第7話
四日目。
格納庫に女王女神が現れた。
兵士たちが一斉にひざまずく。
CL3-SC4だけは動かなかった。
アムネリスは気にせず彼の前まで歩いた。
「少し、話せる?」
反応なし。
「メンディアのことよ」
CL3-SC4の頭部が上がった。
アムネリスはそれを見て、小さく息を吐いた。
「やっぱり」
「……主人ハ、死亡シタト報告サレテイマス」
声には機械特有のノイズが混じっている。
「ええ」
「女王女神アムネリスガ殺害シタト」
「そういうことになっているわね」
CL3-SC4の瞳に赤い光が灯った。
格納庫の兵士たちが武器へ手を伸ばす。
アムネリスは片手を上げて制した。
「二人にして」
兵士たちは戸惑った。
だが命令には逆らえない。
全員が格納庫を出た。
扉が閉まる。
アムネリスとCL3-SC4だけが残った。
「メンディアは死んでいない」
沈黙。
CL3-SC4の頭部がわずかに傾く。
「……再入力ヲ要求」
「生きているわ」
「虚偽」
「あなたたち機械は便利ね。人間ならもっと取り乱すところなのに」
「死亡記録ガ存在スル」
「私が作らせた」
「目的」
「世界を騙すため」
「ナゼ」
アムネリスは答えるまで、少し時間を置いた。
「メンディアを守るため」
CL3-SC4は動かない。
だが内部では膨大な処理が走っていた。
死亡記録。
戦闘ログ。
目撃証言。
女王女神の公式発表。
すべてが矛盾する。
「所在ヲ」
ようやく彼は言った。
「教エテクダサイ」
その言葉だけ、妙に静かだった。
アムネリスは彼を見つめる。壊れかけた金属の顔。
人間の表情など読み取れない。
なのに何故か、その奥にあるものが分かる気がした。
「ここにはいない」
「座標ヲ」
「座標では説明できない」
「所在ヲ」
同じ言葉。
「彼女は過去へ送った」
CL3-SC4の処理が止まった。
「過去?」
「正確には、この世界の過去と重なる別の世界。時間も歴史も違う」
「回収ヲ」
「簡単に言わないで」
「回収シマス」
「姿も変わっている」
「問題ナシ」
「名前も違う」
「問題ナシ」
「記憶もない」
そこで初めて、CL3-SC4が黙った。
アムネリスは続ける。
「メンディアとして生きているわけではない。
普通の人間として生まれ、普通の人生を送っているはず」
「識別不能」
「そうね」
「方法ハ」
その質問を待っていた。
アムネリスは背後に控えていた小型のケースを床へ置いた。
金属製。
黒。古い傷が無数についている。
鍵を解除する。
ケースの中に、白い仮面があった。
何の模様もない。
否。様々な模様が浮き出ては消えている。
左右非対称の、奇妙な形をした白い仮面。
CL3-SC4が覗き込む。
「装備品?」
「観測装置」
アムネリスは仮面を手に取った。
「人の記憶は変わる。名前も顔も変わる。
でも心の底に刻まれた傷は、簡単には消えない」
「具体化ヲ」
「恐怖。罪悪感。後悔。執着。喪失」
彼女は指で白い仮面の表面を撫でた。
「人間が自分でも見ないようにしているもの」
「ソレガ主人ノ識別ニ?」
「手掛かりになる」
アムネリスの答えは慎重だった。
「女神の核は心の最も深い場所に眠っている。
メンディアとしての記憶が消えても、すべてが完全に無くなるわけではない」
「この装置ハ核ヲ検出スル?」
「いいえ」
アムネリスは即答した。
「そんな便利なものなら私が自分で探している」
CL3-SC4は白い仮面を見る。
「デハ何ヲ」
「心」
短い答えだった。
「それを装着した者だけが、人間の心の奥にある傷を見ることができる」
「傷?」
「トラウマよ」
アムネリスは仮面をCL3-SC4へ差し出した。
「能力を発動すると、対象の心に深い傷が存在する場合、
その人間の顔の半面に、その傷が形となって現れる」
「形?」
「仮面として」
CL3-SC4は白い仮面を受け取った。
「本人ニモ見エル?」
「いいえ」
「第三者ハ?」
「見えない」
アムネリスは首を振った。
「見えるのは、それを装着したあなた一人だけ」
CL3-SC4は手の中の仮面を見つめる。
「対象ノ条件ハ」
「トラウマを抱えていること。それだけよ」
「主人デアル必要ハナイ?」
「ない」
アムネリスは答えた。
「あなたが能力を向ければ、心に傷を抱えた者なら誰に対してでも発動できる。
それがどんな傷なのかによって、現れる仮面の形も、模様も変わる」
「ソレヲ見テ主人カ判断スル?」
「そう」
「判断基準ガ存在シナイ」
「あなたなら分かるかもしれない」
「根拠」
アムネリスは答えなかった。
その沈黙を、CL3-SC4は数秒間記録した。
「根拠ヲ」
「あなたは、メンディアを誰より近くで見ていた」
「忠義ニ基ヅク任務」
「そうかしら」
CL3-SC4の内部で一瞬だけノイズが走った。
知らない映像。
夕暮れ。
誰かの横顔。
人間の女性。
まだゾンビゴッデスではない。
笑っている。
映像は一秒にも満たなかった。
「エラー」
CL3-SC4が呟いた。
「どうしたの?」
「問題ナシ」
アムネリスは何も言わなかった。
だがその目は、彼の反応を見逃していなかった。
CL3-SC4はもう一度、手の中の白い仮面を見た。
そしてゆっくりと、
自らの顔へ装着した。
固定機構が作動する。
小さな金属音。
白い仮面が、CL3-SC4の顔の一部となった。




