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パパが最強すぎて異世界がバグった件  作者: ねこあし


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第5話「それ、コードで動く魔法ってことでOKですか?」

 学都レルファリアの核心部、「白亜の塔」地下一階に設けられた第二特別実験室。


 石造りの壁面には遮魔の銀線が幾重にも巡らされ、部屋の中央には重厚な黒檀の実験台が据えられている。そこには、純白の実験用ローブを羽織った老若男女の魔導士や、青い前掛けをした見習い技術士たちがずらりと押し寄せていた。


「――はい、ではこちらが私の“ノートパソコン”です。OSは軽量化したカスタムLinux。魔力圧縮演算に関しては、ローカル環境で立ち上げた仮想エミュレータサーバで処理しています」


 少しぶかぶかの白衣を腕まくりしながら、東雲まひる(十六歳・理系女子高生)は胸を張って言い放った。


 黒いポータブル端末の液晶画面には、黒地に緑色の英数字が高速でスクロールするターミナル画面(コマンドライン)が表示されている。


 だが、息をのんでその画面を凝視していた異世界の優秀な頭脳たちの反応は――。


「……おーえす? 娘さん、それは『超上位霊魂(オーバーソウル)』の略称ですか? この黒い箱の中に、古代の精霊王の魂でも封印されていると……!?」


「圧縮演算というのは、我が塔に伝わる『魔力圧縮呪文《コンプレッション・スペル》』の中位派生術に相当するものなのでは……? しかし、詠唱も触媒もなしにどのように精神力を……」


 見事に、まったく通じていなかった。


「ちがう! そうじゃない! 精霊王も霊魂も入ってないから! ただの半導体と電気信号!」


 まひるは両手で頭を抱え、深々とため息をついた。


 そう、根本的な問題として、この世界には「ソースコード」や「デジタル情報」という概念そのものが存在しないのだ。


 彼らにとって魔法とは、神への祈り、精霊との対話、あるいは血脈に眠るイメージと儀式によって発動する「神聖な奇跡」だった。


 だが、話を聞き込むうちに分かったこともある。一部の先端技術者たちは、魔導具の制御装置を作るにあたり「数式魔法」という形で、魔法陣の図形を幾何学的な数値へと置き換える試みを始めていた。つまり、彼らの技術体系は今まさに、まひるの知る「プログラミング」の黎明期へと足を踏み入れかけている……というのが現状だったのだ。


「言葉で説明しても埒が明かない……! なら、ここは一気に“作って見せる”しかないか!」


 まひるは袖をもう一段捲り上げると、カバンから一本のコードを取り出した。


 それは彼女が昨夜、自室でハンダごて代わりの微小加熱魔具を使い、PCのUSBポートと異世界の魔導接続端子(魔石の接点)を強引にはんだ付けして試作した『USB-魔素変換シリアルケーブル』だった。


 実験台の上に置かれた、ぼんやりと青白く輝く石板型の端末――『魔導板』。


 その側面の接続孔にカチリとケーブルを挿し込む。PCの画面上に『Device Connected: Mana-Board Rev1.0』の文字が浮かび上がった。


「よし、ポート認識OK……。ここから魔法陣制御装置の試作プログラムを書き換える!」


 カタカタカタカタッ――!


 静かな実験室に、軽快で高速なキーボードの打鍵音が響き渡る。


 まひるの指先がキーの上を滑るたび、エディタ画面の上に整然としたC言語ライクなコードが描かれていく。


C

#include <mana_core.h>


void main() {

ManaStream stream = init_mana_port(PORT_0);

set_frequency(&stream, 440.0); // 励起周波数


for(int i = 0; i < 8; i++) {

pulse_trigger(&stream, PULSE_HIGH);

delay_ms(50);

}

summon_entity(ENTITY_SUMMON_BIRD_MINI);

}


「な、なんだあの高速の刻印術は……!? ペンも羊皮紙も使わずに、文字が一瞬で並んでいく……!」


「あの記号群……『if』? 『for』? 呪文のようだが、文法が極めて規則的だぞ!?」


 後ろで見守る技術士たちが、息をのんで画面を覗き込む。


 そして、その日の午後。


「コードビルド完了、エラーなし……。起動……っと。うまくいけ……よしっ!」


 まひるが『Enter』キーを強く叩き込んだ。


 コマンドラインから放たれたデジタル信号が、シリアルケーブルを駆け抜け、魔導板へと注入される。


 次の瞬間、実験台の中央に置かれていた拳大の石製立方体(魔素発振コア)が、脈動するようにブワッと強い光を放ち始めた。


 キーボードから送られるパルス信号に同期して、立方体の表面に刻まれた微細な幾何学模様が、順番に青く明滅していく。一回、二回、三回――。


 規則正しい光の明滅が収束し、空気中の魔素密度が急激に高まった、まさにその時。


 ポフッ!


 小さな煙の輪とともに、光の粒子がキュッと凝縮し――手のひらサイズの、キラキラと輝く小さな鳥型の魔法生物が空中に出現した。


「ぴぃっ!」


 愛らしく鳴きながら、光の小鳥はまひるの頭の上をくるくると楽しそうに飛び回り、そのままパッと弾けて光の粉となって消えた。


「!? えっ、出た!? 召喚魔法、コードで動かしちゃったの!?」


 最前列にいた老魔導士が、帽子を跳ね飛ばさんばかりに驚愕して叫んだ。


「召喚術といえば、通常なら最低でも三人の術者が一時間以上念じ、羊皮紙三枚分の大魔法陣を描いて発動させる高級術式だぞ!? それを、あの小さな箱を叩いただけで……!?」


「種明かしをすれば簡単なことですよ」


 まひるは鼻を高くし、自慢げに人差し指を立てた。


「制御コードで魔導陣の展開プロセスをミリ秒単位で細分化して、魔力流をデジタルなパルス信号としてトリガーにしただけです! 精神力で無理やり抑え込むんじゃなくて、ロジックで順番にスイッチを入れてあげれば、誰がやっても同じ結果が出ます!」


「言っている意味の八割は分からんが、とにかく凄まじいことだけは理解できた!!」


 技術士たちが「うおおお!」と興奮の歓声をあげ、実験室が割れんばかりの拍手に包まれる。


 そんな狂熱の中で、呆然と画面を見つめていた若手研究員の一人が、ぽつりと呟いた。


「……これ、概念そのものが新しすぎる。これはもう、完全に“プログラミング魔法”と呼ぶべきでは?」


「いやいや、『コード魔術』とか言った方が学者っぽくて格好よくないか?」


「待て待て、公式名称として登録するなら……『マギ・コーディング』はどうだ?」


「中二病感がすごいけど、わりと好き! それで行こう!」


 ワッと湧き立つ場内。


 こうして、異世界の歴史に永遠に刻まれることになる新たな学問分野『マギ・コーディング』が、この狭い実験室でひっそりと、しかし劇的に誕生したのだった。


*


 後日。


『マギ・コーディング』の普及と実用化を進めるため、まひるをリーダーとする直属の「若手魔導士チーム(システム開発第一班)」が結成されることになった。


 与えられた開発室に集まったメンバーは、まひるを含めて四人。


「……ふん。異世界の知識だかなんだか知らないが、ボクの理論構築の速さに追いつけるかな?」


 腕を組み、脚を組んで椅子に深々と腰掛けやすっ飛ばしているのは、リク=フォルト(十四歳)。


 小柄な体にぶかぶかのローブを纏い、銀縁メガネの奥から鋭い目つきで見下ろしてくる魔導理論の天才少年だ。口を開けば毒舌ばかりだが、まひるの書いたソースコードを読んだ瞬間にその合理的構造を理解し、密かに打ちのめされていた。


「まあまあ、リクくん。まひるさんのやり方はとっても綺麗なんだから。あ、はじめましてまひるさん! 私、エステラです〜」


 ふんわりとした口調で微笑むのは、エステラ=ライン(十六歳)。


 有名魔法陣設計士の娘で、羊皮紙とコンパスを持たせれば一ミリの狂いもなく複雑な幾何学模様を描き上げる天才描画士。おっとりとした天然気質だが、コードのロジックを「美しい図形」として直感的に理解できる才能を持っていた。


 そして最後の一人。


「おう! 俺はギム=バルトン! 十七歳だ! 難しいことはさっぱり分からんが、魔力のデカさと体力には自信があるぜ!」


 筋肉隆々の巨躯を革の鎧に押し込み、ニッと白い歯を見せる男・ギム。


 前衛の強化魔法を得意とする肉体派魔導士だが、パソコンの画面に表示された英語と記号の羅列を見た瞬間、「あ、頭が割れる……!」と知恵熱を出して頭を抱えていた。


「ねえまひる、ぶっちゃけコード魔法ってのは、気合と筋肉でなんとかなるのか?」


「ギム、それ言ったらコンパイルエラーで魔法陣が爆発するから絶対にやめて」


 呆れ顔のまひるに、リクが「だから脳筋は嫌なんだ」と毒を吐き、エステラが「爆発したら綺麗でしょうねぇ」とズレたコメントをする。


 個性が強すぎる愉快な仲間たちとともに、まひるの異世界における「開発系冒険ライフ」が、本格的に幕を開けた。


 だが、その賑やかな開発室の目と鼻の先――。


 ズズズン……! ズドオン……!!


「……くっ、隊長殿、聞いてください。娘が最近、家に帰ってきてもパソコンの画面しか見てくれないのです……」


 隣接する学都警備隊の全天候型訓練場。


 壁一枚を隔てた隣の部屋で、防衛隊長相手にため息をついていたのは、東雲一真だった。


 彼の背後では、一真が指導した自衛隊式の近接格闘錬成(CQB)によって、泥まみれになった警備隊員たちが「鬼教官……!」と絶叫しながら倒れている。


 一真は寂しげな目で天井を見上げ、胸のポケットからまひるの幼少期の写真を叩くように取り出した。


「昔は『パパ大好き』って言ってくれたのに……異世界に来てまで画面に向かってカタカタカタカタ……さびしいぞ、父は……っ!」


 その悲痛な情けない声は、防音の甘い壁を突き抜けて開発室へと筒抜けだった。


「うるさい!! パパは前線の訓練場で毎日毎日爆音と悲鳴を立て過ぎなの! こっちの精密研究機材が揺れてバグるんだから、少しは手加減して!!」


 壁に向かってまひるが身を乗り出し、全力のツッコミを叩き込む。


 今日も学都レルファリアには、文化の発展という名の平和と、東雲家の騒がしい日常が同時に訪れていた。

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