邂逅3
期待に胸膨らませ。木村本部長からのおすすめカクテル。「枯れ葉」が自分の目の前に早く現れないかとワクワクしながら待っている一人の女の子。
本部長からのヒントはどうやらココア味が関係していると言う事だけ。どんな味でどんな色でどんなカクテルが来るのか楽しみで仕方ない様子。
その様子は、いつもの作業場所であるカウンターのこちら側とあちら側を繋ぐ小さな通路の直ぐ横に立っているマスターにも、ヒシヒシと伝わっていた。
マスターは、先ず最初にいつもの様にカクテルに使用する材料の準備から始める。最初に手に取ったのは綺麗に整頓されて棚に並んでいる数多くの酒瓶の中からでは無く。カウンター下の冷蔵庫や冷凍庫に製氷機等の機器が並んで設置されている。一番端にある取っ手の無い引き戸を開けて、その中に仕舞い置いている地元の酒蔵が酒造している日本酒のそれも「純米酒」の五合瓶を取り出した。
五合瓶を作業する為のテーブルの上に置き、次にマスターが手に取った物は一見するとカクテル作りには何の関係も無さそうな。IH対応の小さな片手鍋であった。カウンターのこちら側に立つマスターは、あちら側の席に座るお客さま達四人に見えないように後ろを向き。素早く片手鍋を自分の鼻に近付けて、鍋に余計な匂い等が残っていない事を確認する。
片手鍋をIHコンロの上に置いた後に、また先程最初に五合瓶を取り出した。引き戸の中から小さな袋に詰められている「ココアパウダー」を取り出して準備しておく。
そしてマスターは、冷蔵庫の扉に付いているドリンクラックから冷えた「牛乳」の1Lの紙パックを手に取ると片手鍋の中にメジャーカップを使い45mlで二杯分の90mlを注ぎ入れてコンロのスイッチを弱火にセットして「牛乳」を温め始めた。
そして「牛乳」に薄い膜が張り口当たりが損なわれない様に気を遣いながら、ゆっくりと混ぜながら温めてゆき、片手鍋からほのかに湯気が昇り始めたら、次に素早く取り出して置いた日本酒の五合瓶を手にして、別のメジャーカップで45mlを計り片手鍋の中へと投入して「牛乳」と「純米酒」を混ぜ合わせる。
二種類の液体が混ぜられた片手鍋の中から立ち昇る湯気をよく見て絶えずかき混ぜながら、温められたその液体の中に小さじのティースプーンを使い、用意しておいた「ココアパウダー」を温めた「牛乳」の色をよく見ながら先ずは小さじ二杯を入れ、よくかき回した後に色あいを見て更に小さじ一杯を追加で投入して「ココアパウダー」と「牛乳」の混ざった薄いチョコレート色をした温められた物を、耐熱の8オンスのグラスへとゆっくりと注ぎ移し、そこに1tspの「チョコレートリキュール」を隠し味に入れて、軽くステアして、HOTカクテルの「枯れ葉」を完成させた。
出来上がったHOTカクテル「枯れ葉」の入った耐熱グラスを手にしてマスターは、いつも店に来る度に何やら困らせてくれる少しだけ悪戯心の多い、常連になりつつある木村本部長の前を通り過ぎ、その横に座る小さな可愛らしい女の子の前に立つと、その目の前にコースターを一枚置いて、そっと耐熱グラスを置いた後に。
「枯れ葉」
「でございます。熱いので気を付けてお召し上がり下さい。」
そう言ってHOTカクテルの名前と共に火傷に注意をするように言った後でまた木村本部長の横を通り過ぎて元のいつもの位置に帰る時にチラリと木村本部長の顔を伺うと、木村本部長からは。「流石マスター完璧ですね。」と言う称賛の声が聞こえてくる気がする微笑みを返してくれていた。
目の前に置かれた湯気の立つ耐熱グラスに入れられている「枯れ葉」を眺めていた、うららは。その綺麗なライトブラウン色したカクテルを見て最初に。
「カクテルに温かい物もあるんですね。」
そう言って右横に座る本社勤めの木村本部長の顔を笑顔を浮かべて見ると。木村本部長から。
「そうだよ。カクテルと言うと冷たい飲み物と言うイメージがみんな強いと思うけど、温かいカクテルも数多くあるんだよ。これはね、温めた牛乳にココアのパウダーを入れ、そして日本酒。しかも純米酒や古酒に限るけれどもそれらの、日本に昔からある日本のお酒の日本酒が少しだけ入れられているんだよ。熱さに気を付けて飲んでごらん。日本酒自体がアルコール度数はそこまで高くないし、牛乳で薄められているから非常に飲みやすいと思うから。」
木村本部長からHOTカクテル「枯れ葉」の説明を聞いたうららは、目の前に置かれている耐熱グラスにそっと手を伸ばすと先ずは、そのグラスの熱さを確かめた後に、耐熱グラス故に持てない程に熱も伝わる訳も無く普通に持てるグラスの温度だと知る。
そして、両手でこぼさないようにそっと耐熱グラスを持ち上げると、自分の口に近付けて小さく可愛らしいピンクのルージュが塗られている唇をすぼめて「ふーふー」と二度三度と息を吹き掛けてグラスの中身を少しだけ冷ました後に、すするように唇をグラスに当てて中身を少しだけ飲み干した。
「美味しい〜。ココア味の甘酒みたい。」
と、少しおかしな表現ではあるものの、自分の舌が感じ取った味についての感想を述べた。
その後は、大本が同じ会社に所属している人間四人で和気あいあいと色々な話に花を咲かせ時折、木村本部長からマスターへと無茶ぶりにも似たリクエストが飛び。マスターの心の安寧を少しだけ脅かしつつも、街外れにある寂れた飲み屋横丁の一画に在る、小さなBARでの楽しい夜が更けて行く。
そうして時は早いもので、そろそろ日付けも変わろうとしている閉店時間間際に。小さなBARの重たいドアが外側へと開けられて。一人のまだ若い男性が入って来た。少し大きな声で。
「こんばんは〜師匠」
入って来た若い男は、店内に五席しか無い店の実に四席もの席がお客さまで埋まっているのを認め、素早くカウンターの一番右端のマスターがカクテル等を作る為のスペースの真ん前。所謂ハズレ席でも有り、マスターの卓越した技術を目の当たりに出来るアタリ席とも言える席に座り、目の前に立つ自分が師匠と呼び慕うマスターに小さな声で。
「ごめん師匠。お客さまが居るとは思わずについいつものデカい声掛けちゃって。」
普段はまるで客等来ないと完全に思ってる様なセリフを吐き謝罪と呼べない謝罪をした。




