16話 未来への言葉
「うまうま。……明けの刻かそろそろ来るかなぁ。……ん? 何時に来るんだろう。聞いてなかった」
机に座って宿舎にある、共同保冷庫の中に入れておいた折り詰めを食べながら私は首を傾げた。
にしても、やはり王宮のご飯。
未だかつて無いくらいに美味しい。
澪桜だった頃のお出かけご飯に匹敵する気がする。
このパストラミ鴨? っぽいのが好き!!
もっと貰ってくれば良かった。
私はこれでもかと言うほどに頬に頬張りながら、机に置いた置き手紙を見た。
中にはお手製のペンダントを入れている。
指輪の錬成練習として作ったもの。
正妻教育でここを出るとき、神官様に渡そうと思ってたけど。
ちょっと早くなってしまった。
これには加護は付与してない。神官様の胸元にあるペンダントを模して作っただけだから。
「気に入ってくれるかな?」
プレゼントなど選ぶの苦手だし、そもそもお金もないし、どこにも出かけられないから……拙いが許してくれるだろう。
直接お別れを言うべきか、置いていくべきか。
しばらく悩んで……
笑う。
「命をかけてくれた人に……保身はよくないな」
手紙は机に置き、ペンダントを持って大聖堂に向かった。
中庭を抜けて、通路を歩きながら伸びた草に目を向ける。
もう、私身体から漏れる微弱な神聖力のせいで草が伸びることは無い。
ガコン
重々しく響く大聖堂の扉の音。
創世神エヴァリス像に祈りを捧げていた神官様がふり返り、ゆっくりと立ち上がる。
「テレサ、おはようございます」
いつもの。
優しく穏やかな笑顔。
「おはようございます、神官様」
「珍しいですね。こんな早朝からどうしました? ……? その荷物は?」
私の傍に置いてあるオンボロなボストンバックに目を向けた。
その答えの代わりに、私は最後の挨拶をする。
「神官様、今まで本当にお世話になりました。私は今日、この国を出ていきます。昨日の一件でどちらにしろ生まれ育ったここには居られませんから」
「え……」
頬を引き攣らせたまま
神官様は固まっていた。
私は眉を下げて、小さな紙袋を渡す。
「今までの、感謝の気持ちです。私が作ったからお気に召さないかも知れないけど……もし良かったら」
「…………」
グブルル! ゲェ! ゲェェェ!!
遠くで何か聞いた事もない生き物の鳴く声が聞こえる。
お迎えかもしれない。
違ってもいい。
引き止められる訳にはいかないから、もう行こう。
黙ったまま、私の渡した茶封筒に視線を落とす神官様に会釈をし、ボストンバックを持った。
「私の事は知らなかったことにしてくださいね。神官様に神の御加護がありますように。……落ち着いたらいつか、神官様宛に旅先から偽名でお手紙しますね! では」
「あ、ちょっ」
何か聞こえた気がしたが、それより馬車。
私は慌てて門を抜けた。
今の私に女神の契約による拘束はない。
自分の意思でどこにでも行けるんだ。
久しぶりに見るその通りの景色に頬を緩ませた。
大好きな、銀杏並木。
風に揺れて葉が鳴る。
「……いい風だねぇ」
「あ、聖女さまー! こっちっす!」
声のする方へ視線を向ける。
街路樹の奥に隠れ潜むように二台の馬車?があった。
さすが砂漠。
ランドクルーザー? のようなゴツイタイヤ。
高い車体。無骨な形。
普通の馬車よりよっぽど私好み。
そしてよく見ると……押している動物。
ラクダだ。
ラクダて。
色々ツッコミたいが……まぁ、仕方ない。
こりゃ長旅になるなと覚悟した。
昨日いた金髪の人が元気いっぱいに手を振っている。
私は軽く手を振り返し、騎士さんの方に歩いて向かう。
「テレサ!!!」
後ろから男性の大声に呼び止められた。
振り返ると、肩で息をする神官様が立っている。
何か言いたげ?
「聖女様? こちらにどうぞ?」
「あ、えっと。はい!」
空気を読めない騎士に催促され、私はラクダ車に足をかける。
ずっと私を見つめている神官様。
たくさんお世話になった
唯一この人生で優しくしてくれた彼に
私の言葉で
気持ちを伝えよう。
「お父さん、行ってきます!!!」
さようならは悲しい
また会おうはきっと無理だ
だから微かな希望と
互いの未来に向けて。
本当の父親のように思っていたよ
デイビッド。
***
走り去っていく特殊な車を見送りながら。
神官は一人崩れ落ちた。
乾いた石畳に雫が落ちて、一瞬で消えた。
「うっ……ぐっ……テレサ……」
先程、渡された茶封筒。
とめどなく頬を伝う涙を無視して開けてみる。
中には美しい琥珀のようなもので作られたペンダントが入っていた。
いつ買ったのか、分からない。
どんな技法で作られたものかも。
何故ならチェーンまで琥珀でできているから。
そのペンダントを優しく開けて、付けていた銀のペンダントを外し、中の似せ絵を移し替えた。
そっと、首に付ける。
澄んだ空気の中、もう誰もいない路地に向けて、涙声で呟く。
「どうか、テレサの未来が光と幸福に満ち溢れ、フレイア様のお導きであの子の笑顔が永遠に守られん事を……。エリザベス、どうか君も見守ってやってくれ。俺たちの……大切なサファイアの門出だ」
震える指でペンダントに触れて
優しくそっと、キスを落とした。
妻によく似た
ロイヤルブルーの瞳を向けて、明るく笑う
我が子の幸せを思いながら。




