【それぞれの思い】①
それは、本当に嬉しいニュースだった。
ブ―、ブ―。
晴れやかなブザーの音。私は軽い足取りで玄関へと向かう。
ドアを開けるとそこには、ちょっとはにかんだ栗毛の少年がいた。
「郁人くん!」
「相変わらず元気だな、アンタは」
「当たり前だよ。嬉しくないわけないじゃない。お帰り、郁人くん!」
郁人くんは少し照れくさそうに、だけど今までで一番の笑顔を浮かべた。
「ただいま」
☆ ★ ☆ ★
「突然で悪いけど、俺、もうそろそろここを出ようと思うんだ」
ソファに落ち着くなり、郁人くんがそう切り出した。
「本当に突然ね」
「俺の準備ができたら出て行くって、親父さんとの約束だったろ? もうその時期だって思ってる」
「これからどうするの?」
「親父に会いに行く。ねじれてそのまんまになった問題を解決しなきゃいけない。じゃないと、お互いに後味が悪いし」
「大丈夫?」
返事の代わりに、郁人くんは力強く頷いた。
「明日行く。もし親父がいなくてもじいちゃんとばあちゃんはいるだろうし、今ならもれなく兄貴もいるんだろ?
きっちり落とし前つけて、学校に叩き込んでやるから、セラは安心してな」
「じゃあもし話が終わったら……ここを出て行ったら、郁人くんはどうするの?」
「そうだな。こうなったらもう意地張ってる場合じゃなくなったしな。話の流れであわよくば一緒に住めればって思ってる。学校もあるしさ。
でも何があるかわからないから、最終手段としては、叔母さんを頼るしかない」
「叔母さんって、彩子さんの妹さんのことだよね」
「ああ。気が強くて、だいぶ前に出てったらしい。頭の固いじいちゃんと大喧嘩してな。
でもおふくろとはすごく仲がよくて、面倒見のいい人だったから俺たちにもよくしてくれたんだ。……独身だし、負担になるだろうからあまり気は進まないけど」
「そう……」
すらすらと出てくる答えは、郁人くんが真剣にこれからを考えていたことを表している。
きっと頑なな意思なのだろう。なら、私が口出しすることはない。
「わかった。私は、郁人くんを応援してるから」
頷いたときに見えた郁人くんの笑顔と、ちいさな希望。
真っ暗だった彼の道にも、やっと光が差したのだろう。
私にできることは、彼の歩んでいくさまを見守ることだけ。
それでもよかった。流れゆく時が、彼を置き去りにしないならば。




