15話 運命の人とのタイマン
「はっはっはっ!大収穫だ」
お土産を両手にしっかりと抱えて、私は意気揚々と門へと向かう。
今日は本当にいい日だった。
もう少ししたら嫁入りのための正妻教育が始まるから、二度と、居城の近くにある屋敷から出られなくなると聞いていたから。
……一生。
そうしたらもう二度と生まれ育った大聖堂には帰れない。
というか誰にも会えない。
本も、音楽も、何も無い
私の為に建てられた虚無という名の地獄で生きていくはずだった。
だからこの婚約破棄は私が自由になる為の
この人生で、たった一度の
最大のチャンスだ。
これを逃せば私はこの国に永遠に縛られる。
「出ていく前に神官様にご挨拶をせねばね。とりあえず、この折り詰めを渡そう。美味しいから喜ぶぞ」
ホクホクと幸せを噛み締めて歩いていると、進路妨害をするように漆黒に紫の美しい刺繍が映える正装の騎士が立ちはだかった。
「少し、宜しいか? ご令嬢」
……なんだ?
目を細め、よく見るとものすごい色素の薄い
エルフ。
私の大嫌いな、エルフ。
思わず私は怪訝な顔をした。
「宜しくない。そこをどいてくれ」
ピクっと耳を動かし、エルフは顔を顰めた。
「少しでいい。話を聞いて欲しい」
「嫌だね。エルフに貸す時間などない!」
「なっ!?」
イラついたのか、エルフが大きな声を出そうとした瞬間、色鮮やかなエメラルド色の髪を靡かせて、小柄な男性が優雅に一礼した。
「そこをなんとか。非公式でご挨拶を賜り、大変申し訳ございません、豊穣の聖女様」
顔を上げたその瞳は金色。
浅黒い肌に、鮮やかなエメラルドグリーンの髪。
私はお土産を両手で持ったまま、優雅にカテーシーを決めた。
こういう時、過去の記憶が残っているのは便利がいい。
「これはこれは……初めまして。タガールの王族様。お若くいらっしゃるから、皇子様かな?」
一瞬、青年が目を見開いたまま止まった。
あんぐりと開けていた口がゆっくり動き出す。
「……すごい。聡明な方だ。よく自国のような弱小な国をご存知で!」
私は笑いながら首を振る。
「弱小など、とんでもない。国土で言えば1、2を争うほど広大でいらっしゃるではございませんか」
「いやいや、ほとんど砂漠のみ。生き物すら住んでませんよ。申し遅れました。私は皇太子アズィーズ・ザフル・タガールです」
「これはこれは。私はテレサです」
ペコッと頭を下げる。
視線を感じ、そちらに目を向けると
エルフが目を見開いてこちらを見つめていた。
なんかさっきからずっとガンたらしてきて、気ぃ悪い。
するとエルフの方から口を開く。
「何だ女、お前さっきからずっと感じ悪いな」
片眉を下げて顰めている。
「ああん?」
気づくと私はしゃくれて睨みつけていたらしい。
うっかり☆
だってこれは不可抗力。嫌いなものは致し方なし。
エルフの方もにじり寄り、ものすごい形相で睨み返してくる。
「おおん?」
シンとする空気。
メンチ切り合う私たちの間に入り、ピョンピョンと軽くジャンプしながら、エメラルドグリーンの髪色の青年が止める。
「ま、待って待って!! なんでそんなバチバチなの!? 知り合い?」
「「こんなクソ(女・エルフ)知らん!!!」」
「えええ。初対面の割に息ぴったり過ぎなんだけど」
「こんなご老体と一緒にしてもらっては困るなぁ。ああ、加齢臭がすんごい」※レヴィは臭くありません。偏見です。
私は鼻をつまみ、ゲンナリした顔で言う。
ブチ切れたエルフが耳を真っ赤にしてつっかかってきた。
「なんだとこのクソガキ!!! 俺のどこが臭いと言うんだ!? 言ってみろ!!」
「ちょ、団長。抑えて抑えて! どうしたんすか!? いつもの超カッコイイクールさ何処に置いてきたんスか!?」
「世界樹だぁぁ!!」
「ぷぷぷ。じゃあ、世界樹に帰れ。徒歩で」
「貴様ぁぁぁぁ!!」
「れ、レヴィちょっと向こう行ってて、ね?」
怒り狂うエルフを金髪の騎士が宥めながら私から離した。
門の外を抜け、迎えの馬車を待ちながら皇太子と話をする。
先程のエルフに目を向けた。
長いまつ毛、美しいアーチを描く瞳、繊細だが通った鼻筋と薄い唇に、シャープな輪郭。
顔だけはさすが長耳族。
いや、今まで見たどのエルフより美しい。
黙って肖像画の中で生活すればいいのに。
またこちらに視線を向け、メンチぎってきている。嫌いだわ〜。
と心の中で悪態をつきながら、やけに腰の低い皇太子の話を聞いていた。
どうやら彼らはカスアンから国賓として招かれた者たちなのだそう。
エルカディア国王には何度もタガール皇国を救ってくれと要請を出したみたいだが、返信もなかったから今回が自力で交渉する最大のチャンスだと思ってやって来たのだという。
藁にもすがる思いで私に頼んでいるのだろう。
世界に轟いている、常闇の譜なしというレッテルを知りながらも。
それだけ窮地に立たされているということ。
誰にも相手にされず、貧困に喘ぎ、滅びゆく運命の国。
私は軽く彼に目を向け、観察した。
皇太子だと言うのに、栄養が行き届いていないのだろう。
顔は幼さは残るが多分、私より少し上。
それなのに身長は私と変わらない程低く、皮膚はカサカサ。髪は美しいが艶に欠ける。
唇も少し乾燥している。
服こそ上等な物だが……ギリギリだというのは手に取るより明らかだった。
最後に彼は低く頭を下げた。
「どうか……僕らの国をお救いください。豊穣の聖女様」
「常闇の譜なしだとご存知の上で仰っているのかな? 大して役に立てないかもしれないよ?」
「存じ上げております!」
「それでもいいのかい? 私が草しか生やせないという噂も轟いているのだろう?」
「砂漠に……草が生えるなんて……奇跡ではありませんか。僕は長らく青い草すらも自国で見ていない」
彼に目を向けると、涙を浮かべていた。
どれだけ辛い思いをしてきたのか。
なんだか罪悪感を覚えた私は遠くに見える馬車に目を向け、背筋を伸ばした。
「先程お聞きになられた通り、私は王の目を盗んだ第3王子に婚約破棄をされましてね。もうこの国に居る権利はない。どちらにしろ近々国を出ようと思っていたのです。もし私でも宜しいのであれば、帰国の際に同行させて頂けたら助かります」
「ほ、本当ですか!? もちろんです!! 明日、明日お迎えに上がります」
パアッと明るく綺麗な笑顔を向けてくる青年に、さらに罪悪感が私を襲う。
なんか虐めたみたいで心が痛い。
なにもしてないのに。
「私も早い方が助かります。重要なお話もあるので、私の乗る馬車には信頼のおける人間のみにされてくださいね?」
「わかりましたが……従者か何かお連れになられないのですか?」
私の前で止まる馬車の方に向かいながら、規則正しく揺れる髪を靡かせ、私は振り返った。
「常闇の譜なしに、そんな人いませんよ」
「テレサ、迎えに来ましたよ。さあ乗って……あれ? 後ろの方々は?」
「今日知り合った方々です」
馬車に乗り込む前に頭を下げて青年達に向け私は笑う。
「私はここから一番近いロゼニア大聖堂に住んでいます。明日のお越しを心よりお待ちしております。それでは、皆様おやすみなさい」
馬車に乗り込み、いつまでも私に手を振る皇太子を窓から見ていた。
そして、あの美しいエルフに。
「テレサ?」
気を取り直して、私はお土産を神官に渡す。
「神官様! 今日はありがとうございました! お陰様で足は痛くなかったし、美味しいご馳走、たくさん食べてきました! これ、美味しいお土産!」
「ははは。ありがとう、大切に頂こう。それで? カシアン様とは打ち解けたかな?」
「はい! 速攻で婚約破棄されました!」
「えええええええええ!?」
ワタワタと慌てて何かを必死に言っている神官の声をBGMに、外の景色へとまた視線を向けた。
図書館まで通っていたあの並木道が綺麗で。
名残惜しむように感傷に浸ろうとしたはずなのに……
先程のエルフが頭を掠め、思わずため息をついた。
(……あのクソエルフめ。やたら顔だけ周さんにそっくりだった。最悪だ。なるべく関わらないようにしよう)
たとえこの世に周さんがいたとしても、まさかエルフな訳ない。
長年生きてきたせいで多少偏見の塊だと言う事と、諦め癖があると自覚している私は、自分にそう言い聞かせた。
だってあんな絶世のエルフが周さんだとして、恋できる気がしない。性格終わってるし。周さんが、そんな進化を遂げたなんて信じたくない。
平穏に生きて、静かに生を終えたい私は、あの男をトラブルの火種だと瞬時に認定した。




