邂逅7
氷室吾郎は後ろ向きにて見事にキャッチしたボストンシェイカーを利き手と反対の手へと空中を経由して投げ持ち変えるとシェイカーを持つ手を腰の辺りに自然な感じで持って手を上に振る。
シェイカーには上向きのエネルギーが発生して上に持ち上がろうとするが、氷室吾郎はシェイカーを握る手を離さずにいた。これにより持っている下パーツは手に残ったままで、下パーツの中に入っていた、下パーツよりも口径の少しだけ小さな上パーツだけが上方向にエネルギーが働き、持ち上がる。空中に放り投げられたシェイカーの上のパーツを利き手でヒョイっと掴むと、これもまた先程の氷と同じように手の平の上で、2回〜3回クルクルと回した後に、テーブルの上に置いた。
次に氷室吾郎は並べて置いた酒瓶の中から「ビーフイーター」と言う名のジンの瓶のネック(注ぎ口下の細くなった部分)を掴むと、自分に向け手前上方向に瓶を投げた。瓶は空中で一回転した後に、氷室吾郎の利き手の中に収まる。そうして次に酒瓶を空中に投げ今度は空中で二回転した酒瓶を、反対の手で見事に掴む。また反対の手に空中に投げ一回転ないし二回転させて受け取り投げるを繰り返す。
ここで、カウンターとカウンターの裏を繋ぐ通路に立っていた、マスターがいつの間にか藤田部長の前まで来ており、氷室吾郎のパフォーマンスを見ている四人組に声を掛けた。
「今やっているのは【ボトル・フリップ】見ての通り酒瓶を空中に投げて回転させた物を反対の手で掴み、また反対の手に投げてを繰り返す基本の技の一つです。」
そう言って解説を入れてくれた。自分が話す役目かな?と考えていた木村本部長は、マスターの有り難いアシストに心の中で感謝した。
氷室吾郎は酒瓶を投げてを繰り返し最後に利き手に戻す時にいつもの一回転より少し勢いを付けて投げ、半回転多く空中で回し、酒瓶が上下反対になるように掴むと、注ぎ口が下を向いてる事から予めシェイカー近くで受け取れるように投げており、直ぐに酒瓶をボストンシェイカーの下のパーツの真上に持ってくると、ポアラーを通して酒が少量ずつ一定量ずつシェイカーの中に注がれる。そして体で覚えた感覚を信じ、酒が流れ落ちる時間の長さで、目分量で必要な量を入れた後に、ヒョイっと酒瓶を半回転させてテーブルの上に置いた。
この目分量。当然マスターもマスターはしている。弟子に出来て師匠に出来ない道理が無いからだ。しかもマスターはポアラー等の酒が一定量ずつ落ちる等の便利な器具等は使わずに。それじゃ何故、普段はメジャーカップを使うのか?そう聞かれたら、そうした方が客の目から見て「ちゃんと作ってくれている」と言う安心感を与える為だけである。目分量で正確に計る事を簡単に出来るマスターにしてみたら、わざわざ手間を一つ掛けているだけである。
そうして目分量で「ビーフイータージン45ml」をシェイカーに入れた氷室吾郎は、次にまた違う瓶へと手を伸ばして、ネックを掴むとヒョイっと上に持ち上げた後、自分の方へと瓶を投げて手で受け止める。次に手にした瓶は先程、マスターの冷蔵庫から取り出した時に木村本部長すら驚かされた濃縮ライムジュースの「コーディアルライム」の瓶である。その瓶を、一番初めに見せた氷と同じように手の平を広げて、その上てクルッ!クルッ!と一回転ずつ回し続ける。
マスターはそれを見て。
「今行っている技の名前は【パームスピン】と言います。先程の技に比べて派手さはありませんが難易度は格段に高くなっています。これは、空の瓶等で試してみたら、お客さまの中には初めてでも成功する方もいると思われます。しかし氷室吾郎が回しているのは、中身の入った、それも中途半端に量の減った中身の入った瓶でございます。中の液体も当然、回転の遠心力の影響を受けて、外側へと瓶の中を流れます。その事により回転を安定させる事は非常に困難になります。」
「この技の取得には、現在はプラスチック製の練習用の酒瓶または、プラスチック製のペットボトル等を使いますが、私等が覚えた時分ですとわざわざ本物の酒瓶を持ち、割れないように海岸の砂浜の上で練習しておりました。」
とまたしても新しい技の解説を入れてくれたマスターと技を披露してくれている。氷室吾郎との二人に目をアッチコッチと移動させている三人と割りと冷静にマスターの言葉は半分ほど聞き流し氷室吾郎のパフォーマンスだけに集中している一人と合わせた四人は目の前のパフォーマンスを大いに楽しむ。
パームしながら「コーディアルライムジュース」を先程ジンを注いだシェイカーの下パーツの近くまで持ってくると、器用に注ぎ口が下になるように手を止め、またしてもシェイカーの中に目分量で濃縮された「コーディアルライムジュースを15ml」注いだ。
その後、氷室吾郎は酒とジュースを入れたシェイカーはそのままに、同じシェイカーに被せるフタの役割も同時に果たす上パーツを手に持ち、先程砕いた氷を、アイススコップで塊一つを取るとヒョイっと空中に投げ、それを器用に自分の腰から後ろに回したシェイカーの上パーツの中へと投げ入れた。見事に投げた氷を背中側と言う目で見えない位置でキャッチした瞬間に、約一人を除いた三人のお客さまから歓声が上がる。そして更にもう一つの氷の塊を同じように背中でキャッチした氷室吾郎は、カクテルの材料が入れられているシェイカーの下パーツに、氷が外に飛び出ないように勢い良く「ガポッ」と嵌めた。そうして氷室吾郎は右手で握り拳を軽く作ると顔の高さからそれを振り下ろし、シェイカーの上パーツの底を「ドン!」と叩いてシェイカー同士を密着させた。
目の前で大きな音がして少しだけビックリした、うららは「キャッ」っと可愛らしい小さな声を上げて、体を後ろに倒すと、彼女の左隣からそっと手が伸びて彼女の背中を支える。流石は腐ってもホストである。お客さまの事を意識から外すような事は無いのであろう。
そうして上下のパーツが合わさり一つとなったボストンシェイカーを両手で持ち。氷室吾郎は「シャッカシャッカ…」とボストンシェイカー独特の長いボディの中でかき混ぜられる独特の氷が鳴らす音を出しながら、時々クルンとシェイカーをパームスピンさせたりもして十分に中身をシェイクした。
そしてシェイカーを右手に。カクテルグラスの一脚を左手に持ち、カウンター席の一番左側に座る若いホスト東堂聖の前に立つと、ニコリと笑いかけ。
「お待たせひじきにはこのカクテルを……。」
「ギムレット。」
とカクテルの名前を告げた後に、カウンターに重ねて置いてあるコースターを一枚、東堂聖の前に置きそこにカクテルグラスを置いた後に、持っていたシェイカーの下パーツを左手に持ち、上パーツを右手でしっかりと持ち。上パーツだけを左右に少しずつ動かし、真空状態と摩擦熱により密着している状態から密着部に空気を送り込み、上下が分かれるようにするとカクテルグラスの上で卵を割るように少しだけ開き、中の液体のみを注ぎ。
そしてこれもバーテンダーの役目とばかりに目の前に座る仮称お客さまに向けてカクテルの説明を始めた。
「こちらのカクテル。ギムレットは、アメリカのシカゴ生まれの小説家、レイモンド・チャンドラー著の小説【The long good bye(長いお別れ)】に出てくるカクテルとして世界的に有名なカクテルでございます。そして通常であればフレッシュなライムジュースと甘味を付ける為に砂糖を小さじ一杯程度を使うのですが、今回はマスターの冷蔵庫の中から、とあるライムジュースを見つけ、それを使い小説オリジナルのレシピ【オリジナルギムレット】でのご提供となります。今の主流と違い少し甘味は強いですが、爽やかなジンとライムの風味をお楽しみ下さい。」
そう言って、ひじきごときにと心の中では少し思いつつも、そこはカウンターのこちら側に立つ以上は割り切り一人のお客さまとして相手をし、最後に一礼をして東堂聖の前から離れた。
材料の違いからか薄くほんのりと黄緑がかったカクテルを手に持つと、東堂聖はグラスに口を付ける前に、カウンターの中を小走りに、一番隅にしか無い水道のある流しへ駆けて使ったシェイカーを水で注ぎ、腕を軽く振り「ふん。ふん。」とシェイカーの水気を切っている氷室吾郎に向けて頭を下げて返礼した後に、一口だけ飲み干した。
口の中では言われた通り、ジン特有の苦味と共にライムの爽やかな香りと甘味が強く感じられ、とても美味しく感じた。
木村本部長は氷室吾郎があえて言わなかった「ギムレット」にまつわる逸話を少しだけ補足した。
「ひじき。あ〜飲みながらでいいから、そのカクテルには小説の中に登場する主人公の探偵と依頼人の【永遠】の別れを指す……。」
と言うと東堂聖はそれを聞き。
「え?永遠の?」
と少し大きな声を上げる。
木村本部長は早とちりしている、若いホストに向け。
「ちゃんと最後まで聞け。と言う意味もあるが【また明日】【また飲もう】と言う深い友情を指す逸話もある。きっと私が思うに、氷室君は後者の意味を込めてギムレットをひじきに。と作ったんだろうね。」
そう言って、若いホストを喜ばせた。




