邂逅10
いよいよ舞台は終演に向かい進む。次なる相手はこの店のマスターでさえも時に大いに困らせてくる、曲者だからだ。そんな相手も氷室吾郎と言う名の若きバーテンダーには「自分を高める為の餌」と捉え、チャレンジ精神を持って全身全霊で戦いに挑もうとしていた。
氷室吾郎は先ず自分で並べて置いていた酒瓶達の中から。ホワイトラムの「バナナクラブ3年物」と言う名前が付いているラムの瓶を取り出すと、作業テーブルの並べられた酒瓶達とは違う場所に一次的に預け置かれ。次に「HERMESのホワイトキュラソー」の瓶を取り出して、これもまた特に何かする訳でも無く、先程のラムと同じ場所に置いておく。本来のレシピでは、この「ホワイトキュラソー」は「コアントロー」と言う先程までに何度か使用していた物を使うとされているのだが、氷室吾郎はわざとこの「コアントロー」では無く、角張っていない丸みを帯びた瓶のフォルムを持つ「ヘルメスのホワイトキュラソー」を選んだ。
それには氷室吾郎なりのちゃんとした理由があり、それをカウンターの向こう側に座り「さぁ!かかってこい!」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべている最大の強敵は「おや?」と一瞬思ったが。「まぁ何か魂胆があるのだろう。まさか彼がレシピ間違い等の初歩的な間違いは起こす訳が無い。」そう信じており黙って見守る事を決める。
そして氷室吾郎はボストンシェイカーの下パーツと上パーツをそれぞれ別々にラムとホワイトキュラソーを置いてあるテーブルの直ぐ真横に並べて置くと。
左から順に。ラム。ホワイトキュラソー。シェイカーの下パーツ。上パーツ。と並べて置かれている前に立ち。大きく深く深呼吸を二度〜三度と行うと、両手を自然に下げた状態で、手先を解き解すかのように、ブルブルと震わせた後静かに、ラムとホワイトキュラソーの瓶のネックをそれぞれの手に持ち、ダブルボトルフリップを始めた。右手に有ったラムが左手に。左手に有ったホワイトキュラソーが右手に。お手玉をして遊んでいる女の子の様に酒瓶二本をアッチにコッチにと空中移動させると。
一度だけ少し高くラムを投げた瞬間。テーブルの上に置いていた、シェイカーの下パーツを手に取ると。
酒瓶二本にシェイカーの下パーツの三つの物で、ジャグリングを始めた。
それを見た、うららや東堂聖等の若者達は大きな声で驚きを露わにし、それなりの人生経験を積んでいる藤田部長ですら、背を反らして驚き。そして師匠であるマスターも「へぇまぁ使うならこの人だわな。」と氷室吾郎のパフォーマンスが最後まで成功する事を信じて祈り。氷室吾郎の目の前に座る男に「ほお……」と心の中で感嘆させる。
そして、氷室吾郎は止まらない。
ホワイトキュラソーを右から左に投げる時に先程のラムと同じように天井スレスレまで高く放り投げ、その空中での滞在時間を使い、最後にテーブルに残っているシェイカーの上パーツを素早く手に取ると、四つの物を器用にヒョイ!ヒョイ!と軽やかに、鮮やかに、美しい放物線を描き、ジャグリングしていく。
これには流石の木村本部長も初めて見る技に、素直に「喝采」を心の中で目の前のフレアバーテンダーに送った。
そうして観客四人と一人の師匠を驚きたらしめた氷室吾郎は、ジャグリングの締めとばかりに、右手と左手それぞれに、シェイカーの上下のパーツを持つと、空中に浮かび落ちようとしている二本の酒瓶達を一本ずつ、それぞれ手に持つシェイカーの中に底から入れて受け止める。と言う離れ業を披露して、パフォーマンスを終わらせた。
その後は四人からの拍手喝采の嵐の中、優雅に一礼をしている氷室吾郎を、カウンターの隅で見守る一人の男からも「あいつめいつの間にマスターしてやがったんだ?俺の元に居る時に教えたが、一度足りとも成功した事が無かったくせに。」と素直に弟子の成長を喜んでいた。
「今のが私の最大のパフォーマンスです。これ以上の物はありません。未熟で拙い技ばかりで申し訳ございません。」
と氷室吾郎が木村本部長に向けて言うと。
「いやいや、私も初めて見る技を見せて貰えたよ。君は超一流のバーテンダーだね。そんな君を育てたマスターもさぞ鼻が高い事だろう。十分に誇っていい技術だと思うよ。」
そう言って言葉を交わし合った後、氷室吾郎はジャグリングをしていた四つの物達を今度は普通に扱い。と言っても。ボトルフリップやパームスピン等の小技は出しつつ。
「バナナクラブ3年物30ml。」「ホワイトキュラソー15ml。」「フレッシュレモンジュース15ml」をシェイカーに入れた後に、氷の塊をシェイカーの下パーツ一杯になるまで入れた後に、静かに上パーツを重ねて、軽くコンコンと上パーツを叩き。重ね合わせた。
それを見ていた、うららは「え?そんな軽くコンコンと叩くだけでこぼれたり、外れたりしないの?それじゃ最初の私の目の前でやったドン!は何だったのよ?」と氷室吾郎のパフォーマンスの一つに少しだけ腹を立てた。
重ねたシェイカーを両手でしっかりと持ち、胸の前で構えた後に、ボストンシェイカー独特の氷が刻むリズム音を鳴らしながら、中の液体同士を混ぜ合わせる。氷で十分に冷やされたシェイカーを片手に持ち、反対の手で一脚のカクテルグラスを持ち、氷室吾郎は木村本部長の前に立つと、カウンターに置いてるコースターを一枚、スッと差し出した後にその上にグラスを静かに置き、シェイカーの上パーツを外して、ストレーナーを通して中の液体を、シェイカーを回すように注いでいった。
「XYZ。」
「で、ございます。こちらのカクテル、木村さんに説明等は不要だとは思いますが、知らない方々も居る事でしょう。簡単に説明の方をさせていただきます。」
「こちら、名前の通りアルファベットの最後の三文字。つまりこれで終わり。後が無い。等の意味を持っています。私の持ち得る技術もこれで終わり。お仕舞い。と言う意味も込め最後に、木村さんへこのカクテルを贈ります。」
そして氷室吾郎は木村本部長に一礼して目の前から
離れ、必要として並べ酒瓶達の片付けに入ると。
「待って。え?待って待って私は?私には無いの?」
そう言って、少し大きな声で焦ったように、うららが氷室吾郎に向けて声を掛ける。
そうすると酒瓶の片付けをしていた氷室吾郎は、うららに向き直ると。
「ご安心を、フロイライン。貴女にも最高の一杯を贈る予定ですよ。少しだけ待っていて下さいね。」
そう言って、不要となる酒瓶達を元の場所に置きに行った時に。うららに出すカクテルに必要となる、追加の材料と、とある物を取りに来ていた。
冷蔵庫を開けた後、中を覗き込むように「フレッシュパイナップルジュース」と「フレッシュオレンジジュース」の二本の瓶を取り出すと、片手で二本とも指に挟んで持ち、空いてるもう片方の手で、先程まで使っていた「ボストンシェイカー」では無くマスター愛用の「バロンシェイカー」でもなく、極々普通の何処のBARにでもある、三ピースに分かれる「3ピースシェイカー」と「メジャーカップ」を手に取り、うらうの前に進み立つ。
うらうの前に立った後に一礼した氷室吾郎は、持ってきていた新たな材料の中から先ず「フレッシュオレンジジュース20ml」をメジャーカップで計り、3ピースシェイカーの「ボディ」の中に注ぐ。次に片付けずに置いたままにしていた先程も使用した「フレッシュレモンジュース20ml」を同じようにシェイカーに入れ、最後に持って来た「フレッシュパイナップルジュース20ml」をシェイカーの中にそそぐと、シェイカーの「ボディ」に自身で砕いた氷の塊を二個〜三個と入れた後。濾し器としての役割を持つ編み目になった注ぎ口を持つ「ストレーナー」と一番上に嵌める謂わばフタの「トップ」を合わせた状態で被せてから「トップ」だけを開け中の余分な空気を抜き、また「トップ」を被せて、シェイカーの準備を終える。
そして先程の様な派手さの欠片も無い代わりに洗練され幾度となく繰り返して熟練の域まで高めたであろうバーテンダーの技術で。
「シャカシャカシャカ……」
と非常に心地よい氷がシェイカーにぶつかる事により鳴る音をリズム良く鳴らして、華麗にシェイカーを振る。
その氷室吾郎の姿に目を奪われ、瞬きする事すら忘れて、一麗はウットリとした恍惚の表情を浮かべ、カウンターテーブルの上に両手の肘を着き両手の間に自分のアゴを乗せて、氷室吾郎の方を見つめ続けていた。そしてそれを横目でみていた若いホストの東堂聖は嫉妬に似た感情を持ち、尊敬している氷室吾郎に向けた。
カウンターに重ねて置かれているコースターの一枚を、うららの目の前に置くとそこに静かに一脚のカクテルグラスを乗せシェイカーの「トップ」のみを外して「ストレーナー」の網目が見えている状態にした後で、カクテルグラスの中に静かにシェイカーを回すように中身の液体を注ぐ。
注ぎ終えた氷室吾郎は、目の前に座る可愛らしい女の子に。
「シンデレラ。」
「でございます。このカクテルには所謂お酒。アルコールは一切入っておりません。ノンアルコールカクテルでございます。ノンアルコールですがカクテルはカクテルでございます。どうぞお嬢さんはコチラを飲み、皆さまと同じようにカクテルをお楽しみ下さい。」
「このシンデレラには、お酒が飲めないシンデレラにもバーティーを一緒に楽しめる【魔法】が掛けられているカクテルです。そしてカクテル言葉はシンデレラに因み。」
「夢見る少女。」
とそれだけを告げて、本格的に後片付けに入った。
目の前に出されたノンアルコールのカクテルのグラスを掴み持ち上げ口に近付けて一口飲んだ、うららは。
「美味しい……パイナップルの甘味とオレンジやレモンの爽やかな酸味が一緒に口の中でダンスしてるみたい……。」
と、氷室吾郎にカクテルを振る舞われた仮称お客さま四人の中で木村本部長に次ぐ「感受性」の高さが伺えるコメントを残した。




