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9話 戦場に咲く花

 


 戦場の轟音が遠くでうねり、その衝撃波にも似た振動が馬車の窓を鳴らす。

 窓から見えるどす黒い影が平原一面を覆い尽くしていた。


 現実のものとは思えない、余りの惨状に息を飲み言葉が漏れる。



「こ、ここまで酷いとは……」


 戦いと言うには余りにも野蛮で。

 余りにも凄惨な景色。


 かつての誇り高き兵士は防具だった残骸を微かに纏い、凝固した血と(ただ)れた肉をぶら下げながら声とは言えないような音を口から放つ。


 狂気を帯びた空気が全てを支配し

 戦陣の女神の怒りを身に宿すかのように人とは思えない動きで暴れ狂う。


 目的を忘れ、ただ己が欲と怒りに塗れ、敵や味方など関係なしに渇きを潤す為、むき出しになった肉を貪る。



 臓物を撒き散らし、四肢が飛ぶ戦場に勅使は耐えきれず嘔吐(えず)き始めてしまった。


 こんな光景はそうそう見るものじゃない。正しい反応だと思うよ。

 私は静かに御者に告げる。


「ここから1kmほどルオスの方へ下った所で停めてください」


「わ、わかりました……」


「嘘でしょ!?そんな近くに停まるんですか!?正気かよ!!」


 つい素がでてしまう勅使は、震える手で眼鏡の位置を直し必死で現実逃避を試みる。


「幸い、進行速度はそんな早くないので大丈夫ですよ。それに万が一があったとしても、馬車から出ないで耐えていれば命は助かる。……たぶん」


「たぶんって……そんな適当な……」


 恨めしそうな勅使から目を逸すと、座席に置かれた蝋引きの布に気付いた。



「あ、御者さん、すんません。馬にはこの布をかけてあげてくださいね。彼らに見つかれば流石に殺されると思うので」


「わ、わかりました」


 馬車の雨よけ用の黒い布を御者に説明しながら渡していると、背後で勅使がまだ何かを小声で呟いていたが、聞こえないフリをして席に戻り私は外に視線を向けた。



 辺り一面を埋めつくしてる兵士。


 四肢に食い付き引きちぎって貪っている。

 驚くべきはその再生速度。

 引きちぎった瞬間に()え変わり落ちた剣を握って首を刎ねる。

 皮1枚繋がった首をぶら下げたまま新しい頭が生え変わっていた。


 おぞましい光景だ。


 アステニアの本で読み、文字では知っていたが……やはり肉眼で見るのと言葉では違い過ぎる。



 道が狭まり更に近くなる。

 どんどんと兵士達との距離が近くなっていき、表情まで鮮明になり始めた。



 私は……目を見開く。


 兵士たちは泣いていた。

 皆、苦悶の表情を浮かべ、とめどなく涙を流している。


 怒号だと思っていたこの声は、彼らの泣き声。そして口の動きを読み取り、驚愕する。


「助けて」


「殺して」


 そう叫んでいることに気付き私は言葉を失う。


 アステニアは彼らに意識はもう無いと言っていた。


 もしかしたらそれは……当時から違ったのかもしれない。


 だとしたらもっと残酷で


 もっと罪深くて。


「……テレサ?」



 神官の声に気付き自分の頬に触れた。

 気付くと私は彼らを思い、涙を流していたようだった。


 死という概念を

 何度も経験し、達観し、痛みすら大して厭わなくなっていたはずなのに。


 ガルだった頃にエルフにより受けた拷問に匹敵するであろう彼らの苦痛。記憶を残し、人としての意識を保ったまま仲間を食らい、罪もない民間人を食らう。

 その中にもしかしたら家族も居たかもしれない。



 止めたくても死にたくても自由にならない身体。

 終わらない悪夢。


 こんな現実離れした所業がずっと続いていたのかと思うと、戦陣の女神にすら怒りを覚えた。

 もし本当に存在するなら、この地に降り立ち自ら裁きを下せばいいだけだろうに。



 ゆっくりと停まる馬車。


 やはり神官は付いてくるようで降りる準備をし始める。


 申し訳ないなと思いながらも、静かにドアへ手をかけた。


 むあっと馬車内に広がる酸っぱいような甘ったるい腐敗臭。


「ぐっぶおぇ!!」


 耐えきれなくなった勅使が反対側の窓を開け、嘔吐した。


 1kmは離れているはずなのに、地響きにも似た声が鼓膜を直接破壊する勢いで鳴り響いていた。


 ゆっくりと馬車を下り、地面に降り立つと生暖かい風が錆びの匂いを連れて来る。


 私は背筋を伸ばした。

 聖女の真っ白な衣装と白銀の髪を揺らしながら、黒く蠢き続ける影へと視線を固定する。


 一部の兵士が私に気付いたのか、ものすごい足音をたててマダラに模様を作り、輪から離れて向かってくる。

 およそ数万人。


「やばい! は、早くここから引き返しましょう! お願いですから」


 独りで居るのが恐くなったのか、あれだけ馬車から出るなと言ったのに、勅使は馬車を降りて神官の後ろに隠れる。


 余計に危ないのに。


 私は勅使を無視し神官に視線を向けた。

 覚悟を決めた顔で微笑み、微かに頷く。


『好きにしなさい』


 そんな風に



 少しずつ近くなってくる亡者達の陰。

 地鳴りのような怒号、入り乱れる甲高い悲鳴。


 その全てに呼応するように、今にも泣きだしそうな曇天(そら)が地平線を覆い尽くす。


 ああ。


 アステニア


 君はこんな戦場を駆け巡り、彼らに胸を痛めていたんだね。


 もしかしたら当時星名だと有名だった君は、私ほどは戦場に近付かせて貰えなかったのかもしれない。

 だから彼らの表情や言葉を読み取れなかったのかもしれない。



 それでも


 赦し

 救おうとした。


 君の願いが幾年月を経て


 今を生きる私の願いへと繋がる。



 ゆっくりと祈りを捧げるように私は目を瞑り、息を吐く。



 その場で静かに跪いて

 一呼吸の後、神聖力で身体を満たしていく。


 使ったことの無い術。

 だがかつて、ドワーフだった頃に何度も読み返した本の中の師匠の言葉。力の使い方を、教わった通りにイメージする。



 神官も、聖女達も


 自分ですら知らない


 私の本気。



 淡い光が私を包みその輝きが全身を巡る。


 私の触れる地面から光の筋が血管のように脈動し、大地を這って兵士の方へ恐ろしい速さで駆け抜けた。


 一瞬で地平線まで地面が薄く光を帯びる。


 辺り一帯の平原を神聖力が埋め尽くした事を確認した私は



 目を細め、微かに唇を動かした。



「もういい。苦しみを忘れ、安らかに眠れ、兵士たち(我が子)よ」



 淡く輝き地平線まで埋めつくしていた白金色の光が一気に眩い発光に変わった。



 歴代最高と呼ばれた君の――


 かつて憧れた豊穣の聖女の技が


 3000年の時を超え


 再び蘇る。



 

  〖輪廻葬送(アニマ・ロタニア)



 次の瞬間


 風が止まり



 十二万人もの兵士たちが放つ


 狂気に満ちた空気や怒号が消え



 曇天だった空は


 清らかに澄み渡る。



 生臭い鉄の残り香は優しい花たちの芳香に変わり


 息を飲むほどの美しい景色に変貌を遂げた。



 神官と勅使は目を見開いた。


 地平線まで埋め尽くすように何処までも続く美しい花畑。


 小鳥の囀り


 色とりどりの色彩が丘を染め、蝶が舞う。


 たった今あったはずの人の気配は全て消え、


 ただ、そこにあるのは兵士が着用していた防具らしき残骸と、風に舞う布切れ。



 確かに今の今まで存在していたと言うように

 形跡だけが生々しく残っていた。


 私は小鳥の囀りに耳を傾けて空を見上げた。

 優しい春風にそよぐ髪。


 景色に透ける白銀の髪が空に舞い上がる。

 偶然にも

 彼女と同じ髪色が鎮魂詩(レクイエム)のように静けさにそっと光を添えた。



 アステニア。

 君はこんな風に戦争の犠牲になった人々を見送っていたんだね。


 せめて美しい花束を彼らの袂へ添えるように。



 私は君みたいに上手く彼らを弔えたのだろうか。


 彼らは正しく


 輪廻に還れたのか。


 しばらく空を眺めていた私は、魔粉で白く染まったまつ毛を揺らし振り返った。



「ひっひいいいいい!! ば、化け物ぉぉぉ」


 腰が抜け、情けない姿で馬車に戻る勅使に目を向けて、流石にムカついた私は悪態をついた。



「……誰が化け物だ、失礼な。だから馬車に乗っとけって言っただろうに。このヘタレメガネが」



「……お見事でございます」


 風に乗って低い声が微かに響いた。


 私は声のする方へ視線を移す。

 そこには美しい姿勢で跪き、まるで騎士のような佇まいで頭を下げる神官がいた。


 畏まられる事に慣れてない私は頭をかく。



「神官様、普段通りにしてくださいよ……」


「いえ、流石にこのような常軌を逸したお力を拝見致しましては……。彼らをお救い下さり感謝致します」


「わ、分かりましたから。ほら馬車に」



 肩を揺するが全く動かない。

 神官は目を細め、私を見上げたまま口を開く。


「……貴女は救世主(メシア)だ。我が国の至宝……いえ、この世の至高。アステレサ(星屑)・セレスティア(の銀河)様」



 生誕以来呼ばれる事もなかった秘匿(その名)に眉を下げ、バツが悪くなった私は、もう少しだけ輪廻に還った彼らに祈りを捧げた。



ちゃんと伏線回収、書けていたでしょうか……。

次回は8月1日。


どうかよろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
これは美しいバルス……! ドワーフだったころの記憶も、ここで生きてくるのですね(´;ω;`) そして真名には「星屑」が! 譜なし、常闇と蔑まれてきたテレサ澪桜さんですが、ここから立場がガラッと変わりそ…
うおおおおおおカッコよかったあああ!! これまでの転生が、アステニアの書を読んだ日々が、結実して感動です! フルネームも美しい。 ……そこの勅使君は反省するように。
正に「バルス」お見事です! 3000年の時を超えた技と明かされる真名。 スクロールするたびに悍ましさと救いにドキドキしました。 こんな奇跡を見せちゃうと今後忙しくなりそうなテレサな澪桜さん。 さて、…
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