20話 レヴィ、初めての浮気
「ううーん」
私はアズィーズから借りた地図を見ながら、あの怪しい国、ルオス帝国付近の国境の事を考えていた。
話を聞くと、他の近隣諸国とは概ね良好。
ルオスのみ、外交はほぼ無いらしい。
あの国は国益を重視するようだしなぁ。と思いつつ、プランを練る。
やはりルオス側の砂漠は変えずに残して――
「なんだ? 聖女、便秘か?」
視界に虹色の髪が降りてきた。
コノヤロウ。人が真面目に悩んで砂と向き合ってる時に。
私は砂をサラサラと風でそよがせ、睨みつけた。
「うら若きレディにいきなり何を言う。これだからデリカシーのない、化石ジジイは。あっちで干からびてろ!」
「なんだと!? それはお前の方だろう! 人を捕まえて風呂に入らないだの、歯を磨かないだの!! 俺の何を知ってると言うんだ」
それはそう。
お前など知らん。
私はエルフの平均的な知識を言っただけ。
にしても根に持つなぁこのジジイ。
「ジジイの生態系など興味あるか。私は過去見た文献と、友達から聞いた話をあるあるとして言っただけだ」
本当は友達じゃなくて過去の私の記憶だけどな。
この程度の嘘は許されるだろう。
というかどっか行け!私は今忙しい。
「にしても、なんか今日、いつもより少し過ごしやすいような?」
仲間の野営から干し肉を齧りながらこちらにやって来たベンが話しかけてきた。
私は地図を畳みながら微笑む。
「そうかい?そりゃあ良かった」
「え!? やっぱこれ……テレサ様が!?」
「そんな大したことではないよ。3℃ずつ高低差縮めただけだよ。試しにね」
「す、すげぇ……」
「いきなり変えすぎると生態系が壊れるからねぇ。見えない生物もいるかもしれないし、ゆっくり気温も慣らしてやろう」
そう言って掌についた砂を払う。
私はレヴィの生活魔法で手を洗い、ベンから干し肉を受け取った。
アズィーズが焚き火にあたりながら笑って言う。
「流石だなぁ……テレサ様。こんな美味しい果物も出して下さって……。バナナというやつですよね?」
「そう。これなら木はすぐ枯れるから問題ないしね」
ベンがまた向こうの大きな焚き火から焼けた食べ物を持ってこっちにやってくる。
「こっちも出来ましたー! あちちっ、俺焼いたトウモロコシ、初めて食べます!」
テンションの高いベンが、焼きあがったトウモロコシをアズィーズやレヴィにも渡していく。
「ふふふ。私の大好物、焼きだが美味しいかなー」
私は受け取ったトウモロコシを持ったまま、しばらく男共が齧り付いているのを眺めていた。
「うめぇ! ただ焼いただけなのに甘え! 焼くのアリっすね」
「あはは。頬に付いているよ? どうやって食べればそうなるの?でも本当に甘い。久しぶりに食べたなぁ」
アズィーズも嬉しそうだ。良かった良かった、沢山食べて大きくなりなさい。
そう思っていると、手に持っていたトウモロコシをレヴィに奪われた。
「ぬあああ!何をする」
「熱くて皮が向けないんだろう。……ほら」
焼けた皮を剥がし、差し出された。
不意をつかれ、目が合う。
一気に耳に熱を感じるのを覚えた。
目の前に差し出されたトウモロコシ。
綺麗な指。
このやろう。人が必死に意識しないようにしてるのに!!
ほっといてくれていいんだよ!
いちいち見んな!!
暴れ倒す心臓を抑え、
プルプルと震える指でトウモロコシを受け取った。
だが私も律儀な人間、敬意を込めて呼ぶことにしよう。
「っ……ありがとう……レヴィ爺」
パチン!!
いきなりの衝撃に頭が後ろに揺れた。
「あぅ」
「誰がレヴィ爺じゃ!! 一言余計なんだよクソガキ! 早く食え! 冷めるだろ! 火傷するなよ!」
「……注文が多い。うざい」
デコピンをした後、レヴィは一人分ほどスペースを開けて隣に座り、片手でトウモロコシを齧る。
エルフがトウモロコシ。
笑いそうになっているとゆっくりまたデコピンが伸びてきた
「やぁめろやぁ!!」
レヴィの手をはたき落とす。
ふとベンやアズィーズに視線を向けると
何か言いたげにニヤニヤしている。生ぬるい雰囲気を醸し出しながら。
よく分からんがものすごい居心地が悪い。
気を取り直し、手渡されたトウモロコシを一粒一粒ちぎって食べる。
2列、綺麗に隙間が出来るまで。
隣から咀嚼音が消えた。
顔を上げるとレヴィが私の食べ方を見て……固まっている。
「……? なんだよ!」
「変な食べ方だな」
「別にいいだろう? 私は綺麗に食べたいんだよ! こうやったあと、一列ずつ齧ると綺麗にとれるんだ! なんだ、悪いのか!?」
文句を言いながらひたすら2列の隙間を開けていく私。
すると返事もせずにレヴィが黙ってしまった。
食べながら不意に顔を見ると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
何か気に障る事を言ったらしい。
「? レヴィ? どうしたの?」
アズィーズが立ち上がろうとするレヴィに声をかけた。
「食休みだ。風に当たってくる」
そうぶっきらぼうに言い残し、レヴィが離れていく。
(また余計なことを言ったか? でもまぁいいや、ツッコミ気質のあいつの事だ。どうせ後でまた絡んでくるだろ。別に絡んで来なくてもそれはそれでいいしな! ふん!)
人の気分を害し慣れてる私は、特に気にすることもなく美味しい黄金色のつぶつぶの甘さに酔いしれて、一列ずつ大切に食した。
***
『うまうま』
『澪桜、なんでそんな変な食べ方するの?』
『ふふふ。こうやって先に2列ちぎるとね、一列ずつ綺麗に齧れるんだよ!ほらー』
食べ終わったトウモロコシを嬉しそうに見せてくる澪桜。
確かに食い散らかした俺の残骸とは違い、綺麗なまま。
……結婚してからもずっと、食べ方は変わらない。
そんな変なところにこだわりのある彼女が好きだった。
こんな時に
こんな所で
また……彼女との記憶を思い出すなんて
最悪だ。
つい、見てしまう。
顔はよく見ると澪桜より薄くて、目の形も色も全然違う。
それなのに。
仕草が気になり、気づくと構っている自分がいる。
隣に立ってしまう、座ってしまう。
俺には澪桜だけだ。
澪桜だけなんだ。
あんなガキ、どうでもいい。
見るな、話すな……構うな。
俺の中に違う異性など入れるな。
頭では分かっているのに
なのにどうして。
虹色の髪が乾燥した風に靡く。
頬を冷たい冷気が掠め通り過ぎて行った。
澪桜。
君が恋しい。
『周さん、大好きだよ』
俺にだけはにかむその姿を目の裏に焼き付けて、瞼に力を入れた――
早く死にたい。
死んで……君の元に。
でも一体どうしたら……輪廻から外れられると言うんだ。
力無く、野営地に戻る。
野営設置の時に施しておいた防塵、防水魔法の結界のヴェールにもう一度入って、軍服に付いた砂を払う。
「レヴィ、明日は早いよ。君も早く寝なよ」
戻ってきた俺にアズィーズは眉を下げた。
きっと気付いてるんだろう。
分かってる。自分でもいつもと違うことくらい。
「聖女は?」
「あっちで寝たよ。
テントで寝てくださいって言ったんだけど……はは。
皇太子様を差し置いてそんなことはできませんの一点張りでさ。押し問答になったんだけど負けちゃった」
聖女の方に視線を向けると
ベンが蹴られていた。
「いっいて! いてて!!」
気になって……近づく。
「何やってる」
「てっ……テレサ様の安全ッイテ! を考慮して、交代制で寝ずの番を……いって!!」
……かなり寝相が悪い女。
アクロバティックにベンを蹴っている。
頭上にいるはずなのに何故だ。
「……俺が代わる、今のうちにお前は寝てろ」
「まじっすか! じゃあ後で変わります!」
助かったとばかりに寝床に戻るベンから聖女に視線を戻す。
バックドロップキックをかまそうとする聖女の足を軽くいなし、ブランケットで簀巻きにする。そして後頭部にクッションを敷いた。
それでも少し震えていた聖女に
自分の外套をかけて。
口にかかりそうな髪を避けてやった。
柔らかい濡鴉色の髪に初めて
――触れる。
ハッと気付いた時には既に遅かった。
一気に罪悪感が全身を駆け巡る。
慌てて距離を置くが視線が言うことを聞かない。
無邪気な顔ですやすやと眠りこける聖女から無理やり目を逸らし、天を仰いだ。
激しく鼓膜に響く鼓動の音しか聞こえない。
俺は……バカか。
いや、このままではマズイ。
澪桜への冒涜だ。
「……何とかしないと。ごめん澪桜……俺は最低だ」
俺は今自分がしてしまったことに
後悔しかなくて
夜通し澪桜へ懺悔した。




