14話 カスアンと婚約破棄
すみません……長いです。
途中で切れませんでした。
テレサが暴走してしまって。
「みあ……? なんの事かな? レヴィ」
ハッ
つい彼女に歩み寄りそうになった足を止める。
一度瞳をつぶり、平静を取り戻した。
「いや、何でもない。……恐らく常闇と呼ばれる聖女、見つけたぞ」
「え!? 本当に? どこ? ……早く話しかけに――」
その瞬間、空気を破るような声が響く。
「テ〜レサぁぁぁあ!!!」
豪華絢爛なダンスホールに怒りを滲ませた叫び声が轟いた。
音を反響させ、先程まで賑わいでいた招待客の声が消える。
レヴィは常闇の彼女に目を向けた。
口の中の肉が手強いのか、必死で咀嚼している。
少し、笑いそうになったが我慢した。
(この女は一体何しにここに来たんだ……)
再び響く。
「テ〜レサぁぁぁぁぁぁ!!! 出てこい!!!」
だが、またエコーが静かに消えていくだけ。
なんの反応もない。
眩しいほどの宝石と金糸の刺繍が施された白地の正装を纏い、揃いのドレスで着飾った金髪の麗しい女性を連れ、インペリアル階段を降りてくる男性。
その男性が腹に力を入れて何か必殺技を出しそうなポーズでもう一度声を上げる。
「テーーーーレサぁぁぁぁぁぁ!!!」
だが、変わらず返事はない。
とうとう、正装の男性は1階まで降りてしまった。
せっかくカッコつけたのに。
周りの招待客からは失笑と、ざわつきが次第に広がっていき、顔を見合わせている。
恥ずかしくなった男性はワナワナと肩を揺らしながらも笑顔を崩す事なく連れ立った女性の腕を優しく離して、辺りを見回した。
野次馬に紛れてアズィーズの声がする。
「で?その常闇の聖女様はどこにいる?」
「ああ、そこに……」
レヴィもまた黒髪の女性に目を向けようとしたが、そこにもう姿はなく、一瞬目で探した。
先程まで必死で一人立食パーティを繰り広げていた彼女は、頬袋をパンパンにして咀嚼しながら片手をヒラヒラと掲げ先程怒号を上げていた男性の方へと近づいて行った。
中央ホームに立つ男性は片眉を上げ、鼻を鳴らす。
(こいつだな。正しく常闇だ、なんて不吉な色なんだ……しかもみすぼらしい)
中央まで歩いて来たが、一向に減らない頬袋。
本人は必死で食べているようだが……。
沈黙が続く――
「……」
「むぐむぐ」
耐えられなくなった男性がまた、膝を落とし重心を下げた状態で脇腹に添えた両拳を握りしめ、仰け反った。
必殺技を言うように叫ぶ。
「なんだその舐め腐った態度は!! お前がテレサかぁ!!」
「もぐっもぐんぐもっもぐんぐぐん」
必死に頷く。
手で口元を抑えもう片手でちょっと待ってとジェスチャーする。
「…………」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
いくら待っても咀嚼は止まらない。
「食うのをやめろぉぉぉぉ!!! バカにしてるのかテレサぁぁぁ!!!」
叫び過ぎて天を仰ぎすぎる男性。
血管が浮き出すぎて、出血しそうだ。
必死に口いっぱいに入れていた物を片付けながら思考する。
(さっきから私の名前を叫ぶ、この変な男は誰だ? ……あ、この人があれか?私の婚約者の……か……か……)
「もぐもぐゴクッ……あ、君がカスアンさんか!! 初めまして! よく私がテレサだと気付きましたな!」
「誰がカスアンじゃぁぁぁ!! オレはカシアンだぁぁぉ!!!」
「カシアン。間違えた」
「間違えんなボケぇぇぇぇ」
「ぶふっ!!!」
群衆の中で息を漏らす音が響いた。
「……こら。公務中だぞ、笑うなアズィーズ」
高身長のエルフに、低く叱責される。
「……わ……笑っていないよぉ。そう言うレヴィも少し笑ってない?」
アズィーズは思わず口元を手で隠して、レヴィの脇腹をつついた。
レヴィは背筋を伸ばし首を振る。
「……笑うわけないだろう」
「ほ、本当にぃ?」
「……もう少し近付いて様子を伺うか……行くぞ」
一行は常闇の彼女と、恐らくこの国の第3王子であろう男性のやり取りを群衆に紛れて見守る。
「給仕!! こっちに来い! こいつの皿を没収しろ」
「はっ……はい」
「ぬぁぁ。私のお肉が」
「の、後ほどお返し致しますので」
強制的に給仕に肉を取り上げられ、仕方なくカシアンに視線を向ける。
(なんか既視感があるな。この状況。あれは確か……エリーゼだった時の……)
まだ口に残る肉の旨味を、給仕から貰ったジュースで一気に流し込み、ハンカチで口を拭った。
やっと話が出来るという様子でカシアンは口角を上げ、従者に目配せをする。
「テレサ、今日お前を呼んだのは他でもない! 今日限りでこの婚約を破棄させてもらうためだ!! 今までの罪を悔い改めろ! 常闇の魔女め!!」
(やっぱり婚約破棄! やったぁ!!! 肉パーティだけではなく何と言う幸運!!)
テレサは物凄く嬉しそうに手を挙げた。
「はい! 喜んで!!」
「そう。嘆き悲しめ。お前は俺を怒ら……って喜ぶな!! そして理由ぐらい聞けぇボケがァ!!」
今度は怒り狂って地団駄を踏んでいる。
テレサは首を傾げ眉を下げた。
「……注文が多い。なぜだ……私は同意しただけなのに」
ハァハァと、肩で息をするカシアンは傍に控えていた従者に顎で指示をした。
「……あれを持ってこい」
従者が頭を下げ、奥から何かを取ってくるのを確認したカシアンは、先程の煌びやかな女性を優しく手招きし、腕を組み直す。
(うわぁ、いちいちシャレオツなぁ)
その優雅な光景にテレサが見惚れていると、目の前で紙の束が降り注ぐ。
テレサはいきなりの事に目を見開き、しばらく呆気にとられていた。
ヒラヒラと舞う紙の束からひとつ掠め取る。
見覚えのある白い封筒に、黒い封蝋。
思わず声が漏れる。
「あ、これ私が送った手紙だ」
全く開けた形跡がない。
失礼だなコイツと思いながら呆れた顔で見やると、逆に文句が返ってきた。
「お前、これは一体どういうつもりだ!? 3年間も呪いの呪文を送り付けて来やがって!!!」
「何言ってる? これは私が丹精込めて、婚約者に宛てた手が――」
「嘘つけこれのどこが手紙だ!! 『お元気ですか? お天気ですか? お腹は痛くないですか? そうですか』……なんじゃこりゃぁ」
「だって神官様が……婚約者に質問しろって」
「内容がおかしいだろうが!! しかも自己完結する質問ってなんだボケぇ!! 毎回同じこと書きやがって!! 嫌がらせ以外の何物でもないだろうがぁぁ」
「え!? 同じこと書いてた!? そんなまさか」
慌てて開けてみる。
そして自分の書いた手紙を読んだ。
「……ほんとだ。気付かなかった……ウッカリ☆」
「なにがウッカリじゃぁぁぁぁ! それからあれはなんだ!! 『バッタは生で食べると食中毒を起こすから気をつけて』って虫なんか食うかボケがぁぁぁぁ!!」
「カスアンさんは虫食べない」
「カシアンじゃぁ! 誰も食わねぇよぉぉぉぉ!!! お前ワザとバカにしてるだろうがぁぁぁぁ!!」
「まさかそんな!! 神官様が、自分の趣味の話をして、相手を気遣う文章入れろって――」
「気遣いの方向が明後日なんだよボケがぁぁぁ!!!」
「明後日!」
二人の怒涛の応酬に耐えられなくなった煌びやかな女性が慌てて割って入る。
「か、カシアン様、お気を確かに!!」
クイッと軽く袖を摘まれ、興奮しすぎて真っ赤になっていたカシアンの顔がゆっくりと平静を取り戻していく。
「あ、ああ、そうだった……ありがとうプルビアーナ。君はやはり素晴らしい聖女だな。国一番の名にふさわしい」
「いえ……私など。ただ、傷付いた人や病の人を助けたいだけですわ」
「優しいな、プルビアーナ。素敵だよ」
イチャつく二人に呆れた顔で、テレサが催促するように指を招く。
「……とりあえず、婚約破棄でよろしいかな? 女神の誓約書、早く持ってきてクレメンス☆」
「……つくづく癇に障る女だ。どこまでふざけ倒せば気が済むんだ。貴様に指図される覚えは無いわ!! 何様のつもりだ!! 譜なしの分際で」
「そうだった! すんませんでした! カスアンさんがノリがいいからうっかり」
「カシアンだぁぁぁ!いい加減処すぞ貴様ァァァ!!」
「それはご勘弁☆」
そこに、側近含め、従者や書記官などの五名が焦ったような顔でカシアンに近付いてきた。
見覚えがあると思ったら……側近の男は数年前勅使としてテレサとよく顔を合わせていたあのダメガネだった。
「カシアン様……本当に宜しいのでしょうか。王不在の現状でこのような重要な契約を破棄してしまって……」
弱々しい声で進言しつつチラチラとテレサに目を向けて、なにか訴えようとしている。
テレサは素知らぬフリをした。
カシアンも呆れたように首を振る。
「何を今更。父上が何度交渉しても首を縦に振って下さらなかったから、父上が外交で国から出ておられるこの日をわざわざ選んだんじゃないか。確かに俺の婚約だから国にとっても重要だが……こんなクソみたいな女よりプルビアーナと婚約し直した方が国のためだろ」
「し……しかし」
ダメガネが必死にテレサをみやる。
だが何の言葉も発しない。
テレサはただ――
冷たく薄い笑みを浮かべたまま。
突き刺すような視線に晒されいたたまれなくなったダメガネがカシアンに縋りついた。
「カシアン様。どうか、大局的なご再考を……」
「くどい!!早く持ってこい!!」
もう何を言っても聞き届けて頂けないと察した他の4人が渋々持ってきたガラスケース。
神聖力により厳重な封印が施されている。
中には数枚の羊皮紙が中に入ってた。
書記官の持ってきたナイフで指を切ろうとするテレサに
小声でダメガネが懇願する。
「……テ、テレサ様。どうかお考え直しを。私共が代わりに謝罪を致しますので」
「君らの王子は私が嫌なんだろう。私にとってそれは願ったり叶ったりだ。あの時は君に酷いチクられ方をしたからね。国の抑止力? 非道な力? 神官様が必死に弁明して下さったが……通るわけもなく。君のお陰で罪人のように酷い3年間を強いられた。しかもこんな風に強制的な婚約までさせられてね」
先程まで笑っていたはずの
テレサの顔から笑みが消えていた。
背筋に冷たいものが走る。
「……ひっ……申し訳ございません! どうかどうか、お考え直しを」
「もう遅い」
ブッ
指先から赤い雫が滴る。
「何をコソコソ言っている!? モタモタするなテレサ、貸せ!」
テレサからナイフを奪い自身の指を傷付ける。
二人の血液がガラスに触れた途端、光となって消えていった。
羊皮紙数枚を手に取り、カシアンに差し出す。
「ここに書かれている契約内容。カシアンさんも読んでください。任意で確認させるようにと契約に記載されている。婚約の誓約書以外もまとめて保管されているのでその全てを――」
「ふん! そんなものどうでもいいわ。しょうもないものだろう。どんな内容だというのだ」
「……掻い摘んで言うと、私はこの国から一生出られませんよって内容だね」
「お前などどうでもいいし興味はない! 喜べ、役たたずのお前は今日から自由だ。さっさとこの国から出ていけこの常闇の魔女が!」
テレサの話した内容が婚約破棄と関係ないことに気づかないカシアンは吐き捨てる。
「本当かい!? 私は一応、契約通り確認したからね? 読まない君の責任だよ!? では早く書こう!!」
自身のサイン済の書類を興奮気味にカシアンに手渡す。
カシアンは訝しげに片眉を上げた。
「……つくづく癪に障る女だな。興味ないから読む必要もないと言っただろ。玉璽を早く渡せ」
「か、カシアン様、お待ちくださ」
「ええい! うるさい! 貸せ!!」
玉璽を大切そうに掲げているダメガネの言葉が届く前に、カシアンは全ての書類にサインを施し、玉璽を押していく。
幸せに満ちた表情でテレサはサイン済の書類を手に持った。
「じゃあ。これで終わりだね」
指先から神聖力を流し、契約書を白金色の光が優しく包んでいく。
「お前……常闇のくせに神聖力があるのか……? この契約書は確か契約書を作った裁判所の叡智の聖女の力無くしては解約出来ないのでは……なぁ、プルビアーナ」
「わ、私も存じ上げませんわ」
一枚、一枚、消えていく書類を眺めながらカシアンが首を傾げる。
「まぁ。そんな時もあるさ」
(契約書類を作った者の神聖力以上の神聖力が流せる場合はな)
余計な事は口に出さず、何の気なしにテレサは笑って全ての書類を無かったことにした。
鼻歌を歌いながら一人、食事に戻るテレサを呼び止める事すら出来ないダメガネは、書類があったはずのケースに目を落とし、膝から崩れ落ちた。
契約書が無くなった事を確認したカシアンはプルビアーナを抱きしめて口付けを落とす。
「皆の者聞け! 彼女こそ私が愛すべき真の婚約者、この国一の治癒の聖女、プルビアーナだ!!」
「「おお。おめでとうございます」」
中央フロアで堂々と、表明した。
拍手喝采で埋め尽くされる中
「あ……ああ……そんな……なんてことだ」
ダメガネを含めた側近達の声が弱々しく歓声にかき消されていった。




