12話 初めての招待状
あれから3年という月日が流れた。
現在18歳夏
2週間に一度の神官からの催促に毎度ゲンナリしつつも、私は語彙を必死に捻り出し返信の来ない、一方的な手紙を続けた。
一度も会ったことがない婚約者。
第3王子カス……なんとか。
コンコンコン!!
いつもより忙しないドアノックが響く。
「はぁい。どちらー?」
ボサボサの髪のまま私が扉を開けると、そこには神官が立っていた。
圧のある笑顔でゆっくりと近づいてくる。
少しだけシワが増え白髪も5%増しになった髪を揺らしながら。
「……テレサ、あと1時間しかないと言うのに、何ですか?その格好は」
私は自分に視線を落とす。
生成に薄いレースのヒラヒラしたワンピース。着心地抜群。
「だって私、水玉の服と、変な鳥柄の服しか持ってないんです。あとワニ柄。だから消去法でこれかなぁって」
「うそでしょう……今日、あなたにとって初めての舞踏会なんですよ!? しかも王宮の! 初めてのお誘いの!」
「で、ですから……この白っぽいのなら一瞬ドレスに見えなくも――」
「いや、見えませんからね!」
神官のつれない言葉に、何か言い返したくなった私は抜けた顔で一言呟いた。
「むぁ」
「でた。都合が悪くなるとすぐそうやって。……ああ、どうしたものか。こんなことならやはりテレサの意見は聞かず、無理やりにでも宰相様に話を通しておくべきだった……なんで断ったんですか……」
嘆く神官にチッチッチと舌を鳴らし、私は誇らしげに胸を張った。
「ふっふっふ。簡単に人に頼るのは良くありません! 律儀な私はちゃんと買っておいたのです! 2週間前に市民向けのお祭りで、いつもよりいろんな古着屋さんが大聖堂に来てたでしょう? だからそこで、なけなしの20万ジェニ払ったのです!」
「……じゃあなんで着てないんです。髪の毛もボサボサですし」
指摘された髪を手櫛で整えながら、私の本心を伝えた。
「……やっぱり今日じゃないかなぁって。初めての一張羅、勿体ないですよねぇ? ここぞと言う時じゃないと」
「いや、そのここぞは今日でしょう!!! むしろ今日しかないくらい今日でしょう!?」
物凄い勢いで詰めてくる。
私より必死なのは何故。
コホン! と一つ咳払いをして、神官は姿勢を正す。
「とりあえず、早く着替えなさい! それとこれは。私からです。あなたどうせそのぺたんこ靴で行くつもりだったのでしょう」
「おおお。靴は考えてなかった。ありがとうございます! 神官様! さすが神の申し子!」
「……ああ。不安だ……不安しかない。とりあえず髪は梳かすくらいしなさいよ」
そう、呟きながら神官はまた扉を閉めた。
***
1時間後、王宮の前に質素な馬車が止まる。
立て付けの悪い扉を開き、私は真新しいピンヒールを鳴らしながら降りた。
「テレサ、宵闇の刻にまた迎えに来ます。くれぐれもこの王宮から出ないで待つんですよ」
「分かりました! 神官様! 靴、ありがとうございます! 歩きやすいです」
「それは良かった。カシアン様から初めてのご招待だね。思う存分楽しみなさい」
「……はい、神官様」
走り去る馬車を見送った後、自身の服装に目を落とす。
淡い水色と黄色の柔らかなシア素材が重なったマキシ丈のエンパイアドレス? ワンピース?
装飾品は一切なし。
髪を結ぶ紐もなし!
だがいい!
どうせ私はくるりんぱしかできん!
毎日草むしりをして、コツコツ貯めたお金で買った初めての可愛い服。
出し惜しみせず今日着てこれたことは何となく勿体ないような嬉しいような。
だが……
「ああああああ。行きたくなぁぁぁい」
嫌すぎて地の底から声が出た。
何故か今まで一度も返信が無かったカスアン? から1カ月前、初めて手紙が来た。
そこには一言。
『10日に、王宮で舞踏会をするから神官は同席させず、一人で必ず来い』
とあった。
決闘かなにかかと思うほどの殴り書きで。
『きっと今すぐにでも会いたいから感情が爆発したんですよ』
と、神官はポジティブに捉えていた。
何故か豊穣の女神像の袂に手紙を置いて祈るほど喜んでいたし……。
「まあいい、腹を括ろう! ……行きたくはないが、飯は豪華なはず!! 初めて見る王宮のご飯♡普段は毎日ベイクドポテト地獄だから、今世初めて食べるご馳走だ!! どんなご飯が出るのかなぁ? ローストビーフとかかなぁ?お持ち帰り出来るかなぁ〜」
溢れそうになるヨダレを腕で拭い、オッサンみたいな歩き方で門を潜った。
***
シャラ……
帯剣の装飾が軽やかに音を奏でる。
ひとつに束ねた、淡く虹色を孕んだオーロラ色の髪が絹のように輝き、たなびく。
透ける髪から長い耳が覗いていた。
「はぁ……なんてお美しいの……あれがエルフ様……」
「神々しくて、息が止まりそう……私、人生で初めてお目にかかったわ」
「後で一曲……お願い出来ないものかしら」
「あら、婚約者がいる身で、はしたなくてよ」
「それを仰るなら貴女も。指を咥えて凝視するのははしたないのではなくて?」
うら若きご令嬢達の牽制の応酬。
そして、淑女から漏れるため息。
皆、動きを止めその人物に目を向けて息を飲む。
2階の控え室から男性が三名、インペリアル階段を静かに降りてくる。
その中に異様に目立つ騎士の姿をした高身長の長耳族。
人里に殆ど現れない種族だからこそ、注目を集めていた。
だが一切気に止める様子もなく
隣に立つ皇太子に視線を向け長いまつ毛を揺らす薄い紫色の瞳は、切長で弧を描き、この世のものとは思えないほど美しくどこか冷たい輝きを放つ。
両端に立つ騎士より少し小柄な皇太子は軽く微笑む。
「……運が良かった……何度謁見をお願いしてもエルカディアの国王様は僕と会ってくれなかったからね。第3王子から舞踏会の招待状が届いた時は渡りに船だと思ったよ」
「泥舟じゃないのか?アズィーズ」
側近のエルフにブラックジョークを言われた皇太子は濃いエメラルドの様な髪を揺らし、笑った。
「レヴィ、やめてよそんな事言うの」
「アズィーズ様ァ笑い事じゃないっすよ。本当に現れるんスかね? 常闇の譜なし。あーあ、一人だけ髪色が隠蔽されてないのがよりによって譜なしかー、来てもらっても役立たずじゃなぁ……」
「僕は名前と能力で差別するつもりなんかないよ。来て貰えたら有難い。それだけだ」
「でもなぁ……」
かなり短い金髪をガジガジと掻きむしる騎士。
低くこもった声がそこに響く。
「俺もベンに同意だな。他の国を当たったほうがいい。役に立たない女を連れて帰っても仕方ないだろう」
「もー。レヴィ。その言い方どうにかならないの? せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
「どうでもいい」
辛辣だなぁ。と笑うアズィーズを無視して、レヴィという名の高身長のエルフは辺りを見回す。
好奇に満ちた眼差しでジロジロとこちらを伺う女性達の髪色を確認し標的を探した。
だが、見当たらない。
「譜なしの常闇。その噂は正しいのか? この国の女性は銀色や金髪、茶髪しかいないはずだぞ」
「間違いないよ。この国の聖女様たちが言ってたから。草を生やすだけの無能な常闇だって」
「常闇……」
その時。
レヴィの目が見開く。
照明の影に隠れダンスホールの廻廊に佇む女性。
一人、太い柱の片隅で、食べ放題に来た客かと思うほど、一心不乱に立ち食いに集中している。
濡鴉色の艶やかな髪を規則正しく靡かせながら。
アーモンド型の大きな瞳を綻ばせ肉を頬張っていた。
その容姿に目が離せなくなる。
「レヴィ?」
アズィーズの声に反応するより先に
甘い声が微かに響いた。
「……澪桜……?」




