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パパが最強すぎて異世界がバグった件  作者: ねこあし


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19/23

第19話「父、王宮の晩餐会に乱入する件」

 天井から吊り下げられた無数の魔導シャンデリアが、幾重もの光の束となって広大な大広間を黄金色に染め上げていた。


 磨き上げられた大理石の床には光が反射し、そこに並ぶ長テーブルには、彩り豊かな魔獣のロースト肉、完熟した果実をふんだんにあしらった色鮮やかな菓子、繊細なガラス杯の中でふつふつと琥珀色の泡を立てる果実酒が隙間なく敷き詰められている。


 視界を埋め尽くすのは、煌びやかな礼服を纏った貴族たちと、裾を引く豪奢なドレスに身を包んだ貴婦人たち。立ち昇る甘く芳醇な香気と、器が触れ合うかすかな金属音、そして洗練された歓談の声が重なり合い、王宮独特の重厚な熱気を形成していた。


 その喧騒の渦中で、まひるは身動きを固くしたまま、借り物の薄桃色のドレスの裾をキュッと握りしめていた。


 コルセットで締め上げられた背筋、普段履き慣れないヒールがもたらす不安定な感覚、そして何より「場違いな場所に投げ込まれた」という強烈な浮遊感。


「……なんで私、ここにいるんだっけ……」


 ぽつりと漏れた小さな呟きは、隣に立つ人物の耳にしっかり届いていた。


「第二王子の名誉を守るため、また彼の突発的な暴走によって生じた誤解を解くためですわ。正式な『友人』として王宮の晩餐にお招きするのが、王家として最も妥当な判断でしたの」


 完璧な姿勢で扇子を手に立つのは、第一王女ユリシアであった。髪に飾られた翡翠の髪飾りが、彼女が首を傾げるたびに涼やかな光を放つ。


「ってことは……元を正せば、王子が朝の路上で勝手にプロポーズなんてしなければ、私がこんな苦しいドレスを着て緊張で胃を痛めることもなかったわけで……」


「ええ。まぁ、そこに関しては一切の否定をいたしませんわ」


 ユリシアは扇子でそっと口元を隠し、申し訳なさそうに視線を泳がせた。


 だが、まひるの心配とは裏腹に、会場の貴族たちの視線はまひるには集まっていなかった。


 それどころか、広間の注目はメインテーブルのさらに奥――重々しい木製の両開き扉の向こう、王宮の誇る巨大な厨房へと向けられていた。


 というのも――。


「――おい! 焼き台の三番! ソースの乳化が甘い! あと二度温度を上げて一気に撹拌しろ! 料理の配置に乱れはないか!? 提供時の表面温度は保たれているか!? 全ライン、最終チェックを怠るな!」


 厨房の奥深くから、王宮の静寂を切り裂くような、やたらと響き渡る野太い声が叩きつけられていたからだ。


 そこに立っていたのは、王宮の紋章が刻まれた白銀のエプロンを豪快に首から下げた、黒のTシャツ姿の巨漢――そう、一真であった。


「そ、それは……すでに当厨房の料理長が最終確認を……!」


 一真の目の前で、帽子を斜めにした若手料理人がガクガクと膝を震わせている。一真は分厚い胸板を張り出し、鋭く研ぎ澄まされた眼光でステンレスの調理台を見下ろした。


「お前たちの温度管理は甘すぎる! 見ろ、このローストビースの中心温度は設定よりわずかに1度高い! 予熱の計算を入れていない証拠だ。これでは肉汁が外に逃げ、噛んだ時の繊維のほぐれ方がパサつく!」


「ひ、ひぃぃぃっ! 申し訳ございませんっ!」


「こちらのデミグラス! 火から下ろすのが早すぎる! あと3分弱火で煮込め! フォンドボーの角が立ち、味わいの奥深さが殺されている! すぐに火を戻せ!」


「は、はいっ! ただちに!!」


 ――父・一真、王宮の最高峰たる厨房において、完全な大暴れを実施中。


「……ねえ。なんでパパが当たり前のように王宮の厨房に土足で入って、料理人たちを正座させてんの?」


 まひるは遠くから聞こえてくる怒号と皿の鳴る音に、頭痛を覚えてこめかみを押さえた。


「わ、わたくしも……そのような事態は一切想定しておりませんでしたの……」


 完璧な淑女であるはずのユリシア王女すら、引きつった笑みを浮かべて扇子を握りしめている。完全に計算外の怪物が厨房に解き放たれてしまっていた。


 一真は厨房に足を踏み入れてわずか十分で、老練な王宮料理長すらもその圧迫感と格の差で屈服させ、調理場全体を完全に掌握していた。


 まるで熾烈な戦場における最高指揮官のごとく、寸分の狂いもなく作業を振り分け、魔導火力の微調整から包丁の角度にまで口を挟む。彼が指示を出すたび、厨房の職人たちは「イエス・サー!」と叫びながら一斉に動き出す始末だった。


 陸上自衛隊空挺レンジャーである男が、なぜこれほどまでに高度で苛烈な料理技術を保持しているのか。


 その疑問に対する答えを、一真はエプロンで手を拭いながら、通りかかったまひるへ淡々と語りかけた。


「……俺がかつて所属していた特殊部隊ではな、飯こそが隊員の生存率を左右する絶対的な命綱だった」


 一真は遠い目をして、激しい火柱が上がる魔導コンロを見つめた。


「補給線が断たれた極限の環境下、不味い飯や腐った糧食は隊員の士気を秒単位で叩き落とす。士気の低下は、即座に戦死へ直結するんだ。だから俺は作った。隊員の命を繋ぐために、あらゆる食材の栄養価と旨味を極限まで引き出す調理法を追求した。……その過程で、休暇を使って三つ星レストランのシェフに極秘裏に弟子入りまでした。空挺レンジャーの意地と執念でな」


「……いや、何それ。言ってることは無駄にかっこいいかもしれないけど、方向性が根本からおかしくない!?」


 まひるの悲鳴のようなツッコミすら、一真の職人魂を止めることはできなかった。


 そして運ばれてきた料理を口にした途端、晩餐会の会場は静まり返り、次の瞬間には怒濤の感嘆の声に包まれた。


「な、なんだこのスープは……!? 素材の風味が幾重にも重なり合い、喉を通った瞬間に身体の奥から温かい力が満ちてくる……! 今まで食べたどの宮廷料理よりも美味だ……!」


「信じられん……あの筋張って調理が難しいとされる魔獣フレイホッグの肉が、まるで極上のバターのように柔らかくほどけていく……! この火入れの技術、一体どうなっているのだ!?」


「このサクサクとしたパイ包み……あまりの美味に、胸が締め付けられて恋に落ちそう……!」


 老練な貴族も、舌の肥えた宮廷の料理監修者も、さらには玉座に座る国王すらもが、一真の作った料理を一口含むたびに目を見開き、感涙にむせんでいた。


 ついには国王自身が、「次の建国記念祭の晩餐も、ぜひ彼に全権を委ねたい」と本気で周囲に漏らすレベルに達していた。


 だが、当の本人は賞賛の嵐など意にも介さず、調理場の物陰から鋭い視線を大広間へ向けていた。


「俺はただ、娘の周囲に害虫や怪しい虫が群がらないよう、最高地点からの監視体制を維持しているだけだ」


 腕を組み、冷酷な目で果実酒のグラスを見つめながら言い放つ一真。


(いや、どの口が言ってるの!? 監視するために王宮の厨房を制圧してシェフの頂点に立つ父親がどこにいるの!?)


と、まひるの心の中のツッコミは留まるところを知らない。


 そんな狂騒の最中、人混みを押し分けて一人の美青年がまひるへと滑り込んできた。


 眩いばかりの金髪を揺らし、熱っぽい瞳を濡らした第二王子エルヴァンである。


「まひる殿……! この眩く華やかな宴の中にあっても、私の目に映るのはあなた一人……! 今夜こそ、私の偽りのない純粋な想いを受け取っていただきたい……!」


「いや、今夜『も』の間違いでしょ!? 昨日から連日連夜プロポーズしてくるのやめて!? っていうか後ろ! 後ろ見て!!」


 まひるが青ざめた顔で指差し――バンッ!! と、大広間に激しい衝撃音が轟いた。


 メインテーブルの向こう側、先ほどまで腕を振るっていた一真が、白銀のエプロンをゆっくりと脱ぎ捨てながら立ち上がっていた。


 その眼光は、夜の闇の中で獲物を狙う肉食獣のように細められ、強烈な殺気が周囲の空気を物理的に押し潰している。


「……話は聞かせてもらったぞ、王子」


 一真は重い足取りで歩み寄り、立ち塞がった。


「娘に一方的な好意を寄せ、つきまとう者には……相応の試練を受けてもらうのが我が家の鉄則だ」


「し、試練……? どのような試練でも乗り越えてみせます! それが男の誠意というもの!」


 エルヴァンが意気揚々と胸を張った瞬間、一真の口から提示された言葉は、常人の理解を超えたものだった。


「――君にはこれより、『補給一切なし・72時間単独サバイバル行軍』を実施してもらう。ナイフ一本、水用ボトル以外の道具の持ち込みは一切不可だ。樹海エリアの奥地で生き残れたら、話を聞いてやろう」


「やだあああああああっ!? それは恋の試練じゃなくてただの処刑ですううううっ!!」


 王子の情けない悲鳴が大理石の天井に虚しく反響した。


 宴が終わり、夜が深まった頃。


 王宮全体には、かつてないほどの異質な脱力感と疲労感が漂っていた。


 厨房では、料理長を筆頭とする料理人たちが「今日、我が厨房に調理の革新が起きた……」「あのお方は料理の神の化身か……」と感涙を流しながら、清掃作業に励んでいた。


 王族たちは一真の手料理がもたらした未知の味覚体験に深い感動を覚え、どこか放心状態となっていた。


 そして――学都の下宿先、自分の部屋に戻ったまひるは、ベッドの上に突っ伏して深くうなだれていた。


「……異世界にまで来て、なんで父親の存在感と無双ぶりにすべての話題を持っていかれなきゃいけないの……私の平和な学園生活はどこに行ったの……」


 ベッドの脇に置かれた椅子に座り、優雅に温かいお茶をすすっていたエルミナが、表情ひとつ変えずにぽつりと呟いた。


「……むしろ、お父様のスペックが規格外すぎて、この世界の前提ルールそのものがバグを起こしている感がある。……頼もしい、と思う」


「まったくフォローになってないからね!?」


 まひるの叫び声が、月光の差し込む静かな夜の部屋に響き渡る。


 娘の平和と、そして何より王宮の胃袋を守り抜いた最強の父親は、今日も今日とて明日の「防衛計画」を練るためにトレーニングに励んでいるのであった。

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