6話 初任務
15歳 春――
「で……出来たぁぁぁ」
1年前、アステニアの本を見つけたあの日。
彼女の後書きによってドワーフの頃から探していた唯一の希望を、彼女によって見事に打ち砕かれたのだが、凹んでばかりはいられない。
そんなの時間の無駄。
人間の寿命は一瞬。
出来ることをやって可能性を広げるべきだ。
直ぐに気持ちを切り替えて、自ら作り出した結晶石を加工し、1年かけてこの宝飾品を作り出した。
アステニアの導き出した理論上の
豊穣の女神、究極の奥義。
『輪廻終焉』
をエンチャントとした指輪だ。
デザインには拘った。
表面に沢山の星屑がくっついたようなザラザラとした触り心地。マット加工にせず、鏡面のように磨き上げてどの角度からも光を集めるようにした。
その方がより可愛いから。
周さんが初めてくれたファッションリングと同じデザイン。
この世界の誰も知らない私の宝物。
ただ、その創作過程が大変だった。
結晶石にエンチャントを施しながら希望のデザインをイメージし形態変化もしなくてはいけない。
なんというか、2時間デイケアで握りトレーニングと立ち座り運動……いや、分かりにくいか。
若いひと向けに言うなら2時間、因数分解しながら競歩でウォーキングしてる感じ。
地味にキツイ。
神聖力が尽きるとかはないけど、肩と頭がこる。
これを1年続けたのだから
その分、完成の喜びはひとしおだった。
満足のいく仕上がりになった指輪を太陽に掲げて微笑んだ。
「……うん。やはり可愛い」
この世界では、趣向品としてしか指輪に価値はない。
結婚する際は、生まれた時から付けているピアスを交換するのが習わしだ。
だから、未成年でも相手もいなくとも問題なくつけられる。
永遠の誓いの指に。
出来たばかりの指輪を左手の薬指にはめた。
すると指輪は皮膚を侵食し同化していく。
この指輪は一度嵌めると二度と外せない。
女神との制約。
あっという間に肉の一部になってしまった装飾品を眺めた。
繋ぎ目が血管のように動いていて……うぞうぞしてる。
間近で見るとちょっとキモい。
だ、大丈夫だ!
付けておいて、損はないはず!
もしかしたらそんな制約なくても輪廻転生から外れることができるかもしれないし。
そんなもん、アステニアも分からんだろうしね!
やれることはやっとけ精神だ。
太陽の光を受けて輝く薬指に優しく微笑みかけた。
「待っててね、周さん。いつか絶対そっちに行くからね!……痛くない死に方で!!」
コンコン。
ドアをノックされ振り向く。
今はお昼休憩。
こんな時間に誰だろうとドアを開けると……神官と勅使だった。
「テレサ、少しいいかな?」
硬い表情の二人を見上げ、私は静かに頷いた。
***
そっと差し出されるマグカップ。
濃厚な甘い香りが鼻をくすぐる。
神官に入れてもらったココアを手に取り、甘さにホッとしながら周りに視線を移す。美しいグリーンがかった金髪ショートの戦陣の聖女セレナ、青みがかった暗めの銀髪、ゆるふわロングウェーブの治癒の聖女エルシア。
2人とも海名持ち。
上級聖女だ。
セレナが私に目を向け冷ややかに睨む。
「神官様、なんで私たちが譜なしのカスなんかと一緒に依頼を?」
「そうね。同じ空気を吸うのも嫌だわ」
嫌悪を滲ませた声が響く。
私はココアをテーブルに置いてため息をついた。
「……じゃあ一生息止めてろ」
「テレサ! やめなさい!」
しゃくれて二人へ言い返す私に神官が叱責する。
……なぜだ。
私は被害者なのに。
世の中本当に理不尽だ。
一呼吸置いて、神官は静かに説明を始める。
「……依頼内容は支援物資と大規模治癒、兵士の肉体強化と精神補強というものです。今回は我が国の豊穣の聖女が出払っている為、テレサに―――」
神官が話し終わる前に、セレナが失笑した。
「なるほど。それで譜なしに出番が来たわけだ。でも依頼主も災難だな。他の豊穣なら大地名程度はあったものを」
「……まあ仕方ないわよ。テレサ、良かったわね。一生草むしりだけじゃなくて」
「何を言う! 私はちゃんとお使いもしてる!」
「それ、聖女のやることじゃないでしょ。やだわこんなアホな子と話してたら私まで譜なしになっちゃいそう」
「はは。それは困るね」
二人の聖女は私を見下しながら嘲笑った。
私は思春期どもを放置し、神官と勅使に視線を向ける。
どうも顔色が悪い。
落ち着きのない様子の勅使の指元に目を落とす。
今回のルートが記載されていた。
物凄く目を細め、少し背筋を逸らす。
「……あんた、何なのその動き」
セレナが訝しげに私を見ていた。
開いてるか開いてないか分からないほど細めた瞳でセレナに視線を向ける。
ギギギ……
首だけまわし、
私は上半身を反らせたまま黒髪の隙間から覗き見た。
往年のホラー映画を賑わせた貞〇のように。
「……間違えた。老眼じゃなかった」
「……マジでババくさい。そしてそれ、物凄く怖いんですけど」
止まる空気。
全員から呆れられてしまった。
視線が集中してる事に気づいた私は、みるみるうちに頬が熱くなっていくのを感じで耐えられず
ゆっくりと姿勢をもどし、俯いた。
本はそうでもないけど、地図とか見るとついこうなるんだよ!!
癖なんだよ! 仕方ないだろ!?
神官様よ! 君なら分かるはずなのになんだその白い目は!!
ピンぼけしてる気がするんだよ!! するだろ!?
何を自分はまだ老眼来てませんけど?みたいな涼しい顔してるんだ!
こんの思春期め! 恥をかかせおって!!
お前らも歳とった時に嘆き、思い知るがいい!!
と心の中で叫んで恥をココアで流し込む。
「と、とりあえず話を進めようか。勅使様お願いします」
「はい。それでは」
話を振られた勅使が少し緊張した面持ちで地図に触れる。
「今回、我が国に依頼要請をしたのはルオス帝国です。隣国のバルム王国の内戦が激化し自衛的介入なのか内政介入なのか、意図は分かりませんが……バルム王国の為の支援物資、民間人に被害が出ていることもある為、大規模治癒。そして避難所の民間兵の強化と、ルオス帝国の国境の強化……だそうです」
「ということは私はバルムの兵士の身体強化をした後、ルオス帝国に向かって強化したらいいってことですか?」
セレナが余裕綽々な顔で頬杖をつく。
「そうですね。……念の為、神官とご衛兵を10名ほど付き添えるように準備させて頂きます」
「……というか、その前になぜ分散しないといけないんです? 全員で行けばいいのに」
私の言葉にその場が静まり返った。
勅使は額の汗を拭いながら説明を重ねた。
この場を納得させる為に。
「それは私も思ったのですが、ルオス帝国曰く、甚大な被害が出ているので豊穣と治癒が時間を取られることになるだろうからとのことで。こちらとしても行ってみない事には規模も分かりませんが、激化していることは確かに把握済みですし」
「そうだよ。全員で常に行動なんて効率悪いじゃない。何ガキみたいなこといってんの」
「え、もしかして。初任務で怖いのかしら? ……ダメね、これだから譜なしは嫌なのよ」
クスクスとティーン二人は私を蔑んだ。
神官は私の言葉に表情を曇らせて神妙な面持ちで勅使と宰相に打診するか話し合っている。
静かにココアを飲みながらマグカップに視線を落とした。
とろりと湯気を纏って揺らめくその鳶色を見ていると、得体の知れないざらつきが私の心を覆う。
(私は運がいい方じゃないからな。……気のせいならいいけど)
罪もない思春期を巻き込みたくないなと思いながら残りを一気に飲み干した。




