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BAR  作者: もふもふもん
3/6

師匠

 ここは、巨大な繁華街の1番外れにある地元の人以外からは忘れられて久しい古びた飲み屋横丁。


 どこの量販店でも買えるような無地の黒Tシャツにデニム生地の膝下丈のハーフパンツ。素足にビーチサンダルを引っかけて頭にはどこぞの店で貰った記念品の白のタオルをバンダナ変わりに頭に巻いて。片手に頭がパンで出来ているチビッ子達に大人気のヒーローがプリントされているトートバック。


 今から海にでも行くのかい?とある意味でこの飲み屋横丁に居る人の中で1番この横丁に似合う相応しい服装に身を包んだ、まだ20代後半ぐらいの若造の兄ちゃんがとある店に用事があって歩いている。


 時間は未だ夕方を過ぎ夜の帳が降り始めた頃、あちらの個人経営の居酒屋はようやっと店先にのれんを掛け。そちらのせんべろではネオン看板に火が灯り。

そんな横丁の細い路地を一人の若造が歩いている。


 しばらく歩くとようやっと目的の店の前に立った。

あえて古い木材を使い木目を強調させている壁に、見るからに重たそうなドア。ドアの取っ手を握り引き開けて出来たスキマに体を押し込む。店内は未だ開店時間前なのかいつも流れているクラシックジャズの音楽も聴こえてこない。カウンターの向う側、カウンターの中と外を繋ぐ細い通路の横に立ち氷を丸く成形しているマスターの姿を認めると。


 「おはよう。師匠」


 若造はマスターにそう声を掛ける。

声を掛けられた事で一時作業の手を止めて声が聞こえてきた店の重たいドアの方を見るとそこに、見覚えのありすぎる一人の若造が立っていた。


 「おう!氷室、どうした?こんな時間に、と言うかお前ホストクラブで働いてるんだって?」


 そう言っていつもの営業言葉では無く親しい人にだけ見せる普段の口ぶりで応えた。


 「いや〜あれは頼まれて厨房で少しお手伝いをしてただけですからね」


 何故かやけに強く否定してくる事に裏に何かあると察したマスターはそれ以上はツッコむ事も無く、氷を丸く削り出す作業に戻る。


 作業をしているマスターのカウンター越しの目の前。要は5席しか無い店のカウンター席の1番端の席に自分から選び座ると、黙ってマスターの手元を凝視する。氷室と呼ばれた男の座る席のカウンターテーブルに、氷の入っていないオレンジジュースが入れられたタンブラーが1つコトリとコースターも無く置かれた。


 一言マスターに「ありがとう」と礼を述べた若造は、本来今日この店にわざわざ出向いて来た用件をマスターに話し始める。


 「マスターあのさ、さっきマスターも言ってたホストクラブもちょこっと関係してるんだけど、しばらくの間ホストクラブのキッチンに居て料理とかフルーツ切り刻んだりとかばっかしてたから、本業の方の腕が落ちてないかマスターにテストと採点をしてもらいたいのよ。」


 それはまた変わった用件でやって来たんだな。別に一年や二年ぐらいシェイカーを振ってなくても腕が落ちるような奴に仕込んだつもりは無いんだがな。マスターはマスターで昔、もっと大きなBARを経営していた頃にアルバイトで入ってきて、自ら鍛え仕込んだ目の前の若造をそれだけ買っている。もちろん本人にそんな事は言った事も言うつもりも無いが。


 まぁ自分で鍛えて一人前のバーテンにした弟子の頼みだ断る程不義理なつもりも無い。そう思ったマスターは、店の開店の為の仕込みも一段落着いた事もあり、若造の言ってきた頼み事を引き受ける事にした。


 「それで?何を見て何をテストの題材にして欲しいって?マティーニか?」


 そう言ってカクテルの中でもバーテン泣かせの代表格であるカクテルの名前を告げると、ふと思い出し笑いを始めた。カクテルの名を告げた後に突然笑い始めたマスターの姿を見て、怪訝な表情を浮かべた若造に対してマスターは。


 「いやな、先週の木曜日だったかな?店に来た一見のお客さんに同じようにマティーニにマンハッタンまで注文されて自分がテストされてた事を思い出してつい可笑しくなっただけだ。しかもそのお客さん……ラモス・ジン・フィズの名前まで言いかけやがった。」


 それを聞いた若造は、ラモス・ジン・フィズと言うカクテルを作るのに必要な作業工程を頭の中で思い描き、ものすごく面倒くさそうと言うか嫌そうな表情を浮かべた。


 若造は自分が座っている席の隣の席に置いていたパン頭のヒーローのトートバックを手に取ると中身がマスターによく見えるようにバックを広げて中身を見せる。


 中身を見たマスターはそれだけで全てを悟り一言だけとあるカクテルの名を告げる。


 「モヒートか」


 それだけ言った後にマスターはカウンターの外側、本来はお客様が座る側へと出てくると、端の席に座っていた自分の弟子を席から追いやりカウンターの内側へと入れる。カウンターの内側へと入れられた若造はテストと採点を了承してもらえたと考え。自分が作ろうとしているカクテルに必要な道具類がどこに置いてあるのかを先ずは確認した。


 最初に店の冷凍庫を開けてマスターならば必ず用意してあるであろうと予想していた通りの物を見つける。ミネラルウォーターを冷凍庫で凍らせた密度の低い氷をアイスクラッシャーの中へと入れ、好みの大きさになるように砕いていく。大量のクラッシュアイスが必要となるために、何度も何度も同じ工程を繰り返し氷を砕く。砕き終えた氷は、溶けないように小さなボウルに入れて、ボウルごと冷凍庫の中へと入れておいた。


 次に冷蔵庫の中からライムを1つ取り出すとペティナイフを使い半分に切り、切った半分を更に半分に切った後に芯の白い部分を切り離した後に、櫛形に切ったライムを更に3等分に切り。合計6個のライムの塊を作る。


 14オンスの飲み口に行くにつれ広くなっているグラスを1つ取り出すと、その中に切ったライムの塊6個を入れた。そして自分が持参したバッグの中に手を入れて掴み出したミントの葉を丁寧に1枚ずつ千切っては、グラスの中へと入れて行く。


 グラスにライムと溢れんばかりのミントの葉を入れた後に少量のガムシロップをグラスに注ぎ、カクテルマッシャーを使い、ミントの葉とライムを一緒に軽く潰していくとグラスの中から、ミントとライムの爽やかな香りが溢れてくる。


 そのグラスの中に先程作っていたクラッシュアイスをグラスの1/3ほどまで入れた後、酒瓶の並んでいる棚の中からホワイト・ラムの「バカルディ・スペリオール」の瓶を取り出した。


 グラスの中へと選び出したラムをメジャーカップを使い45ml注ぎ入れステアして潰したライムの果汁とミントの爽やかな香りをラムに写していく。そしてステアをした後に更にグラス一杯までクラッシュアイスを入れ、最後に炭酸水を注ぎ入れ炭酸が飛ばない様に軽くステアした後、薄くスライスしたライムでグラスの飲み口をくるりと一周軽く湿らせた後グラスの中に浮かべ、カクテル「モヒート」を完成させた。


 本物のお客様へと提供するかの如くカウンターに重ねて置かれているコースターの1枚を取ると、マスターが座っている席のテーブルにコースターを置き、出来上がったカクテルを置いた後。静かな声で。


 「お待たせいたしました。モヒートでございます。」


 そうマスターに告げた後は、マスターの一挙手一投足に目を皿の様にして注視して身動きすらせずにマスターからの言葉を待つ若造。


 出来上がったカクテルのグラスを手に持ち、鼻に近付け香りを嗅いだ後マスターはゴクリと一口モヒートを飲み込んだ後に、口の中に残る余韻を確かめてまた一口ゴクリと飲み。満面の笑顔を浮かべてカウンターの向う側で緊張して突っ立っている若造に向けて一言だけ。


 「美味い!」


 そう告げた。

今回のゲストは【Kitchenより愛を込めて〜ホストクラブ体験記〜】より主人公の氷室吾郎さんの登場でした。

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― 新着の感想 ―
懐かしい! 氷室さんは私の推しキャラなので、嬉しくなりました。 しかし、このマスターが氷室さんの師匠でしたか。 料理人の方の師匠も、別にいるのでしょうか?
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