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パパが最強すぎて異世界がバグった件  作者: ねこあし


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9/20

第9話「王立魔法研究所から“国家級のお願い”が届いたんですが、パパは断固拒否しました」

 レグナス王国・第七区の安宿《銀の月亭》。


 木々の隙間から朝のやわらかな陽光が差し込み、一階の食堂兼ロビーには、焼きたてのパンの香ばしい匂いとスープの湯気が漂っていた。


 朝食のテーブルで、まひるが木のさじで温かいスープを口に運んでいたその時である。


 普段は愛想の良い宿の主人が、どこか引きつった笑みを浮かべ、両手で恭しく一枚の封筒を携えて一真たちのテーブルへと歩み寄ってきた。


 それは、一般的な手紙とは一線を画す異彩を放っていた。


 手触りの良さそうな厚手の羊皮紙は銀の縁取りが施され、中央には鮮やかな濃紺のシーリングワックス――王家直属の紋章である「交差する翼と魔導杖」の刻印が、重々しく押し戴かれている。


 まひるは木さじを止め、まじまじと封筒の表面に記された羊皮紙の文字を読み上げた。


「差出人は……『王立魔法研究所』? ……なにそれ、一瞬で国家権力の臭いが漂ってくるんだけど。……怖いよパパ」


「……」


 まひるが首をすくめて身構える中、一真は特に動じた様子も見せず、無言のまま大きな手で封筒を受け取った。


 親指の爪を滑らせて封蝋を力任せにパリッと割ると、中に収められていた上質な紙を滑り出させ、目線を一通り巡らせる。時間にして、わずか三秒。


 一真は手紙を二つ折りにし、即座に口を開いた。


「却下だ」


「早っ!? まだ一文目しか読んでないでしょ!?」


 一真がテーブルの端へ無雑作に投げ捨てた手紙を、まひるは慌てて拾い上げ、広げて内容を目で追った。そこには、格式高い流麗な達筆でこう記されていた。


《拝啓 異世界より現れし、その拳をもって魔導の理を打ち砕きし猛者 殿

突然のご連絡の非礼をお許しいただきたい。我々王立魔法研究所は、先般の中央広場における貴殿の超常的な観測データ、および昨夜の酒場における『ピヨン召喚事件』に関する報告を受け、多大なる感銘と驚愕を禁じ得ない。つきましては、貴殿の並外れた戦闘力と知識を讃え、ぜひとも当研究所の最高戦略顧問としてお迎えしたく――》


「……完全な国家レベルでのスカウトじゃん! なにこれ、普通に考えたら人生の一発逆転とか、いきなりの昇進みたいな話じゃないの!?」


 まひるの問いに対し、一真は出された冷めたお茶を一口飲み、眉一つ動かさずに言い放った。


「制服がダサいから却下だ」


「理由それだけ!? 国の一大機関からのオファーを制服のセンスだけで突っぱねる人がある!?」


 一真は投げ捨てた封筒を、視線だけで不快そうに弾いた。


「それにな……こういう甘い言葉で近づいてくる組織ってのは、碌なことにならんのだ。一度でも権力者の傘下に入ってみろ。自由な行動は完全に制限され、上からの理不尽な命令に縛られ、都合の良い駒として使い潰されるのが目に見えている」


 一真の眼光が、一瞬だけ遠い過去を追うように鋭く細められた。その言葉の重みに、まひるはハッとして自分の記憶を探る。


「……ねえ、その話、どこかで聞いたような気がするんだけど。……確かパパが昔、自衛隊にいた頃、現場の安全を無視した脳筋の上官と殴り合いの口論になって、そのまま階級を据え置かれて干されたっていう……」


「言うな。忘れたくても忘れられん過去のバグデータだ」


 一真は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、最後の一切れのパンを口に放り込んだ。自衛隊という巨大な組織機構の中で、現場を知らない上層部の理不尽に抗い続けた苦い記憶。それが、この異世界において彼が「いかなる組織にも属さない」という頑固なまでのスタンスを形成していた。


◇


 だが――王立魔法研究所という組織もまた、一度目をつけた獲物を簡単に諦めるほど甘くはなかった。


 翌日の午前中。


 昨日の騒動を避けるため宿の部屋で過ごしていた父娘のもとに、早くもその「刺客」はやってきた。


 トントン、と規則正しくノックされたドアが開くと、そこには一人の女性が立っていた。


「……ご挨拶が遅れました。我は王立魔法研究所・第三分析室長、主任魔導学士を務めております、クレメンタイン=サリファスと申します」


 彼女は一礼し、凛とした声を部屋に響かせた。


 すっと伸びた背筋、腰まで届くプラチナブロンドの髪を後ろで一つに結び、知性的な青い瞳には強い意志が宿っている。着用しているのは、白衣を思わせる清潔な白い布地に、銀の細工刺繍が施された洗練されたロングローブ。そして彼女の背中には、太い革ベルトで固定された、厚さ十センチはあろうかという巨大な革装丁の魔導書が背負われていた。


 あまりにも出来上がった「異世界の理知的エリート」の登場に、まひるは思わず息をのんだ。


 ……しかし、隣に立つ男の感想は全く異なるものだった。


「なるほど。手紙にあった通り、確かに制服がダサいな」


「そこ!? 初対面の第一声で相手の正装を全否定する!?」


 まひるのツッコミに、クレメンタインは一瞬だけ呆気にとられたようにパチパチと瞬きをした。しかし、長年研究者として数々の変人を相手にしてきた経験からか、彼女はすぐに眉ひとつ動かさぬ鉄のポーカーフェイスを取り戻し、真っ直ぐに一真を見つめ返した。


「失礼。衣装の評価については個人の主観ですので脇に置かせていただきます。……ですが、私が本日こうして直接足を運んだのは、『あなたにお願いするため』ではありません」


「……ほう?」


 一真の眉根がピクリと跳ね上がる。


 クレメンタインは一真の鋭い視線を正面から受け止め、その細い指先を、一真の背後に隠れるように立っていたまひるへと向けた。


「私が真に興味を抱いているのは……そちらの娘さんの持ち得る、『未知なる力』についてなのです」


 瞬間――。


 ズウッ……と、部屋全体の気圧が目に見えて跳ね上がった。


 一真が一歩を踏み出しただけだった。だが、その身体から放射されたあまりにも密度度の高い「殺気」と「圧迫感」が、実体を持った不可視の壁となって部屋中の空気を押し潰す。窓ガラスが微かにカタカタと震え、クレメンタインの着ている白衣風ローブの裾が、風もないのに後ろへと押しやられた。


「興味の中身を、三行で説明しろ。……内容次第では、お前ごとそこの壁を吹き飛ばす」


 一真の低く響く声には、絶対の威圧が込められていた。愛する娘を実験動物か何かのように扱おうとする気配を察知した途端、彼の全神経が「脅威排除モード」へとシフトしたのだ。


「っ……!? (な、何という密度のプレッシャー……! 魔法の詠唱も魔力の展開すらなく、ただの存在感だけで大気を歪めているというのか!?)」


 クレメンタインの額に、ツッと一筋の冷や汗が伝い落ちた。彼女の背負う重厚な魔導書が、一真の放つ圧力に反応して微かに共鳴音を立てる。だが、彼女は怯んで一歩退くどころか、その瞳に情熱的な知性の光をいっそう強く輝かせた。


「こっ、こわっ!? 言います、順を追って説明しますから、その理不尽な圧力を収めてください!」


 クレメンタインはコホンと小さく咳払いをし、姿勢を正すと、研究者としての真摯な口調で語り始めた。


「昨夜、酒場で観測された娘さんの召喚術式……および演算魔術。あれは、我々が数千年にわたって積み上げてきた『この世界の魔法の理』と、根本から大きく異なっています」


 まひるは首をかしげた。


「異なっている……って、どういうことですか?」


「我々の世界の魔法とは、『霊子(マナ)への語りかけ(詠唱)』と『強い意志による形象化』が基本です。故に、術者の感情や集中力によって出力がブレやすく、時に牙を剥いて『暴走』という悲劇を引き起こす」


 クレメンタインはまひるの瞳を直視し、熱っぽく言葉を重ねた。


「しかし……娘さんの行使した術式には『感情のブレ』が一切存在しなかった。まるで、あらかじめ精密に構築された『厳密な論理式』と『無駄のない命令体系』によって、大気中のマナを完璧な機械のように制御・処理していた……。あのような安定した魔導処理のプロセスを、私は見たことがありません」


「あー……」


 まひるは苦笑いを浮かべ、自分のリュックサックを少し引き寄せた。


「ええと、凄そうなこと言われてますけど……私はただ、いつも通りノートパソコンでPython(パイソン)のコード書いて、関数呼び出して実行してるだけなんですけど……」


「パイソ……っ!? それが……それが、あなたの故郷に伝わる『新たな古代語魔法の言語』の名なのですか!?」


「ちがいます!! ただの汎用プログラミング言語です!!」


 即座に叩き込まれたまひるのツッコミにも衰えず、クレメンタインの目はさらに爛々と輝きを増していった。


「その『パイソン』と呼ばれる論理構造を解析し、我が研究機関の魔導体系に応用することができれば……過去に幾度となく人々を苦しめてきた『魔法暴走事故』や『召喚獣の制御不能』といった悲劇を、未然に防ぐ理論が完成するかもしれないのです!」


 クレメンタインは胸に手を当て、深く頭を下げた。


「お願いです。世界をより良くするための研究として……どうか王立魔法研究所に一日だけで結構です、お力を貸していただけませんか」


 真っ直ぐで、一切の邪心を含まない研究者としての熱意。


 まひるは一真の顔を見上げた。一真は腕を組み、眉間に深い皺を寄せたままクレメンタインを見下ろしていたが、やがて重い溜息を一つ吐き出した。


「……まひるが行くというなら、俺も行く」


「えっ? あ、ええと……父上殿は必要というか、その、研究室は機密も多いので控室で待機していただく形でも――」


「一緒に行く。娘の横を片時も離れるつもりはない」


 一真の眼光が再びギロリと光り、容赦のない「圧」がクレメンタインを襲う。


「あ、圧が強い……!! わかりました、同伴を許可します……っ!」


 クレメンタインは降参するように両手を挙げ、引きつった笑みを浮かべた。


 というわけで、次回――父娘、ついに王立魔法研究所へ!


 ドタバタと国家機密だらけの最高峰の研究機関に、最強の過保護父親と“異世界バグ製造娘”のコンビが突入する!!

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