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5話② 在りし日の新刊

 


「……テレサ。神官様がお呼びよ」


 ボーッと草むしりをしていると背後から声がかかった。

 振り返って見上げるとミジンコでも見るかのような視線で、先輩聖女から見下ろされている。



「はいはい。今行きますよっと……どっこいしょ」


「アンタって、なんでそんなにババくさいの?」


 呆れた声が響く。

 いつもの事だから気にしない。

 お尻を叩き、首を鳴らしていると、馬鹿にする声が聞こえてきた。


「……本当に、気楽でいいわね。常闇の譜なしは」



「はいはい。常闇ですよ〜」


「ふん! 相変わらず生意気なガキね! さっさと行きなさい常闇の譜なし!」


 鼻を鳴らし、3つほど年上の聖女は足音を立てて去っていった。


 彼女の後ろ姿を眺めていると、風に揺れ長い髪が規則正しく弧を描いた。

 夜空を溶かしたような色が私の視界に入り、たなびく。

 私は穏やかに揺れる自分の髪に視線を移し、微笑んだ。


 懐かしい、澪桜の色。


 だがこの黒に近い青や紫を帯びた濡鴉色の髪は

 この国には珍しく、死を招く不吉な髪色と忌み嫌われている。


 だから常闇。


 私のあだ名だ。


 私の傍にいるだけで不幸になるらしい。

 知らなかった。



 そして”譜なし”とは


 系譜なし

 という意味。


 聖女の名は四柱の御心のままに与えられ、それにより力の強さと神聖力の許容量が決まる。


 名前は完全に女神の気分次第だ。

 血筋など一切関係ない。



 植物→大地→海→天候→星


 の順に強くなる。


 まぁ、歴史上でも星の名を授かる者は3名程しか確認されてないから事実上、天候の名前持ちが各国の最高地位に君臨してる。


 現在の我が国もそう。


 プルビアーナ・アウラ(慈雨がもたらすそよ風)という治癒の聖女が最高位だ。



 ちなみに私の名、テレサにはどの意味も込められていない。


 だから譜なし。


 聖女としても最低ランクとされる。

 それはそれで滅多にいない。

 ある意味レア。


 そのせいで他国や国内からの依頼もほぼない。


 役立たずな私は

 聖女候補や聖女達からの格好の的だ。


 まして、四柱の中で一番人気のない豊穣の聖女だから尚更。



 まぁ、たった10年ちょっとしか生きてない思春期どもに何か言われたところで屁でもないがね。



「失礼します」


「ああ、お入り。テレサ」



 目を細め、優しく微笑む神官の所に向かうと、お使いの袋を準備されていた。


 使い古されたモスグリーンの布のトートバッグを受け取り、彼を見上げる。



「テレサ、今日も頼みますよ。終わったら王都図書館に寄っていいですけど、遅くならないようにね」


「分かりました! いつもありがとうございます! 神官様」



 深々と神官に頭を下げて大聖堂を後にする。

 一度自分の部屋に戻り、テーブルの上にある白い包みを手に取った。



「おっと。コイツを持って行ってやらねばねぇ♪」


 ニヤニヤと悪い笑みをうかべていつもの賄賂をトートバッグに入れた。


 下界から隔離されたような尊大な門を潜る。

 少し錆びが残る手のひらを払いながら景色に目を向ける。


 穏やかな風が心地よく、銀杏並木が青々としていて美しい

 代わり映えのしない道。

 だけど私はこの道を毎日通って王宮に向かうのが好きだった。



 普段草むしりしかしてない私にとってこのお使いは大切な任務。


 それに、唯一、外に出られる大切な時間。



 いつもの通り、勅使に書類を渡し、王宮に併設してある図書館の重い扉を開く。


 今回の人生は本当に楽勝な人生だと思う。

 毎日草むしりをして、お使いするだけ。

 それだけでお小遣いももらえて


 こうやって……ちょいとした裏ワザで禁書棚のある場所に入れるのだから。


 んふふふ♡



「トムじいさん。ほら、上物だよ」


 私はガーゼに包んだそれを手渡す。


「ふぉっふぉ……今日は15分後から30分だけじゃ。見回りがくるからの」


「OK!ありがとよ」


「ふおおおお。いい香りじゃ。たまらんのぉ、マツタケは」



「ふふふ。フレイア(豊穣の女神)様に感謝しなさいな」


 大ぶりのマツタケをニヤニヤと眺めるトムじいさん。

 そう。この世界で天然物は本当に希少。

 次はポルチーニか冬虫夏草でも持ってきてやろう。


 あれは滋養強壮に良いし、ごぼうみたいで美味いからねぇ。



 惑星ノアの()()()の生物はほぼ、地球と同じ。だからある意味助かってる。


 象のフンは飲んだら死ねるという知識が惑星ノアでも役に立つしね☆



 幸せそうな爺さんとしばらく談笑した後、いつも通り禁書庫に足を運んだ。



 私が禁書庫に侵入するのには理由がある。


 初めてここに来た時に爺さんから1000年前の文献までしか扱ってないと言われた。


 それ以上古いものは各国の文化遺産として禁書庫で劣化しないように厳重に保管されていると。


 だから……爺さんと仲良くなり趣味を聞いて

 買収。


 良かったよ。

 趣味が食通で。

 金はないけど食い物ならなんとかなるから。



 ゆっくりと厳重な鉄の扉を開ける。


 さほど広くないが、空間を効率よく利用し壁に埋められた本棚、圧倒されるほどの冊数が敷き詰められていた。


 ほとんど読破してしまった本たち。


 キラキラと天井の窓から差す光が埃を輝かせる。



 ドワーフの頃、大ファンだったアステニアの本は3000年前の物。

 それは6年通いつめた今でも見付けられていない。


 殆どの本の表紙は色あせ、著者が誰かも分からない為、片っ端から読んでいったのに。

 私には無意味なものばかり。



 途方もない道のりだと思っていたが。

 トム爺さんを収賄し、通いつめておよそ6年。


 残り、この土色の分厚い本3冊のみとなった。



 これで何も書いてなければ……今回の人生ももしかしたら無駄に終わるかもしれない。

 禁書庫など、そうそう入れるものではないし、この国にはここしかないから。


 それでも希望はある。


 他の国の聖女に転生すればまた、文献を読み漁って――


 目が止まる。



輪廻終焉(ラグナロク)の見解とその全て』


 著 アステニア・タバサ




 内側の見出しに目が泳ぐ。



「……新刊……だ……」



 あまりにも呆気ない言葉が誰もいない部屋に響いた。



 あの日、心待ちにしたまま読めなくなった新刊。

 ドワーフの頃の暖かな生活の記憶。


 アステニアの変わらない、ちょっとズレたエッセイ。


 そして分かりやすい理論上の解説。


 輪廻転生の仕組みの仮説、そして輪廻終焉の方法。


 当時私の推しだった、会ったこともない作家の知識が


 今の私を作り


 未来を切り開く師となる。



 この世にいない彼女が



『諦めるな』


 そう、言ってくれてるような気がした。

 ページをめくる手を止め、熱くなった目頭を宥めるように瞳を閉じるといつものように優しい夫が微笑みかける。


 埃に混じって微かに漂う懐かしいインクの香りが

 穏やかだったドワーフの日常と、その温もりを思い出させた。


 なにもかも

 私の生きた軌跡。



 温かな雫が……頬を伝う。



 ポタ。


 ポタ。



 とめどなく流れては滴り落ちる。

 本を濡らさないように腕で拭うが、またすぐに視界が滲んだ。


 1000年かけてやっと。


 ……やっとたどり着けた。


 長い

 人生だった。

 終わりたくても終われなくて。


 どこかずっと孤独で


 遠回りだったけど


 37回目の人生で


 豊穣の女神の加護を持って生まれることが出来て……本当に良かった。



 これで……終われるかもしれない。


 ようやく……迎えに行けそうだよ。


 あなたのも……?



「も!?」



 認めたくない私はその一文を何度も何度も読み返す。

 だが


 読み間違いではなかった。



 その本の最後には

 こう、記されていた。


 ※発動条件は、伴侶と愛を育み生き抜くこと。真実の愛こそが神の袂への道を開く鍵となる(多分)


 相変わらず


 ……雑な理論。


 私は天国にいるかもしれないアステニアと(あまね)さんに向かって呟いた。



「……ガッデム!」




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― 新着の感想 ―
かつての新刊が時を超えて励ましてくれる、というところに、まるで一緒に生きてきたような懐かしさを感じました。読んだのさっきなのに。コメディと感動のバランスが天才的です。
自分にだけ自明な理論ってのは、記述が雑になるもんですよねw
忌み嫌われる黒髪。 拙作のヒロインと恐縮ながら重ねてしまって、ますます澪桜さんに感情移入してしまいました(´;ω;`) そんなところで、ようやく辿り着いた天国に続く道への知識……! 周さん以外の男性を…
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