17話 重なる影
「ささっ、こちらにどうぞ、聖女様!」
私の荷物を受け取り、丁寧に促してくれる。
「ややや、申し訳ないですな」
やたら腰の低いベンへと、私はオッサンのように頭と手をヘコヘコと下げて乗り込む。
顔を上げた瞬間
ヤツと目が合った。
関わりたくない。
と、思ってたヤツが乗ってる。
多分護衛か何かだと思っていたが……気持ちはついて行かない。
「……」
冷たい視線で睨まれ
思わず心の声が漏れた。
「なんでクソエルフがこっちに乗ってるんです?」
「それは俺のセリフだ。このカス聖女」
はい。昨日と変わらずムカつく野郎。
私は思いっきりメンチ切った。
「ああん?」
「おおん?」
「ストーップ!! レヴィ、やめて!! 何でそう、速攻ファイトし始めるの!? せ……聖女様おはようございます!」
慌てて私たちの視線を手で遮断して爽やかな笑顔を向ける青年。
アズィーズという名の皇太子さんだ。
正面にいるいけ好かないエルフに舌打ちをした後、私は気持ちを切り替えて挨拶した。
「あ、おはようございます。皇太子様! 本日は私を迎えに来てくださり、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる。
するとアズィーズが優しい声で返した。
「どうか頭を上げてください。そして僕のことは敬称なしでアズィーズと」
「あ、はい。アズィーズ……さん。えっと、私の事はテレサとお呼び下さい」
呼び捨ては流石にハードルが大気圏(高いと言いたい)
アズィーズさんはニコッと笑顔を深めて返事をしてくれた。
「はい。テレサ様」
私の視線を誘導するように、同乗している二人へ顔を向けた。
「昨日はご紹介できませんでしたが、そこの金髪の青年が僕の護衛騎士のベン。そして……昨日から聖女様がファイトされていた彼がレヴィオン。我が国の守護者にして、近衛騎士団長です」
「どうも、ベンです! 宜しくお願いします!」
優しい笑顔を向けて来てくれる。
昨日も感じよかったし
彼は礼儀正しく良い子だ。
私は返すように微笑んだ。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
和やかに挨拶を交わす。
チラッとヤツに目を向けるが
外に視線を向けたまま、こちらを見ようともしないで、鼻を鳴らした。
大人気ないエルフ。
ジジイのくせに常識すらないのか。
だが喜べ、私は大人だからね。
誠実に優しく、親切に対応をしてやろう。
何せ相手は年寄りだ。
耳が遠いだろうから、精一杯大きな声でね。
「レビーさーん!! 宜しくお願いしますねぇー!!」
物凄い腹から声を出して挨拶してやった。
その声量に驚いたのか、パタパタと耳を反応させ、素早くこちらに顔を向けたエルフがカッと目をひん剥く。
「でかい声出すな! 聴こえとるわ! それにレヴィオンだ!! 発音すら出来んのか!」
いちいち周さんの顔で唇を噛んで発音するその様が、昔を思い出させてイラつく。
やめろ、同じ顔で同じことすんな。
「ビとヴィも一緒だろ。細かいエルフだな、お前モテないだろ」
ハン! と鼻で笑ってやる。
脊髄反射かと思うほど瞬時に反応が返ってきた。
「お前と一緒にするな! 昨日婚約破棄されたばっかのカス聖女! 何だあの手紙は? センスのカケラもない」
ハン! と真似するように笑われる。
何から何までムカつく野郎。
「なにおう!?」
「ちょ!! やめて二人とも!! レヴィ、女性になんて事言うんだよ! いつものクールさはどこにやったの!?」
アズィーズさんが焦ったようにまた仲裁に入る。
私と目の前に座るエルフはほぼ同時にそっぽ向いた。
「……知るか。俺はその女が嫌いだ」
「奇遇だな。私もだよ。このジジイ」
「あーーーーもう!!」
呆れるアズィーズさんの隣でベンがケタケタと笑う。
「にしても、息ぴったりっすけどね」
「「どこがだ!?」」
シンクロしたくないのに、同じタイミングで喋るなクソエルフ!!
ゲンナリしていると、アズィーズさんとベンが肩を揺らして笑っている。
お前のせいで笑われてるだろうが!
ガタガタと馬車より揺れるラクダ車(?)は、私たちを乗せて思いのほか早いスピードで進んでいった。
***
乗り込んで来てすぐはあんなにうるさかったのに
しばらくすると、聖女は大人しくなった。
外を眺めながら静かに銀杏並木に目を向けている。
何かを思い出すように。
斜めに座るベンがコソッと俺に耳打ちした。
「……やっぱ昨日の婚約破棄、相当堪えてるんですよ。聖女様。団長、あんま傷付くこと言ったらダメっす」
心配そうに聖女に目を向けながら。
こいつはやたら女に弱い。
俺は呆れたように体の力を抜き、座席に体重を預けた。
「突っかかってきたのはソイツだろ。俺は悪くない」
「団長〜!」
「そうだよ! レヴィ、優しくしてあげて! これからうちの国を助けて下さる聖女様なのに」
「先に突っかかってきたのはその女だ」
「「もー! レヴィ(団長)!!」」
二人はまだコソコソと何か諭すように言ってきていたが外を眺めて無視した。
ふん。
ただの銀杏並木。
何のこともなく面白みもない。
景色に飽きた俺は何の気なしに、聖女の身なりに目を向けた。
煤けた生成りの野暮ったいワンピース。
ペタンコのいつ買ったのかも分からないような布の靴。
なにより、聖女の荷物はこの古ぼけたボストンバッグ一つ。
たったこれだけ。
年頃の娘の荷物とは思えないほど少ない。
それに……見送りは昨日迎えに来た神官しか居なかった。
聖女はランクにより格差が激しいとは聞いた事があるが、譜なしともなると、正直ここまで酷い扱いなのかと驚きはした。
(だからと言って、同情などしないが)
流石に観察し過ぎたせいか、チラッと目が合う。
また何か突っかかってくるのでは? と少し身構えたが、聖女の声は思いの外優しい。
「ずっと外を眺めてるのが不思議かい? ……実はね、ある制約で私はここ3年外に出られなかったんだ。この並木道、前は毎日歩いて王宮まで行ってたんだよ。大好きだった。もう見られなくなるからね、目に焼き付けてるんだ」
その穏やかでどこか古風な口調。
聞き覚えのある言い回し……
俺は……目を見開いた。
「ぼ、僕らがお連れしてしまったせいで! 申し訳ございません」
アズィーズが慌てて頭を下げる。
聖女は笑って首を振った。
「違うよ、昨日も言ったが、どちらにしろ私はこの国を出てる。だから同じことなんだ」
淡々と言ってのける姿が
とても10代の少女とは思えない。
どこか達観してるような
理不尽も、不幸も、何もかも受け入れてしまうような
その仕草に……また、重ねてしまう。
(やめろ。違う……この女は違う)
首を振って自分の心に言い聞かせ
窓の外に目を向けた。
聖女が好きだと言った銀杏並木。
青々と生い茂り、風に揺れている。
淡い色味の石畳やレンガとのコントラストが綺麗で。
少し、胸が傷んだ。
何故だろう
いや、いい。
考える必要はない。
気のせいだ。
そう俺は結論付けた。




