邂逅5
目敏く楽しい事になりそうな物を見つけ、話し掛け、確認し、確定すると言う一連の行動を終わらせて、予想通りと思った木村本部長は。
「氷室君がマスターに見せたいと言った物がなにかは、ソレ見て分かったよ。どうもどこか新しいお店で働くのにソレが必要になる店とは知らずに後で知って、師匠であるマスターに腕が落ちてないのか見て貰いに来た。と言った所かな?」
そう言うと正にその通りである氷室吾郎は、少し驚いた顔で。
「そうです。その通りです。コレ見ただけでそこまで分かるとか凄いですね。流石あの会社の取締役員さんは頭の回転も鋭いようで。」
ホメられた木村本部長は違う意味でとても良い笑顔を浮かべて、隣に座る氷室吾郎にとある提案をした。
「見ての通り僕等は全員が同じ会社に所属している者達ばかりでね、いやね僕と隣に座るちょっと冴えない顔したオジサンと二人で飲んでたら、偶然にも向こうの若い男女二人が入って来てね。いや〜偶然ってあるんだね。おっと話が脱線してるね。ごめんごめん。君に一つ提案なんだが、ソレ僕等を実際に今度働こうとしているお店に来たお客に見立てて練習かな?をやって見せてくれないかな?どうだろう?マスター。」
と最後にいつもの悪戯好きの悪ガキの笑顔で、氷室吾郎では無く、その師匠でありこの店のマスターでもある人間に問い掛けた。
弟子である氷室吾郎を既に生け贄に差し出す事を心に決めていたマスターは、木村本部長の言葉にとても良い笑顔を浮かべて。
「あっ!いいですね。それ流石木村様。そうしましょう。」
と弟子を喜んで悪魔に売り渡した。
何がどうなってこうなったのか、イマイチはっきりと納得が出来てない状態のままなし崩し的に、悪魔とその悪魔と取り引きをした男により、氷室吾郎は閉店後の店でマスターにだけ見せる。と言う最初の考えは、どこかに吹っ飛んでいき何故か実際に今から行う事になった事に。「うん?ハメられてる?」と少しだけ思いつつも、マスターが嬉々としていつもの場所からカウンターの表に出てきて、座っていた氷室吾郎を追い立てるようにして、カウンターの中へと入れた。入れた後に他にもお客さまが居る事から、空いた席に座らずに通路に立つ。
カウンターの中へと入れられた氷室吾郎は、仕方ないしまぁお客さまの前でやった方が、失敗しても構わないって安心感が無くなり緊張を持って挑める事に肯定的に納得した。そして、中に入ると氷室吾郎はデニムのパンツの後ろポケットから小さなメモ帳とメモ帳に差してあるペンを取り出すと、カウンターの上に置き。何やらメモに書き出した。時折「う〜ん……。」とか「あれだと……。」とか独り言を言いながら何かを必死に考えていた。
そうしていると横から突然。
「ギムレット。」「XYZ。」「ジャックローズ。」「マルガリータ。」「サイドカー。」「カルーアミルク。」「テキーラサンセット。」「ホワイトスパイダー。」「カミカゼ。」
「とかね。」
と声を掛けられた。声を掛けられて氷室吾郎は「あっ!」とした顔を見せた後で言われたカクテルの名前をメモ帳に走り書きした後で、ハッとして顔を上げて声のした方を見ると、木村本部長が笑顔を浮かべている。そして氷室吾郎の横ではマスターが、体よく自分からやってきた生け贄にこちらも良い笑顔を向けていた。
「ありがとうございます。木村さん。それじゃ……ジンベースでギムレット。ラムベースでXYZ。テキーラベースでマルガリータ。ウォッカベースでカミカゼ。辺りで四大ベースカクテルになるかな?」
そう言って自分が作るカクテルの名を上げていくと。木村本部長から一言だけ。
「シンデレラを入れてくれないかな?見てくれると分かると思うが、私の連れの中にはまだ年若い女の子も居てね。彼女も今日は楽しいからなのか少し飲み過ぎててね。君の今挙げたカクテルは女の子に飲ませるには少しねアルコール度数が高すぎるから。その代わり男性陣にそれぞれ、氷室君がこのカクテルはこの人にと好きに渡して貰って構わないから、そして私達に一杯ずつ、残りの一杯は君の師匠に。もちろんこのお店の値段になるが、君が作る分の料金も私に加算すればいいからね。」
そう言って、氷室吾郎とマスターに話した。
そして作るカクテルが決まった後の、氷室吾郎の動きは早かった。必要となる全ての酒瓶と必要となる全てのフレシュジュース類を作業テーブルの上に所狭しと並べた後に、全ての瓶の蓋を外すと代わりに、ポアラーをどんどんと差していく。このポアラーと言う小さな器具は、瓶の注ぎ口に差し込み、中の液体が出てくる量を一定量に安定させ、注ぎ口が細い事により少しずつしか中身が出ない。そしてちょっとぐらい乱雑に扱っても中身がこぼれにくい。そんな事をしてくれる器具である。
ポアラーのセットが終わると次に氷室は、冷蔵庫を開けて必要となるその他の材料を取り出し用意する。
そしてとある日本にある事自体が非常に珍しいジュースを見つけて、心の中で「流石、師匠まさかコイツを見られるとは……初めて見るがまぁ使い方は理解しているし良い機会だ、師匠に遠慮せず使わせていただこう。」と考えて一本のジュースを取り出し、テーブルの上にそのジュースを置いた時に。
カウンターの向う側から小さく「ヒュ〜♪」と口笛が聞こえてきた。
「またスゴいのが出てきたね。マスターの使ってる冷蔵庫は、四次元ポケットにでもなっているのかい?」
とカクテルにやたらと造詣の深いお客さまが声を掛けた。
木村本部長と氷室吾郎の二人を驚かせたとあるジュースとは、紳士の国「イギリス」で開発された世界初の濃縮還元されたライムジュースであった。このジュースは、イギリス海軍が海兵の長い航海により引き起こす「壊血病」と言う一つのビタミンC不足により発症する病気の予防の為に開発された経緯を持つ。そのジュースの名は「コーディアルライム」と言い、フレシュなライム果汁と違い甘く加工された何かで割って飲む。と言うジュースであった。
次に氷室吾郎は、冷蔵庫の中で予め冷やされていたカクテルグラス五脚を用意しておく。そして、普段はこの店のマスターが滅多な事では、手に取る事の無い「ボストンシェイカー」を手にする。今からやる事に普通の三ピースのシェイカーでは出来なくは無いが、こちらのボストンシェイカーの方が全体的に造りが大きく。要は大きいからこぼしたりミスが少なくなる事から、コチラを選んだ。
そうして最後に冷凍庫の中から氷屋から毎日一定枚数発注して配送されてくる、ビニール袋に包まれた。縦27cm×横13cm×厚み6.5cmの板氷を一枚取り出すと、師匠にとある物のある場所を聞き、そこから大きなステンレス製の網目の細かい、ステンレスラック(洗い物水切りカゴ)をゴソゴソと取り出すと、氷を包んでいるビニール袋に傍らに置いてあったペティナイフを使い、縦に一筋の切れ目を入れて、氷を取り出すとステンレスラックの中に置き、そのすぐ横に一本の短めの「アイスピック」を置いて、全ての準備を終わらせた。
氷室吾郎の準備が終わった事を確認した木村本部長は、一言。
「準備は済んだようだね。それじゃ始めて貰えるかな?楽しませてくれよ。特にきっと初めて見る事になる、若い二人の男女達を大いに驚かせてやってくれ。」
そう言って悪戯っ子の笑みを浮かべた。




