表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/67

誓いの崩壊






銀座でのあの告白

「好きでした」から「現在進行形で好きです!」への

秒速の自爆を最後に、

星野蓮は本当に優里を避け始めた。




翌日。


「おはようございます」


オフィスに響いた優里の声に、

蓮の心臓が一瞬だけ跳ねる。


だが、蓮はあえて目を合わせなかった。


「おう……」


低い声で返事だけして、

すぐにパソコン画面へ視線を落とす。


(もう関わっちゃダメだ。昨日、決めたんだろ。これ以上、勝手に期待するのは俺がバカを見るだけだって……)


自分に言い聞かせるように、必死でキーボードを叩く。

優里が近くを通っても、絶対に顔を上げない。

それは「避けている」というより「逃げている」に近かった。


(もう、終わりにしないと。俺がこの熱を断ち切るしかない)



彼の心臓は優里の近くを通るたびに警鐘を鳴らし、

そのたびに痛みを覚えた。


それは優里への愛が終わった痛みではなく、

自分の勝手な愛が優里を遠ざけているという切ない現実だった。



昼休みも、優里を避けて、

人気のない場所で一人、冷たいパンをかじった。



優里のいない世界は味気なく、空気すら冷たい。


(これでいいんだ。優里はこれで平穏に過ごせる。俺は、遠くから優里の幸せを祈る、ただの同僚……)



「昨日から変じゃない?」


背後から声をかけられ、

蓮は心臓が止まりそうになる。


「い、いや別に!?」


動揺を悟られまいとするが、声が裏返っている。


(ダメだ……!やっぱり声を聞くと無理だ……!)



必死で「冷静モード」を保とうとしたが、

昼休みになる頃にはすでに心が限界を迎えていた。


(……もし俺が優里の旦那だったら。いや、夫婦じゃなくても、恋人だったら……。一緒に弁当食ったり、デートしたり、休日に二度寝したり……)


脳内で勝手に「優里との結婚生活シミュレーション」が始まる。

しかもその映像はフルカラー・高画質・大音量。


(くっ……!あかん!あかんあかん!!これ以上考えたら俺マジでヤバい!!!)



両手で頭を抱える蓮。

同僚からは

「え、星野さんどうしたの?」「仕事のストレス?」と

心配そうな目で見られるが、

蓮の脳内はすでに「新婚妄想」で満員御礼状態だった。



そして、本人だけが必死に「避けているつもり」なのに、

周囲から見るとただの挙動不審。

当然、優里にはすぐにバレる。


「あ、蒼司さん!」



ふと耳に入った優里の声に振り向いた瞬間、

蓮は心臓がひっくり返る思いがした。



スーツに身を包み、

余裕の笑みを浮かべた蒼司が立っていた。



(……忘れてた! いたんだった……!)



しばらく出張やらパーティーで姿を見かけなかったせいで、

完全に存在を記憶の隅に追いやっていた。



その間に、

優里と顔を合わせないように逃げていた間に、

蒼司が戻ってきたのか。


よりによって今。


「蓮、久しぶりだな」



余裕たっぷりの笑顔がこちらを向く。


(なんだその自信満々な顔。なんで俺が追い詰められてるみたいになってんだ。)


蒼司はちらと優里を見やり、

そして蓮にだけわかる低い声で囁いた。



「優里のこと、任せてもらう」


(……は? 任せるって、なんで俺が許可出す前提なんだよ! っていうか優里は俺の……いや、俺のってわけじゃ……でも!)



胸の奥が急にざわついて、言葉にならない。


愛を断ち切ると決めたはずの蓮の心に、新たな炎が灯る。


優里は首をかしげるばかりで、

二人の間に流れる緊張にまるで気づいていない。


(やばい、このままだと本当に優里を持ってかれる……!)



優里はそんな二人の火花になど全く気づかず、

のんきに首をかしげている。


(いやいやいやいや!! 優里さん、今どっちか選ばされる重大イベント始まってますから!! 気づいてぇぇぇえええ!!!!)



蓮の心のなかで警鐘がけたたましく鳴り響き、

切ない別れの決意は

蒼司という最強のライバルの出現によって、

一瞬で闘争本能へと切り替わった。





蓮は非常階段の影に身を潜めるように立っていた。


目の前では、優里と蒼司が並んで笑っている。


肩がほんの少し触れただけで楽しげに見えるその姿に、

胸の奥が締め付けられる。


(ちくしょう……。なんだよあれ、イチャイチャにしか見えねぇ……!)


唇を噛みながら、蓮は目を逸らすこともできずに固まっていた。


そんなときだった。

背後から軽い声が飛んできた。


「ありゃー、優里、相変わらずモテるなぁ~」



びくりと肩を揺らして振り返ると、

そこに立っていたのは優里の兄・優也だった。


余裕たっぷりの笑みを浮かべ、

まるで蓮の動揺をすべて見透かしているかのようだった。


「お、お兄さん!」


思わず声が裏返る。


優也は蓮の隣に立ち、前方の二人を眺めながら肩をすくめる。


「いいの? 取られちゃうよ?」


その言葉に、蓮の胸がぎゅっと締め上げられる。


「俺は、俺は……」


声が震え、言葉が先に続かない。


優也はその様子を見て、ふっと目を細めた。


「……そっか。この間の食事のとき、君が言いかけてたこと。あれを聞きに来たんだけどな」


「え……」


「心に傷を負ってる優里を、君は受け止めきれないってことだったんだね」


淡々と、突き放すような調子で告げられる。


蓮は息を呑む。


「ち、違っ……!」


だが優也は静かに微笑み、肩を叩いた。


「わかった。ありがとう」


その一言に、蓮の心臓が一気に冷たくなる。


「ま、待ってください! 俺は、俺は……!」


必死に言葉を探し、伸ばした手が空を切る。

それでも優也は振り返らず、低い声を残す。


「……傷つけるくらいなら、最初から近づかないでくれるかな」


その一言は鋭い刃のように蓮の胸に突き刺さった。

呼吸が詰まり、立っているだけで精一杯になる。


(俺は……俺は、どうすればいいんだ……?)


目の前で笑っている優里と蒼司の姿が、かすんで見えた。






帰宅後、優也の言葉が頭のなかで何度もリフレインする。



「傷つけるくらいなら、最初から近づかないでくれるかな。」



(俺が……優里を傷つける? そんなつもりじゃ……)



心臓がざわつき、鼓動が妙に大きく聞こえる。

足元がふらつき、壁に手をつかないと立っていられなかった。



(やっぱり……俺なんかじゃダメなんだよな。 御曹司なんて肩書きがあっても、中身は空っぽで、妄想ばっかして……。 優里のことを本気で好きになったって言ったって、結局は俺のわがままなんだ。 俺が近づけば、あの子を余計に傷つけちまう……)



自嘲するように笑った。

唇が震えて止まらない。


「……はは、なんだよ俺。ほんと最低じゃねぇか……」



蓮は部屋の灯りもつけず、ベッドに倒れ込むだけだった。

天井をぼんやり見上げる。


(優里の笑顔は、俺がもらっちゃいけないんだ。 俺が望むこと自体、間違いなんだ……)



そう思いながらも、

脳裏に浮かぶのは優里が時折見せる何気ない笑顔。


その笑顔が愛しくて、切なくて、

涙が滲んで視界がぼやける。



「……はは、やべぇな。俺……ほんと重症だ」


枕に顔を埋めると、堰を切ったように嗚咽が漏れる。

涙が止まらず、声を殺して泣く。


胸の奥に溜まっていたものがすべて零れ落ちていくようだった。



やがて嗚咽は静かになり、

ただ虚ろな目で天井を見上げるだけの時間が続いた。



(……これで終わりにしよう。 優里の幸せを願うなら、俺が消えるのが一番だ。 俺の感情なんて、邪魔にしかならないんだから……)



唇を噛みしめ、蓮は優里への愛を断ち切るという、

痛みを伴う決意を胸に、眠れぬ夜をただ過ごした。








翌朝。

星野蓮は出社した。



彼の顔からクマは消えていたが、

それは十分な睡眠をとったからではない。



愛と絶望に疲れ果て、

感情が一時停止したかのような虚ろな表情に変わっていた。



蓮は仕事はいつも通りに、

いや、いつも以上に完璧にこなした。



私的な感情を仕事に持ち込むまい、という意地と、

優里の存在を忘れるための逃避だった。


しかし、彼の心は満たされない。

どんなに数字を積み上げても、どんなに契約を成立させても、

優里の冷たい声と優也の最後の言葉が、彼の内側を削り取る。




ふと、蓮は優里の席を見た。


椅子は空っぽ。

デスクの上はきれいに片付いている。


優里は今日、大口顧客のイベント設営準備のため、

終日外出しているはずだった。


(……これでいいんだ)


蓮は胸の痛みを噛み殺した。


会わない方がいい。


会えばまた余計な期待をして、

余計な言葉をこぼし、優里を傷つけるだけだ。


優里の幸せを願うなら、遠ざかるのが正解だった。




蓮が冷めたコーヒーを飲み干し、

自己暗示をかけていると、内線電話が鳴った。


「星野さん! 至急、社長案件だ!」


相手は経理部長だった。

声はドタバタと焦っている。


「大変なんだ! 大口の取引先から、今朝提出したばかりの修正案に、致命的な変更指示が入った! 今日中に再修正して、先方の担当者が帰るまでに決済を得て提出しないと、契約自体が流れる!」


蓮は一気に頭が覚醒した。


契約が流れる。

それは優里の会社にとって大打撃だ。


「優里の決済は!?」


「それが問題なんだ! 社長はイベント会場の設営の最終確認で電話も繋がりにくい。しかも、今、社内は全員手が空かない! 社長の印鑑が必要なんだ!」



修正作業は蓮が徹夜で片付けた。

しかし、電子決済は優里の目の前で最終確認が必要な重要事項だ。


「頼む、星野さん! あなたしかいない! 修正案のデータを持って、イベント会場まで行って優里社長に直接決済をもらってくれ!」


蓮の心臓がドクリと跳ねた。


(会わない方がいいと決めたばかりなのに……! 俺の決意なんて、現実は一秒で無視するのか!)


蓮は重い足を叱咤激励した。


私情は脇に置け。


これは優里の会社、優里自身を守るための仕事だ。

愛の告白も妄想も、今は全て封印する。



蓮は重要なデータをUSBメモリにコピーし、

「優里の幸せ」という名の仕事を遂行するため、

イベント会場へと向かった。



蓮はモヤモヤとした重い気持ちを抱えたまま、

イベント会場の雑然とした空間に入った。



企業のブースや設営資材が並ぶなか、

彼の目はすぐに目的の人物を捉えた。



優里はすぐにみつかった。


シンプルなパンツスーツに身を包んでいるだけなのに、

その際立つ美貌は、

会場のどの照明よりも眩しく輝いていた。



(すげぇな、マジで。 どんな格好してても絵になるって、やっぱ芸能人レベルだよ……)


蓮は、優里の非日常的なまでの可愛らしさに

呆れるしかなかった。



昨夜、心を断ち切ろうと決意したばかりの彼の覚悟が、

一瞬で揺らぐ。



優里を見つけると、

彼女は運営委員会の担当者と話しているところだった。

相手の笑顔が妙にねっとりとしている。


(……ん?)


よく見ると、優里が困った顔をしていた。

眉が寄り、返事を濁し、少しずつ後ずさっている。


「……っ!」


いつもの氷点下の冷静さが消え、

微妙に表情が固まっているのが見て取れた。


蓮は咄嗟に、近くの展示ブースの影に身を潜めてしまう。


(ちょ、ちょっと待て。これ、俺が出ていって助けるパターン……?いやいや、俺なんか出しゃばらなくても、どうせ誰かが止めるだろ)


そう思うことで、

優里を避けるという自分との約束を守ろうとした。


しかし、現実は蓮の逃避を許さなかった。

優里の周りには女性のスタッフは一人もおらず、

むしろ優里の周りには男しかいない。


彼らの視線や距離感が不自然に近く、

優里も後ずさりしていくのが見えた。


しかも、みんな彼女の困惑には気づいていないのか、

むしろニヤニヤと成り行きを見ているようにすら見えた。


蓮の脳内に、警報が鳴り響く。


(……は?おいおい、これ、もしかして……)


蓮の脳内に、

ありもしない最悪のシナリオが炸裂した。


(おいおいまさかこんなところでないよな!? 優里の傷の過去も優也さんから聞いたばかりなのに、こんな人目のつかないところで……!)





イベント準備の混乱に紛れて、強引に腕を掴まれる優里。

人目を盗んで、暗がりに引き込まれる優里。

そしてそのまま……。




(や、やめろぉぉぉ!!!そんな展開、昼ドラの再放送でもねぇんだぞ!?)


必死に頭を振るが、妄想は勝手に暴走する。



自分でも気づかないうちに、

蓮の足は一歩前に踏み出していた。



隠れていた柱の影から飛び出した瞬間、

周囲の空気が変わった。


本来の立ち居振る舞いは

生まれ持った家柄と教育の賜物だ。


姿勢は凛とし、声はよく通る。


「優里さんに何か御用ですか?」



低く、よく響く声に、

運営委員会の担当者たちが一斉に振り返る。


その目に映ったのは、整った顔立ちと、

ブランド物のスーツをさらりと着こなす蓮の姿。


ほんのり笑みを浮かべながら、鋭い目を光らせる。

まさに「彼氏登場」の演出そのもの。


「えっ……彼氏……?」

「ちょ、マジかよ……」

「いや、そりゃ太刀打ちできねえだろ……」



ざわざわしていた男たちが一瞬で散り散りに引いていく。

誰も逆らわない。


むしろ最初から勝負にすらなっていなかったかのように、

蜘蛛の子を散らすように去っていった。



残されたのは、優里と、

ドヤ顔を隠すのに必死な蓮だけ。


「……助かった。ありがとう、蓮くん」



その言葉。

その笑顔。


蓮の胸に、バズーカ砲級の衝撃が走った。


(き、来たーーーーッ!! 優里が俺に「ありがとう」って言った! しかも、これ……完全に彼氏枠じゃん!? いやいやいや、待て待て俺。ここで勝手に恋人ごっこしたらダメだ……でも、でも……え、今の、今の空気……誰がどう見ても俺=彼氏って思ってるよね!? 会場のスタッフ全員そう見てたよね!?)



外側では「当然です」とでも言いたげに

落ち着いた笑顔を浮かべていた。


御曹司モード全開。

だが内心はもうパレード。


(やばい、今日だけでプロポーズまで進展しそう……!!)



蓮は決済の仕事を終え、

優里の周りをうろついていた男たちを瞬時に排除し、

優里の「ありがとう」という最高のご褒美を手に入れた。


しかし、彼は自分に課した

「終わりにしよう」という誓いを忘れてはいなかった……


(……つもりだった)。



彼は優里に別れを告げる間もなく、

データ提出の最終報告を終え、

速やかに会場を後にしようとした。



(これでいい。 颯爽と去る。 優里の記憶には「いざという時に頼りになる同僚」として俺が刻まれていれば十分だ。愛は断ち切る!)



蓮は後ろを振り返るまいと、

足早にエントランスへと向かう。



優里が自分を追いかけてくるはずがないと、

頭では分かっていた。



その時、背中からスーツの生地が

軽く引っ張られる感触があった。


(……お?)


蓮は全身が硬直した。

その微かな力が、彼の心臓を鷲掴みにした。



「……あの」


その声は、いつもの冷たさや呆れを含んでいなかった。

少しだけ、疲れていて、寂しそうで、切実だった。


蓮がゆっくりと振り返ると、

優里は彼のスーツの裾を軽く握ったまま、

視線を下に向けていた。


「あのさ……もうちょっと、そばにいてほしい」



蓮の脳内で巨大な爆弾となって炸裂した。


(そ、そばにいてほしい……? 優里が、俺に? あのクールで、誰にも弱みを見せない優里が、俺に!?)




蓮が昨夜ベッドの上で流した涙

銀座での決意

優也の最終通告


全てが、一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ。



優里の肩越しに見える夕暮れの光が、

まるで奇跡の演出のように見えた。



「う、うおおおおぉぉ……」


彼は声にならない呻きを上げながら、

優里の手が触れているスーツの裾を必死に見つめた。



(終わりにしようとしたのに! もう諦めようとしたのに! こんな、こんなご褒美を、神様は用意していたのかぁぁぁ!!!)



蓮の「愛を断ち切る」という固い決意は脆くも崩れ去り、

代わりに優里への愛と妄想が、

天井知らずの勢いで復活した。



「い、います! 一生そばにいます! なんなら、今から引っ越し作業を始めます!」


優里は疲れた表情を呆れたものへと変え、

冷徹なツッコミを放つ。



「……は? そんな大袈裟なこと言ってないでしょ。ただ、資料整理を手伝ってほしいだけなんだけど」



その現実的な一言で、蓮の頬の熱は急速に冷めたが、

心はすでに優里に囚われていた。


彼は優里の隣にいられるという事実だけで、

天にも昇る気持ちだった。




不思議そうに小首をかしげる優里。

その仕草すら爆弾で、

蓮の理性はギリギリのところで崩壊寸前だった。


(……ああもう! 何でそんな無防備なんだよ! 好きだって言わせる気満々じゃねぇか! ……いや、違うか。優里はただ自然にしてるだけなんだよな。俺だけが勝手に苦しんで……勝手に黙って……)



現実ではただ「いえ、大丈夫です」と

小さな声で答えるしかない蓮。


妄想と現実のギャップに

押しつぶされるような苦しさを抱えたまま、

彼は優里の隣を歩き続ける。


だが、頭は熱く、

足元はふわふわしている。



そんな堂々巡りの最中……。



「っわあっ!?」



蓮の足がもつれた。


紙袋に引っかかったのか、ただの注意力散漫か。


とにかく、次の瞬間には

優里の肩を強く押す形になってしまっていた。



……ドンッ。


二人は展示ブースの受付台の上にバランスを崩し、

蓮は完全に優里を押し倒す格好に。


会場内の数人が「え?」と振り返る。


(や、やべぇぇぇぇ!! これ、少女漫画の王道イベントじゃねぇか!! 押し倒して、そのまま目が合って、唇が触れ合って……!?)



脳内の蓮は、すでにスポットライトに照らされ、

BGMが甘く流れ、

スローモーションでキスするシーンを再生していた。



背景には花びらが舞い散り、

観客(※妄想)たちが「キャー!」と黄色い声援を送っている。



(来た! 来たぞ俺の人生最大のイベントがァァァ!!)



……しかし現実の優里は。


「……重い」



冷たいひと言が、心臓にダイレクトヒット。

会場の空気が一瞬で引き締まった。


「ご、ごめんっ! いや違うんだ、これは不可抗力で!」


慌てて起き上がり、手をバタバタさせる蓮。



優里はため息をつきながら服を整え、

淡々と書類を拾い上げた。


「ほんと気をつけてよね。仕事中なんだから」


蓮のなかで、

バラ色の妄想は木っ端みじんに吹き飛んだ。


(ちくしょう……俺の頭んなかの花びら返せ……!!)


「……終わった。今ので俺の株はマイナス三万点だ……」



蓮は地面に沈み込みそうな気分になった。



しかし数秒後……。


(いや待てよ? 『重い』って言葉……あれ、ただの物理的な意味だったんじゃないか? 俺が上に乗っかって重かったからそう言っただけで……実際は内心ドキドキしてた可能性もゼロじゃないよな!?)



瞬時に脳内法廷が開廷される。


検察官・蓮が「重い=嫌悪」と主張する一方、

弁護人・蓮が「重い=物理」と反論し、

陪審員・蓮たちがざわざわと議論を交わしていた。


(それに……見ろ、この赤くなった頬! あれ、恥ずかしさの表れじゃねぇの!? 俺のことを意識しちゃってる証拠なんじゃ……)



もちろん現実には、

優里の頬は「会場のライトのせい」で

ほんのり照らされているだけだった。


だが蓮の妄想センサーには、

「恋の赤面」にしか変換されない。


(やっぱりそうか……! 優里、押し倒されたとき……内心は『キャッ』ってなってたんだな!? ……クゥゥッ! 俺はなんて罪深い男なんだ!)



脳内では、優里が胸に手を当てながら

「仕方ないなぁ……」と頬を染める姿が再生されている。


現実の優里は、

台車をゴロゴロ押してポスターを運んでいる。


「…………ああ、俺ってほんと幸せ者だ」


蓮は感極まって天井を仰いだ。



周囲のスタッフたちは

「大丈夫か、あの人……」と距離を取り始めていた。



蓮は、まだ妄想の余韻に浸ったまま、

周囲の冷たい視線を背にしながらも幸せそうに微笑んでいた。




「……あんた何やってんの?」



優里の氷点下の冷たい声に、

蓮は慌てて視線を逸らし、

咄嗟に台車をさりげなく変わる。


(よし……これで少しは格好つくか……)


「ねぇ、前から思ってたんだけど」


優里が話しかける。


「なに?」


蓮は無意識にドキドキしながら返す。


「前からそんな妄想ひどいの?」


蓮の頭のなかで、

過去の自分の暴走妄想が走馬灯のように蘇る。


(がーん!!まさか優里に元遊び人の過去まで掘り返されるのか…)


「んなぁわけあるかよ!優里と出会ってからだよ。誰かを本気で好きになったのは」


(優里と出会う前からこんな妄想全開の爆弾野郎だったら、ただのヤバいやつじゃねぇか!!)


蓮は必死に弁解する。


「…そう。」

「前からおかしいなら、精神科紹介してあげようかと思ってたのに」


優里はさらっと、鋭く返す。


「ひっど!俺をなんだと思って!!」


蓮は思わず声を荒げるが、心のなかでは戦慄する。


(ちょっと待って、なんで紹介できる精神科知ってるんだ?もしかして……過去に通ってたのか…?)


優里はさりげなく視線をそらす。


(もしかしてリストカット!?)


蓮は咄嗟に優里の腕をまくり上げて確認する。

しかし、そこにあるのは健康的な肌。

傷のひとつもない。


「……あんたバカ?」


優里はあきれたように呆れ、冷静に言い放つ。


蓮は顔を真っ赤にしながらも、

悔しさを押し殺すように声を出す。


「じゃあ、なんで精神科知ってんだよ!」


「…べつに」


優里は淡々と、巧妙に話をかわす。


(避けられた……!絶対になんかある!)


蓮の心臓は早鐘を打ち、頭のなかで妄想が暴走する。


(隠してるに違いない…!もしかして、過去に病院通ってたとか…!?いや、まさかそんな…)



蓮は腕まくりの確認で得た「異常なし」の事実に、

一瞬安心したかと思いきや、

すぐに別の疑念が頭をもたげる。


(でもでも!精神科知ってるなんておかしくないか?もしかして…)


頭のなかで妄想が暴走する。


蓮は学生時代の優里の過去を勝手に思い描き、

心の傷にまで想像を膨らませた。


(そうだ! 優里は学生時代、その美貌のせいで標的になったんだ!心に深い傷を負った! だから人に心を許さない! )

( あのクールな鎧は、過去の悲劇から自分を守るための、痛ましい防具なんだ!))

(だから、俺なんかが近づいたらダメなんだ…。優里を守らなきゃ…!)


蓮が自作の悲劇に酔いしれ、

優里の肩に手を伸ばそうとした瞬間



「違うっていってるでしょ!」


優里の鋭い声と共に、蓮は右足の脛に激しい衝撃を受けた。


優里に蹴り飛ばされたのだ。

蓮は情けない声を上げ、よろめいた。


「いっっつぅぅぅ!」


優里は深いため息をつき、

心底嫌そうな顔で蓮を見下ろす。


蓮は痛みに耐えながら、顔面蒼白になった。


(い、今俺心のなかで喋ってたよな!? 声に出てなかったよな!? 妄想は脳内で完結してたはずだ! なんで優里に内容がバレた!? なんだ、エスパーとかなのか!?)



膝を抱え、目を見開き、完全にパニック状態の蓮。


優里は冷静そのもの、

蓮は妄想と現実のギャップに翻弄され、

頭のなかで思わずツッコミを入れながらも身動きが取れない。


(やばい…またやりすぎた…!でも…心配しちゃうんだよ!俺は…!)


蓮の妄想と現実の境界線は、すでに崩れかけていた。


その時、優里はフッと、わずかに表情を緩めた。



「……でも」


優里は顔を少し横に向け、目線を逸らしながら、

ほとんど聞こえないほどの小さな声で言った。


「心配してくれて、ありがとう。 嬉しかった」


それは優里史上、最も優しく、

最も「デレ」に満ちた言葉だった。



蓮の顔は一瞬で蒼白から真っ赤なリンゴへと変わり、

悶絶のあまり、その場に崩れ落ちそうになった。


(き、来たぁぁぁぁ!! ツンデレのデレが、完全に来たぁぁぁぁ!!!)


優也の警告も、リストカットのデマも、

すべてがこの瞬間のための前座だったと、蓮は勝手に確信した。


「うぐっ……! 優里……! 俺は……俺は……っ!」


彼は胸を掻きむしり、呼吸ができない。


まるで酸欠状態のように口をパクパクさせた。


(どうしよう、この可愛さ、俺の心臓が耐えられない! 今すぐ抱きしめたい! いや、今は我慢! 優里の心を、そっと守らなければ! でも可愛い! やっぱり抱きしめる!)


蓮は喜びと葛藤で体全体を波打たせ、悶え苦しんだ。


優里は「面倒なことになった」という諦めの表情で、

狂乱する御曹司を冷めた目で見つめるしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ