8話② 疫病と呪いの正体
ブツブツと嘆く勅使の念仏をBGM代わりに私は思考していた。
(……おそらく先程神官が言ってたのはペストと炭疽症)
この世界の人間が知らない知識。
私は澪桜だった頃、ありとあらゆる病原菌、寄生虫が網羅された図鑑を持っていた。
趣味で。
そして前世で貧困に喘ぎ、疫病の脅威に晒された事だってある。
だからこそ分かる。
なぜこの疫病が蔓延してしまったのかも。
そして実際のバルムが、今一体どういう状況なのかということも。
(本当は……帰りに避難所に行くつもりだったが治癒を連れて行かないと無理だな)
「テレサ」
神官が真剣な眼差しでテレサを見つめる。
「……今のこのバルムの状況は、あなたが文献で学んだ知識と……近い状況なのですね?」
「はい、神官様」
不安でガタガタ震える勅使にも目を向け、私は口を開いた。
本当は
外れて欲しい
おぞましい所業。
「おそらくこれは……過去何度も禁忌とされ秘匿されてきた禁術の薬のせいだと思われます。疫病はその副作用と言いますか……弊害といいますか」
「どのような?」
「製造法などは一切分かりません。文献にもありません。ただ、材料はわかります」
「……材料」
「はい。戦陣の聖女の血肉です」
「なっ!?」
二人は目を見開いた。
だが私の真剣な様子に信じ難いながらに耳を傾ける。
「ルオスは実験の為か、バルムを潰す為に闇の行商人などに扮して国王軍、革命軍のそれぞれに売り捌いたのでしょうね。その薬を飲めば、1時間は意志を持ったまま無敵となります。死なない、部位欠損しても瞬時に再生し、痛みもない、力は100倍にも及び武器も自由自在で舞うように戦える。……ただ」
「リスクがあるんですね?」
「はい。……1時間を超えると、少しずつ自我を失い、生きた屍となります。魂を失った肉体は徐々に腐り果て、死んだはずなのに癒えることの無い渇きに喘ぎ、動くものを敵と認識した兵士たちは目の前の兵と戦いながら空腹を慰める為共食いを始めます。そして村人や家畜も例外ではありません」
「それで建物の中で静かにしていれば助かり……兵が通り過ぎた村に腕や足の死肉が無数、転がるわけか」
「そうですね。それをネズミが食べ、そのネズミの血を吸ったノミが人を噛み、死肉に湧いたハエが菌を運ぶ」
「……そこから疫病が蔓延しているのか。そんなことまで文献に……?」
真っ直ぐ見つめる神官に
嘘をつくことが忍びなくて
私は俯いた。
本当は……
そんな文献など何処にも存在しない。
禁書庫でさえ。
今まで一度も役に立たなかった澪桜の記憶が。
アステニアの書いた本が。
私に知識を与えている。
そしてこれから目の当たりにするであろう
惨劇も。
彼らを巻き添いにするつもりは無い。
死なせるつもりも。
ただ、騙して連れてきたことに
少し罪悪感を覚えて、私は静かに神官と勅使に頭を下げた。
「勝手に行き先を変えてすみません。だけどきっと、物資を届けても何の解決にもなりません。疫病を撒き散らすだけです。……彼らの受けた呪い、戦陣の女神の怒りは……ルオス帝国を滅ぼすまで止まらないから」
ワナワナと震え、今まで黙って話を聞くだけだった勅使が口を開いた。
「しかし……豊穣の聖女であるテレサ様が戦場に行ってどうなさるおつもりで!?」
『たかが豊穣の聖女ごときに何が出来る!?』
と本当は私に怒鳴りたいのだろう。
罵りたいのだろう。
泣きそうな勅使が恨みを込めて私を睨んできた。
気持ちは分かる。
申し訳ない。だけど、
女神との契約に記載されている。
私は依頼の際は必ず勅使と神官を同行させよと。
私だって本当は一人が良かったよ。
巻き込みたくなかった。
でも君たちは私の監視役
すまないが死んで恨むなら私だけでなく……国も恨んでほしい。
窓の景色が……変わった。
私は目付きを変える。
彼らの後ろの窓に広がる景色に一瞬だけ視線を向けて
静かに警告した。
「どうか……ここより先は素早い動きは避けていてください。音を立てず声も出さないで」
口を抑えたまま、ダメガネが激しく頷いていた。
いや、だからあんま動くなって。
まぁ、外窓からはマジックミラー効果であんま見えない仕様になってるから外を見るくらいなら大丈夫だろうけど
小窓を開けて、同じことを御者に伝える。
馬は……大丈夫かなぁ。
馬たちに視線を向けて眉を下げていると後ろから声がかかる。
「テレサ」
「はい?」
「私も行きます。君を一人で出す訳にはいかない」
「ありがとうございます。でも危ないですよ?戦地から1kmくらいまで近付くつもりですし」
「問題ないですよ」
「……それに国境付近にいるであろうルオスの密偵も」
「まぁ、いるでしょうね。ですが白髪の聖女なんてこの世に存在しない。下手に騒げば我が国が国際審問会にかければいいだけですよ。人道外れた禁薬を使ってるかどうかは……バルムに聞けばすぐ判明しますからね」
平気で言ってのける。
私は流石に呆れた。
「腹黒い……腹黒いです神官様」
すると笑って笑みを返された。
「……テレサが私に黙って何やら企むのはいつもの事です。でも今日この時間は……付き合いますよ。何をするつもりか、何が出来るのか見当もつきませんがね」
私はその言葉に目を見開く。
ああ、君は本当に。
……いい、父親で、立派な騎士のままだな、神官。
任務とはいえ血が繋がっていない私の為に。
私は張り詰めていた心を少し緩ませ神官に向かって眉を下げた。
「そうですね。じゃあ……自由にさせてもらいましょう。今から少しの間だけは。たかが豊穣ですがねぇ!」
今から向かう戦場の人々を
魂の苦痛から救う為に。
次回更新29日です!
譜なしと言われてきたテレサが次回、人々を救済する!?
是非読んで頂けたら幸いです!!




