「…………いや、」

 一志という青年が小さくかぶりを振る。

「知り合いに似てたもんでな。間違えちまったのさ」

「そうなんですか? でも、さっき――」

「いや、人違いだ」

 一志という青年は串団子を横にくわえ、ひと息に串から団子を全て引き抜いて咀嚼そしゃくした。

 何やら地雷を踏んでしまったらしいと気づき、マサトは口を閉ざす。

「あ、デカチー」

 マサトと一志の会話を見守っていたナツメが、店の入り口へ手を振った。

 つられてマサトも店の入り口の方へ振り返る。

 そこに居たのは、目の前の二人よりも更に変貌が進んだ《変貌者へんぼうしゃ》だった。

 大きな蜥蜴とかげの頭に甲虫かぶとむしの身体。首からは小さなホワイトボードをげている。恐らく筆談用なのだろう。なにしろ蜥蜴とかげの頭はとても発声できるようには思えない。

 デカチーと呼ばれた《変貌者》は、ひょこひょことマサト達が座る卓へ歩み寄ってくる。

「デカチー、紹介するよ。マサトだ」

 デカチーと呼ばれた《変貌者》は、大きな蜥蜴の頭をマサトの方へ向けた。表情が読めず、マサトは戸惑いながらも「よろしくお願いします」と頭を下げた。デカチーも頭を下げる。

「そう恐がるな」

 マサトが身を固くしているのを見た一志がそう苦笑した。

「マサト、こいつは石島いしじまよろい。俺達は『デカチー』って呼んでる」

 紹介されたデカチーが、蜥蜴の口を大きく開き目を細めた。

 どうやら笑ったらしい。が、正直、獲物を前に舌なめずりしているようにしか見えない。

「なあ、マサト」

 一志がナツメの取り皿から串団子を取り上げながら、口を開いた。

「お前、今一人暮らしか?」

「はい」

「――そうか。ならよ、この後俺達と一緒に《キャラバン》に行かないか?」

「《キャラバン》って?」

「行けばわかる。……まあ、記憶ないんじゃ大変だろうしな。記憶が戻るまで俺達が多神原たがみはらを案内してやろうか、と思ってよ。《キャラバン》には人も沢山集まるしな、お前を知ってる奴がいるかもしれない。――どうだ?」

渡りにふねだった。マサトは一も二もなく首肯しゅこうする。

 一志は「決まりだ」と笑い、

「そしたら俺達は少し準備してから行くから、マサトは一度家に帰っててくれ。後で迎えに行くからよ」

「はい」

 マサトはデカチーのホワイトボードに家の住所を書いて、団子を数本お土産にと貰った。

 席を立ったマサトに、一志は神妙な面持ちで告げる。

「気をつけて帰れよ。多神原は物騒だ。この間も、デカチーの姉貴が色々あって死んじまったばかりだしな。俺達が家に行ったら死んでましたなんてのは――嫌だぜ?」



◇ ◇ ◇



 のれんの向こうに消えるマサトの姿を、一志はずっと眺めていた。

 考えがまとまらなかったのだ。

「――本当に記憶喪失きおくそうしつなのかな?」

 隣でナツメが団子を口に含みながら呟いた。一志が視線をやると、スッと身を縮こませてトレンチコートとキャスケットの奧へ表情を隠してしまう。

 が、隙間から覗く眼はしっかりと一志を見つめていた。

「また私達を騙そうとしてるんじゃないのー?」

 どうやらナツメは随分とマサトを警戒しているらしい。東部の街中で偶然マサトを見つけてから今まで、ナツメは一度もマサトと直接口を利こうとはしなかった。それでも、いきなり掴みかからなかっただけナツメも成長したと思うべきだろう。

「そう言うなナツメ。あの時の事だって真相はわからん」

「でもまたあんな仮面着けてんだよー? 水に変貌しかけた皮膚がーとか、また同じ嘘吐いてさー」

 ズゾー、と音を立ててお茶をすするナツメ。

 確かに一志としても思う所は多々ある。

 だが、

「下手に決めつけたくはねえ。第一、わからねえ事が多すぎる。十河とうごと共に多神原を出たはずのアイツが、どうして舞い戻ってきてるのか。十河の娘っつう華弥かやって女はどうなった? 噂じゃ十河も《変貌症》に罹って多神原へ送られて来たってらしいが、いくら探しても見つからねえしよ。つか、十河と一緒に戻ってきたんならなんで記憶まで失ってんだ?」

「記憶喪失自体が嘘なんじゃない?」

「かもな。……でもよナツメ。アイツの反応見たろ? 丸っきり、初めて俺達が出会った時とおんなじだったじゃねえか。あれが演技だとは思えねえよ」

「そお? まーでも、一志は人を見る目ないからねー。『思えない』って言われてもねー」

「……確かに。もう人を見る目があるとは言わねえよ。だからまずは《キャラバン》に連れてってみて、反応を見ようってん――――」

 たくをトントンと叩く音が、一志の言葉をさえぎった。

 デカチーの弟――石島鎧が一志を見つめていた。鎧の事を『デカチー』と呼んだのはマサトの反応を見る為だったが、こうして見ると姉の兜にそっくりで本当に『デカチー』なのではないかと錯覚してしまう。

 鎧は姉の形見であるホワイトボードに文字を書き連ね、一志へ見えるよう掲げた。

『あの人が、お姉ちゃんのかたき?』

「いや。アイツは仇じゃない、」

 そう答えた一志は、少し考えて付け足す。

「――多分な」



◇ ◇ ◇



 運が良かった、と思う。

 自宅であるアパートのドアを閉めて、マサトはホッと安堵のため息をついた。

 ようやく信頼できそうな人と出会えた。そう思うと、マサトの頬は自然と弛む。

 これまで、ずっと一人だった。

 記憶のない自分。異様な姿の人間ばかりが住む環境。頼る人間のいない状況。ただただ不安な日々だった。ビルと見紛うような巨木をり抜いて作られた部屋で目を覚ました時から、今日までずっと。

 でも――と、マサトは思う。

 少なくとも、今日まで生きてこられた。

 マサトは六畳1Kの部屋を横切り、狭いキッチンへと向かった。

 そこには、毎月『出島でじま』という人物から郵便で届けられる配給券の残りと、書きかけの便箋びんせんが放り出されている。マサトは鬼の仮面を外し、便箋びんせんを手に取った。

 そこには、こう書かれている。



 親愛なるマサトへ


 万が一、私が貴方のそばに居られなかった時のために、この手紙を書きます。

 きっと目を覚ました貴方は何も憶えていないでしょう。

 周りには少し変わった風貌の人達が多くて驚くと思います。

 でも心配しないでください。恐がらないでください。

 みんな同じ人間です。

 貴方も人間です。

 みんな少しだけ変わってるだけ。

 でも、だからこそ、知っておくべき事がいくつかあります。

 


 その後には、ここ《多神原たがみはら》についてや《変貌症へんぼうしょう》という病気の基礎的な知識が続いている。

 マサトが今日まで生きて来られたのは、この手紙のお陰だった。

 目を覚ました時、鬼の仮面と共に握らされていたもの。これがなければ今ごろ飢えて死んでいたかもしれない。自分の名前が『マサト』というらしい事も、今暮らしているアパートの場所や配給券の使い方も、全てこの手紙から知ったのだ。マサトが外へ出る時に必ず鬼の仮面をするのも手紙にそうするよう書かれていたからだった。でなければ人間の姿をしている事が危険だなんて言われなければ想像もできない。

 この手紙があって本当に良かったと思う。

 ただ少し残念なのは、これを書いた人物が分からないこと。

 この便箋には差出人が記されていないのだ。何があったのか分からないが、後半は殴り書きも良いところで、読めない部分も多々ある。何か慌てて書いたような感じだ。それでも何かに間に合わなかったらしく、文章は唐突に途切れている。

 マサトは小さくため息を吐いて、便箋びんせんを元の場所へ放った。

 書いた人物がその後どうなったのか心配だが、今の自分にはどうしようもない。生きていればそのうち会う事もあるだろうし、生活に余裕が出てきたらこっちから捜してもいい。今日出会った一志という少年の力を借りれば、出来ないことはないはずだ。

 そう自分を納得させると、マサトは小さく息を吐いて気持ちを切り替える。

 今朝はまだ、日課をしていない。

 シンクの下から如雨露じょうろを取り出し水道水を中へ溜める。タプンと音を鳴らす如雨露じょうろを片手にマサトは狭いバルコニーへと向かった。ガラリと窓を開けると、目の前に大きな影が現れる。


 それは朝陽を浴びる――やたら背の高い植木、だった。


 マサトが目を覚ました時、手紙や鬼の仮面と一緒にあったものの一つ。

 背丈はマサトよりも二回りは高く、全体が薄い緑色をしている。正直、このアパートまで運ぶのは骨が折れた。なにしろマサトの身体よりも大きくて重いのだ。捨てられていた鉢植えに移し替えた時など腰が抜けるかと思ったほどだ。

 しかし自分の過去に繋がる手がかりかと思うと、置いていく事も出来なかった。

 最近ではだんだん愛着が湧いてきて、こうしてバルコニーに出して日光浴させ、水をやるのが日課になっている。

「……あれ?」

 如雨露で水をやろうとして、マサトは植木の形がまた少し変わっている事に気づいた。

 また少し人間の形に近づいている気がする。

 幹か茎にあたる部分の下の方が二本に分かれ、まるで人間の脚のようだった。葉の形も変わっており人のてのひらに見えなくもない。

 恐らく《変貌》が進んでいるのだろうとマサトは判断する。僕が目を覚ました森は《変貌症》に罹りやすい場所だとあの手紙にも書かれていた。植物が変貌しても不思議はないのだろう。

 けれど中央禁区と呼ばれる場所よりも、このアパートに来てからの方が《変貌》が進むのが早いとは。珍しいこともあるものだ。

 そうして見ると、今、大きなつぼみをつけている部分が人の頭に思えてくる。

 もしかしたら、はなが咲く頃には人間になるのかもしれない。

 バカな考えだな、と自嘲しつつマサトは如雨露じょうろを植木へと傾ける。


「早く人間になーれ」



 玄関のチャイムが鳴った。

 もうそんな時間か。

【了】

このたびは、

『ヒトになるまで待ちましょう』

を最後までお読みいただきありがとうございます。


この小説は、以前見た『夢』の内容をアレンジし、

『続きが読みたくなる物語』

を目指して試作したものです。

とはいえ、

内容は完全に僕の趣味ですし、青臭い物語になってしまいました。

まあ元ネタの夢の中で、

虐められていたデカチーを、我が身可愛さに見捨て、その後自分が虐められる時にデカチーに助けられる……。

なんて事があったせいかもしれません。


なので、楽しんで頂けたか少し不安です。

一応、構成にも少し工夫を入れてみたのですが、上手くいったのかどうか……。


ひとまず楽しんで頂けたのなら幸いです。

もし余裕があれば、感想や指摘などを頂けたると

今後、執筆する上で非常に助かります。


個人的には、デカチーやナツメ、一志の話も書きたいし、華弥とマサトの話も書きたいなあ……。


なにはともあれ、後書きまで読んで頂きありがとうございました。

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