二人
ここは、巨大な繁華街の一番外れにある地元の人以外からは忘れられて久しい古びた飲み屋横丁。
いつもの所定の場所に立ち布巾を使い、いつもと同じ様にグラスを磨き上げて時の過ぎるのを待つ。
今日は週末の土曜日だと言うのに店には開店してから三組四人のお客様しか来なかった。
ふと、傍らに置いてある自分のスマホを見ると閉店の時間まで後三時間と三十分ほど。今日はこのまま閉店かねぇ……なんて事をグラスを磨く手を休める事も無く考えていると。店の名物になりつつもある重たいドアが外側に向けて開かれ、他の店からの明かりや雑多な音が聞こえてきた。どうやら、お客様のご来店のようだ。そう思い手に持っていたグラスと布巾をそれぞれを所定の位置に収めてのち、お客様を出迎える為にカウンターの真ん中辺りに立つ。
「よっこいしょっ重いねこのドア」
そう若そうな女性の声が聞こえた次の瞬間に今度は若そうな男性の声が重なる。
「うららさんだから俺が開けるからって言ったじゃん」
そんな二人にとっては楽しげな会話なのであろう、軽い笑い合うような無邪気とも言える声と共に、一組の男女が店の中へと入ってきた。
「いらっしゃいませお客様どうぞこちらのお席に」
そう言ってカウンターの真ん中の席へと若い男女を導いた。若い女性は小さな声で「ありがとうございます」そう言って店のマスターが示した席へと腰を降ろすと、一緒に来ていた若い男性に向けて。
「ほら〜聖君もちゃんとお礼言わなきゃダメでしょ?」
そう言って男性をたしなめた。そのやり取りを見たマスターは、若い男女=騒がしい客とさっきまで思っていた自分自身に心の中で駄目出しをして反省した。
「ほらね言った通りの雰囲気のお店だったでしょ?これでも聖君よりはお姉さんなんだからそのぐらいは感じ取れるんだよ。あっマスターちゃんと静かにお店を利用させて貰いますから安心して下さいね。」
その言葉にマスターは密かにこの若い女性に対する好感度を爆上げした。
お互いに何を頼むのかの話し合いがなされた後、若い男性の方からマスターに向けて。
「マスターすみません何か口当たりの軽い白ワインかシャンパンはありますか?」
そう注文を受けた。それを聞いたマスターは、少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべて、相手が不快に感じる事の無いように努めて。
「申し訳ございません。当店見ての通りカウンター席が五席あるだけの小さなBARでございます。ワインを寝かせて置くワインセラーもシャンパンを冷やし置いておくクーラーも設置するスペースが無いので、ワインもシャンパンも提供は出来ないのです」
実際はワインはあるにはあるのだが、カクテルに使用する為に赤ワインがニ種類。白ワインがニ種類。冷蔵庫の中で冷やしてあるが、これをお客様に「どうぞ」とそのまま出す訳にも行かない。そして、ワインもシャンパンも提供出来ないと言ってしまった以上は、マスターもバーテンダーとしてのプライドがある。代わりになる物を提示しなくては、恥をかいてしまうし自分を許せるとも思えない。
「お客様。ハーフボトルでよろしければ、スパークリングワインでしたらご提供出来ますが、いかがでしょうか?」
マスターからの提案を受けた若い男女は、ニつ三つ会話を交わした後に笑顔でマスターからの提案に快く応じた。
マスターは冷蔵庫の中で冷やしていたスパークリングワインのボトルを取り出すとニ脚のフルート型のグラスを持ち、男女の席の丁度真ん中の辺りに、ラベル(エチケット)がよく見えるように置き、ニ枚のコースターをそれぞれ女性の方に先に置きフルート型のグラスをコースターの上に置いた後に、男性の方にも同じ様にコースターとグラスを置いた。
女性の方に先にグラスを置いたのは。これは別に先程感じた女性に対するマスターの好感度による物でも無く、レディーファーストの精神による所でも無く、純粋にお会計を払うのが女性の方だと感じ取ったからだけである。
マスターも伊達に長い時間、夜のお店で仕事をしてきている訳では無い、店に二人で顔を見せた瞬間には、男性はホスト。女性はそのお客と二人の関係性を見抜くぐらいの眼力は備わっていて当たり前。それだけの事であった。
マスターはスパークリングワインのコルクを抜く為の作業に取り掛かろうとすると、横から若い男性がマスターに向けて笑顔で。
「マスターすみません。ナプキンを一枚お借り出来ますか?そして良ければですが僕に開けさせていただけないでしょうか?」
自分で開ける予定であったマスターは先ず男性の言った言葉に純粋に驚いた。スパークリングワインのコルクを抜かせろと言ってきたからである。素人に開けさせてもマトモに開けられるとは到底考えられなかったからである。そしてそれは自然と顔に出てしまっていたようで。男性から更にマスターに向け。
「マスターもすでにご承知だと思いますが僕はホストクラブで働くホストです。こちらの女性の方は僕の初めての担当になっていただいたお客様です。僕には僕の出来る事で、彼女の事をもてなし楽しませる義務があります。安心して下さい伊達にホストクラブで働いている訳ではありません。必ずマスターから100点が貰える開け方で開けてみせますから。」
そう言い切るホストの男性。マスターはその男性の言葉に賭けてみる事にした。カウンターのテーブルに置かれたスパークリングワインのボトルと持ってきていた一枚のナプキンを渡した後に、少しだけ男性の側に横にズレて、男性の所作を見守った。
ホストの若い男性は先ず、横に座る女性に向けて、立ち上がって事を行う事を一言詫びた後に立ち上がり。最初にボトルの栓を覆っているキャップシールを予め付けられている切り取り線に沿って切り取りキャップシールを外す。
マスターから受け取ったナプキンを栓の上から優しく被せて利き手と反対の手の親指で栓のコルクをナプキンの上から強く抑え。
利き手で栓に取り付けてあるコルクを抑えておくためのワイヤーを三度か四度ほど緩めると。
ボトルの底を利き手で持ち、ゆっくりとボトル自体を回していく。その際に決して反対の手の親指で抑えているコルクに余分な力等を加えず、ボトルを回す事によりボトルの中のガス圧によって徐々に押し上げられて行くコルクに任せて開けていく。
そうしてコルクは静かに「シュッ」と言う音の後に「シュー」とガスだけが抜けていく、所謂「天使の溜息」と呼ばれるプロのバーテンダーやプロのソムリエが開けた時と同じ音を鳴らしてスパークリングワインの栓を開けてみせた。
最初から最後まで見届けたマスターは心の中で感嘆を覚えて思わず拍手をしながら、ホストの若い男性に向けて称賛を贈る。
「お見事でございましたお客様。100点どころではありません200点満点でございます。」
そうマスターが伝えるとホストの若い男性は非常に照れた顔をしてマスターに。
「シャンパンを今までに数百本と開けてきてますから。」
そう言うと隣に座って見守っていた女性も拍手をしながら若い男性に「すごいねプロのバーテンダーさんにホメられて200点も貰えるなんて」そうホメ讃えた。
その後ホストの男性はそのまま、女性の前に置かれているフルート型のグラスの脚の部分を持ち、少しだけ傾けるとガスが抜けて落ち着いたスパークリングワインのボトルの底を持ち、常にラベル(エチケット)が彼女の目に写る角度で。一度目にグラスの半分より少し多めに注ぎ、グラスの泡が落ち着いた後に更にグラスの六分目程までスパークリングワインを注いだ。
その際もしっかりとボトルの口とグラスを当てたりせず綺麗な所作で注いでいた。そうして、自分のグラスにも同じようにスパークリングワインを注ぐと、二人で静かに軽いキスをするかのように触れる程度にグラスを重ねて乾杯をした後に、グラスに口を付けて中身を飲んでいく。
マスターはその注ぐ手を見て、またもや感嘆を覚えてホストと言う職に就いている者達を少し見直した。
ホストの男性とそのお客さまである若い女性。
スパークリングワインを飲みながら楽しそうな会話をしていた。
そうして、少しの時間が経つと二人で話し合ったのであろう。またしてもホストの男性の口からマスターに向けて。
「マスター美味しいスパークリングワインをごちそうさまでした。全部を二人で飲み切る事は出来ないので、シャンパンストッパーがあればお願いしたいのですが」
そう言った後に付け加える様に女性からも。
「ちゃんとワイン一本分の料金を請求して下さいね」
マスターは素直にカウンターのこちら側の酒の瓶が並ぶ棚の引き戸の一つを開けると中から、シャンパンストッパーを取り出して、スパークリングワインの口に栓をして。二人に目配せをした後に、ボトルを持ち引き上げてそのまままた冷蔵庫の中に入れた。
これは、また別のお客さまに出せる訳も無いのでマスター自身が後で楽しむ事となるだろう。
和気あいあいと楽しそうなおしゃべりに興じる若い男女の二人組。
さて、スパークリングワインを入れていたグラスも空になり、次に何を飲むかを店側が用意してある、メニュー表一冊を二人で仲良く眺めながらあれこれと話し合っている。
「へぇ〜このカクテルってアイスティーって名前に付いてるから紅茶のカクテルなのかな?」
「そうかもね、うららさん。俺はそうだなぁ……このジントニックってヤツにしようかな。」
そんな会話が二人の間で交わされた後に、ホストの男性がマスターに向けて。
「マスターお願いします。こちらの女性にロングアイランドアイスティーを僕にはジントニックを。」
そう言うとマスターは二人からのオーダーを聞いて、直ぐに二人の前まで行き、二人にこう告げた。
「お客さま申し訳ございません。当店は女性のお客さまへのレディキラーの提供はしておりません。」
二人はレディキラー?と同じ事を思った。そして頼んだ女性自身からマスターに聞いてみた。
「マスターすみません二人ともカクテルには詳しくないので、レディキラーって何ですか?後、アイスティーって名前が付いているから紅茶のカクテルとかじゃないんですか?」
なるほど。そうマスターは心の中で思い。そして口に出して二人に説明を始めた。
先ず初めにレディキラーと言う言葉の意味を。
これは、口当たりや飲みやすさが非常に良く女性がついつい飲みやすさから飲み過ぎてしまう、アルコール度数が高いカクテルであり、お二人に限り無いと思いますが女性を酔わせて……と言う定番のお酒の事を総じて「レディキラーカクテル」と呼びます。
こちらの女性のお客さまが頼まれた、ロングアイランドアイスティーと言う名のカクテルですが、紅茶のカクテルなのか?と聞かれたらYESでもありNOでもあるカクテルになります。こちらは、紅茶は一切入っておらず、ジンにウォッカにラムにテキーラとカクテルのベースとなるお酒が全て入っており、それらをレモン果汁や少量のコーラで割り作る、出来上がりの味が「紅茶」の味に似る事から、アイスティーの名前が付けられているだけのカクテルになります。
そして、このカクテルは三大レディキラーカクテルの中の一つでもあります。
「どうでしょう?ここは一つプロである私に任せて一杯のカクテルを楽しまれては。」
そう女性のお客さまに向けてマスターが問い掛けると女性も笑顔でマスターにお任せします。そう言ってくれた。
「では、ジントニックと女性のお客さまは私にお任せでご注文を承りました。先にジントニックの方からの提供になるのをご承知下さいますように。」
そう二人に告げた後にマスターはいつものカクテルを作る場所に移動した後に冷蔵庫の中から予め冷やしておいた10オンスのタンブラーを一つ取り出すと、氷をタンブラー一杯まで入れた後に八分の一にカットしたライムを絞りタンブラーの中に絞り果汁と絞った後のライムを入れて、軽くバースプーンでステアした後、メジャーカップを使い「欅」の名を冠した和風ジンを45mlタンブラーに注ぎ軽くステアした後最後にトニックウォーターをタンブラーの中の氷に直接当たらないように静かに注ぎ入れて軽くニ度程ステアしてカクテル「ジントニック」を完成させた。
出来上がった「ジントニック」を持ち男性の前に立ち、一枚の新しいコースターを置きその上にタンブラーを乗せて。
「ジントニックでございます。」
そう告げた後に直ぐ踵を返してまたいつもの場所に立つ。
14オンスのタンブラーを用意して氷を入れる。
酒瓶が並ぶ棚の中から「サウザ・シルバー」と名付けられた今から作ろうとしているカクテルに一番合うと言われているテキーラを取り出した。
メジャーカップを使い本来であるならばテキーラを45ml入れるところをあえて今回は30mlと減らしてアルコール度数を低く抑える。
テキーラを30ml入れたタンブラーに冷蔵庫の中で冷やしておいた果汁100%で無糖のオレンジジュースを適量注ぎ入れステアしてテキーラと混ぜ合わせた。
そして本来ならばこの場で最後まで仕上げて出すのだが今回は、ちょっとした遊び心でショットグラスを一つ取り、その中に「グレナデンシロップ」を10mlほど入れた物を別で用意した。
テキーラとオレンジジュースを混ぜ合わせた14オンスのタンブラーとグレナデンシロップを少量入れたショットグラスのニつを持ち、女性のお客さまの前に立つと、新しいコースターを一枚置いた後に、タンブラーを乗せ女性に声を掛ける。
「お待たせいたしました。テキーラサンライズでございます。サンライズとは日本語で日の出を指す言葉でございます。今、お客さまの眼の前で太陽が東の空から昇り、世界が夜から朝色に染まる世界をお見せいたします。」
そう言って、女性の前に置いたオレンジジュースの色をしたカクテルの入っているタンブラーの真ん中にショットグラスの中身のグレナデンシロップを静かに静かにそっとそっと注いでいく。
そうするとタンブラーの中で、オレンジ色とグレナデンシロップの赤色が溶け合い混じり合い、綺麗なグラデーションを作り出した。それはまさに昇りゆく太陽を模した日の出直ぐの空の色そのものであった。
タンブラーの中を黙って見ていた女性は、ホロリと一粒二粒の涙を目に浮かべて朝焼けの空をいつまでも見ていた……。
役目を無事に終えたショットグラスを片手に持ち、マスターは静かにそっと女性の前から離れる。そして二つのカクテルを作り終えた後の片付けや洗い物等をしながら二人組の方を見ると、若いホストの男性が女性の背中に手を回して、優しく優しくいたわるようにそっと撫で続けていた。
それはマスターの目には、ホストとそのお客さまでは無く、ただの二人の男女。普通の恋人同士に写った……。
テキーラサンライズのカクテル言葉……情熱的な愛
今回のゲストは。
【風俗嬢と呼ばれて……堕ちたJDの末路】より主人公の、一麗ちゃん。
【Kitchenより愛を込めて〜ホストクラブ体験記〜】より主人公の氷室と1番(?)仲の良かった、ひじき君こと東堂聖君のお二人でした。
相変わらずホスト遊びが辞められない風俗で働いている、うららちゃん。遊びに行くお店を【EDEN】に変えたようです。そこでひじき君を送り指名した事により。ひじき君がうららちゃんの担当に。




