第16話「謎の転入生!?無表情ロリ魔導士と娘の友情が始まる件」
学園全体を熱狂の渦に巻き込んだ《蒼輝祭》の狂騒から一夜。
校舎を包む空気にはまだどこか祭りの残り香のような浮ついた気配が漂っていたが、まひるたちの通う魔導学園-《セレフ・アカデミア》中等部一学年の教室は、翌朝の朝ホームルームで突如として異様な緊張感に見舞われることとなった。
「――静かに。連絡事項の前に、本日から当クラスに新しい仲間を迎えることになった」
壇上に立った担任教師――普段はくだけた調子で生徒と接する男が、どこか緊張で喉を鳴らしながら告げる。その手元がかすかに震えているのを、一番前列に座るまひるは見逃さなかった。
「本日よりこのクラスに編入する、エルミナ・グランネリウスさんだ。皆、仲良くするように」
がらりと引き戸が開く。
静まり返る教室に足を踏み入れたのは、一人の少女だった。
年齢はまひるたちとさほど変わらないように見えた。しかし、その存在感は教室にいる誰とも根底から異なっていた。
腰のあたりまで伸びた透き通るような銀髪は、窓から差し込む朝日に光を反射して冷ややかな光沢を放っている。透き通るような白い肌に、吸い込まれそうなほど深く澄んだ翡翠色の瞳。そして何より――彼女が歩みを進めるごとに、教室内の「魔素」の密度が目に見えて変質していくのが分かった。
(……くっ、なに……この空気の重さ……!?)
クラスの誰もが息をのんだ。皮膚の表面をちくちくと刺すような、圧倒的な高密度の魔素圧。それは、訓練された高等魔導士すら凌駕するほどの異物感だった。
一同は一瞬にして直感した。――只者ではない、と。
だが、生徒たちの視線を何より釘付けにしたのは、彼女の顔容――その「完璧なまでの無表情」だった。
「……」
黒板の前に立ったエルミナは、教卓に向かって小さく一礼することすらしない。
一切、動かない。まるで精巧に作られた磁器の人形のように、表情のパーツが一つとして揺らぎを見せなかった。瞬きすら最小限に抑えられ、胸の上下運動すら窺えないほど静かな呼吸。感情の波線が完全に平坦な、底知れない沈黙。
「え、えーと……エルミナさん。せっかくだから、好きな食べ物とか、趣味とか、みんなに教えてもらえるかな?」
静寂に耐えかねたように、クラス委員の女子が引きつった笑顔を浮かべながら、努めて明るい声を張り上げた。
エルミナの翡翠色の瞳が、わずかに揺れてクラス委員を捉える。
「……ない」
ぽつりと落とされた声は、鈴の音のように澄んでいたが、驚くほど低体温だった。
「……そ、そっかぁ!」
会話、瞬殺。
途切れた言葉の破片が教室の床に転がり、気まずい空気が氷のように凝固していく。担任教師は引きつった笑みを浮かべたまま汗を拭い、クラスメイトたちはどう接していいか分からず顔を見合わせるばかりだった。
だが――そんな凍りついた空気の中で、まひるだけは少し違う視線で彼女を見つめていた。
(……あー。あれは……『喋らない』んじゃなくて、『喋り方が分からない』やつだ……)
まひる自身、元の世界でもこの世界でも、人との適切な距離感をとるのが得意ではない。転校初日の不安、周囲の好奇の視線に対する防衛本能、そして言葉を選びすぎて結局何も言えなくなってしまう不器用さ。
人形のように無機質に見えるエルミナの立ち姿の奥に、まひるはどこか痛々しいほどの「コミュニケーションの下手さ」を感じ取っていたのだった。
――昼休み。
賑やかな歓声が飛び交う購買部や中庭とは対照的に、教室の隅は静まり返っていた。
エルミナは誰とも言葉を交わさず、自分に割り当てられた一番後ろの席で、机の上にぽつんと突っ伏していた。背中に「近づかないで」という壁を立てているようにも見えたが、よく観察してみると、彼女の指先が手持ち無沙汰に制服の裾をキュッと握りしめている。
(やっぱり……一人でどうしていいか分からないだけなんだ)
まひるは息を小さく吐き出すと、カバンの中から一つのお弁当箱を取り出した。そして、足音を忍ばせるようにして、ゆっくりとエルミナの机へと近づいていく。
「……ねえ、エルミナさん。これ、もしよかったら一緒に食べない?」
頭上から降ってきた声に、エルミナの身体がびくりと震えた。
ゆっくりと顔を上げた彼女の翡翠色の瞳に、まひるが差し出した竹の葉の包みが映る。包みを開けると、中から現れたのは一見するとおにぎりのような形をした食べ物だった。
「……食べ物?」
「うん。蒼輝祭の模擬店で作った余りなんだけどね。自作の魔導加熱回路を組み込んだスイーツで、《モグリィ・ボール》って言うの。……ちょっと外見はおにぎりっぽいし、変な味がするかもしれないけど」
まひるが手元で小さな魔力を通すと、ほんのりと甘いキャラメルのような香ばしい湯気が立ち上った。
エルミナはその香りにピクリと鼻腔をくすぐられたように動いた。翡翠色の瞳が、まひるの顔とおにぎり状のスイーツの間を何度も往復する。
「……毒、入ってない?」
「入ってないよ!? 自作だけど安全基準はクリアしてるから!」
エルミナはしばらくの間、未知の物体を検分するように凝視していたが、やがてそっと細い手を伸ばした。白く華奢な指先がスイーツに触れる。ほんのりと温かい熱量が指から伝わった瞬間、彼女の眉根がかすかに動いた。
小さなお口を限界まで開き――もぐっ、と一口、かじりつく。
「……」
咀嚼。一秒、二秒。
エルミナの動作がピタリと止まった。
「……どう? やっぱり、口に合わなかった……?」
不安そうに顔を覗き込むまひる。すると、エルミナは胸元に両手を添え、ぽつり、ぽつりと断片的な言葉を漏らし始めた。
「……あまい。あたたかい。胸の奥が、ぎゅってなって……くるしい……」
「くるしいの!? え、それヤバいやつ!? アレルギーとか持ってた!?」
青ざめるまひるに対し、エルミナはゆっくりと首を横に振った。その瞳の端に、うっすらと小さな光る粒が浮かんでいる。
「……うまい。……なぜか、涙が出そう」
「味の感想が情緒的すぎるよ!?」
まひるは思わずツッコミを入れたが――次の瞬間、息をのんだ。
涙を浮かべたエルミナの口元が、ほんのわずかに、本当に数ミリ程度ではあったが、柔らかくほころんでいたからだ。
それは春の雪解けのような、あまりにも小さく、けれど確かな「感情」の芽生えだった。
――同刻、その日の夜。
月明かりが冷たく照らす一真たちの自宅。
その屋根の上に、一人の男が深く腰を下ろしていた。
暗視バイオレットコーティングが施されたスナイパースコープ付きの大型魔導双眼鏡を構え、夜の風に衣類をなびかせているのは、まひるの父親であり陸上自衛官の一真であった。
「……ふむ。娘に妙な接近を試みる謎の銀髪少女……推定年齢十四歳、感情の起伏が皆無。魔素の質から察するに特級レベルの潜在戦闘力……危険因子と断定」
ブツブツとミリタリー用語混じりの独り言をつぶやきながら、ダイヤルを回してフォーカスを絞る。
自衛官としての生存本能と戦術眼が、娘の周りに現れたあらゆる不確定要素を排除しようとフル回転していた。ちなみに、今夜一真が命がけで屋根の上から監視を行っている直接の理由は――「今日の放課後、まひるの机の引き出しに残されていた正体不明の花束」の差出人を特定するためだった。
(あの花束……まさか娘に不埒な虫がついたかと思い、周辺三キロ圏内の防犯魔導術式をハッキングして調査した結果……)
一真は双眼鏡を降ろし、深々とため息をついた。
(……ただの女子生徒グループからの『蒼輝祭の成功おめでとう』のプレゼントだったとはな。……いや、油断は禁物だ。防犯はやりすぎるということがない)
一人で納得したように頷く自衛官パパであった。
――翌日の放課後。
オレンジ色の夕日が入射角低く差し込む教室の隅で、まひるとエルミナは小さな机を挟んで向かい合っていた。
まひるの手元には、自作の魔導回路の設計図が書かれたノートが広げられている。
「……プログラム、っていうの?」
エルミナがノートの端に描かれた独特の記号列を指差しながら、首を傾げた。
「うん。この世界の魔導術式の並列処理って、元の……ううん、私の知ってるパソコンのコードの書き方にすごく似てるんだよね。条件分岐とか、ループ処理とか。だから私、プログラミングの感覚で術式を組むと、すごくスムーズにいけるかもって思ってて」
「……プログラミング」
エルミナは聞いたこともない単語を口の中で反芻するように呟く。だが、その翡翠色の瞳には、昨日までの虚無的な冷たさはなく、知的な好奇心の光が宿っていた。
「……私も、興味ある。……術式を、そういう風に捉えたことは、なかった」
まひるは驚きで目を丸くした。
「本当!? エルミナさんもやってみる? えっと、初心者でもわかりやすい教材があるといいんだけど……あ、そうだ! 小さな魔導ゴーレムに命令を出して、部屋の端から端までお菓子を運ばせる簡易プログラミングとかどうかな?」
「……それ、いい。……お菓子、運ぶの、見たい」
小さく、けれどはっきりと首を縦に振るエルミナ。
相変わらずの無表情ではあったが、その両頬がほんのりと朱に染まっているのを、まひるは見逃さなかった。
夕暮れの教室で、共通の「好き」を通じて重なり合う二人の時間。
まひるの胸の奥に、じんわりと温かく、誇らしいような気持ちが広がっていく。
(あ……この子と、本当の意味で『友達』になれるかもしれない)
――しかし、同じ時刻の校舎の屋上。
冷たい放課後の風が吹き抜ける柵の横で、一真は両拳を強く握りしめていた。
その鋭い眼光は、遠く中庭のベンチ付近で一人佇んでいたエルミナの姿を捉えている。
「――奴、ただ者ではない……。昼前、中庭の魔導実験で発生した暴走事故……あの瞬間、奴は手ざわり一つで『魔導素消失の事象』を引き起こし、破片を消滅させた。……あの力、あの精密な魔素制御……俺でも無理だ。……やはり、敵か?」
一真の自衛官としての直感が、かつてない強烈なアラートを鳴らしていた。
そして、一真の視線が届かぬさらに遠く――学園の敷地外、街を見下ろす古い時計塔の頂上。
深いフードを被ったひとりの老人が、不気味な薄笑いを浮かべながら水晶球を覗き込んでいた。
「さて……『銀の器』はついに動き出したか。学園の魔導素と共鳴を始めている……。くくく、計画を急がねばなるまいな……」
老人の黒い袖口から漏れ出た邪悪な魔力が、夕暮れの空へと溶けて消えていった。
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