第12話「王都で家探し!? 鬼父、最強すぎて住民票もバグった件」
ギルド裏手に位置する簡易宿の一室。ギギと軋む木製のベッドの上で、一真は薄い毛布を押し上げ、静かに体を起こした。
天井の梁からは干し草の匂いが漂い、隙間風が細く頬を撫でる。横を見れば、粗末な藁枕の上に小さな頭をのせ、すやすやと息を立てている娘のまひるの姿があった。新調した服はシワにならないよう壁の釘に丁寧に掛けられているが、どうしても宿の環境は「仮住まい」の域を出ない。
(……娘の寝床がこんなギシギシ言う藁布団じゃあ、いくら旅の途中とはいえ、父親として失格だな)
一真は自身の無骨な手を握り締め、心の中でそう呟いた。
階下からは早起きの冒険者たちが靴底を鳴らす音や、調理場から漂う酸っぱいパンを焼く匂いが上ってくる。ギルドでSランク認定を受け、莫大な支援金を手にした今、ここに留まり続ける理由はどこにもなかった。
数時間後。朝食を終え、身支度を整えた二人は簡易宿の薄暗い廊下を抜け、外へと歩み出た。
「ふぁ……ん、朝の空気は冷たくて気持ちいいけど、やっぱりあのベッド、背中が痛くなっちゃうね」
まひるが小さな口を開けてあくびをし、背伸びをしながら肩をすくめる。
「そうだな。とりあえず、あの簡易宿にずっと泊まり続けるのも限界がある。生活の基盤を整えるぞ」
「そう言うと思って、昨日ギルドの掲示板で不動産屋の場所、チェックしておいたよ」
「手回しが早いな。さすが俺の娘だ」
「ふふん、情報収集は基本だからね。目指すは中央広場から東へ伸びる大通り沿いだよ」
まひるの案内で石畳の街並みを歩く。朝のレルファリアは、仕入れに向かう馬車の車輪音や、魔導ランプの魔石を交換する技師たちの声で活気に満ちていた。
二人が目指したのは、街の中でも一際歴史を感じさせる重厚な石造りの店舗――老舗の不動産仲介所-《リヴィエール屋敷仲介所》だ。
入口の脇には、金箔押しで彫り込まれた立派な木製看板が掲げられている。
『王都最高級の魔導住宅、多数取り揃えております! ~安全な結界物件から歴史ある貴族邸宅まで~』
「……ねえパパ、看板の文字がすごく強気だけど、私たちの予算ってどれくらいあるの?」
店舗の重厚な磨き上げられたガラス戸を前に、まひるが一真の袖をちょんちょんと引っ張り、上目遣いに尋ねてきた。一真は腰の革袋の重みを確かめるように叩く。
「手持ちの現金としては、地球から持ってきたものを売った金貨30枚。それと昨日、ギルドのクラウディアから支給されたSランク開設支援金が金貨10枚。あとは……ダンジョンや道中で拾った、よく分からんレア素材が数点だな」
「えっ……金貨40枚!? 確か普通の大衆食堂で一食食べるのが銅貨数枚で、金貨1枚で一般家庭の一ヶ月分の生活費だよね……? Sランクの支援金、桁が違いすぎるよ! レア素材も合わせたら、それだけで家が一軒建つレベルじゃないの!?」
「いっそ、どこか適当な土地を買って自分で建てるか? ログハウスくらいなら力任せに作れそうだが」
「やめて! パパが本気出すと丸太を一瞬で粉砕してログハウスじゃなくておがくずの山ができるから! おとなしく既成の家を買おう!」
まひるの全力の制止を受け、一真は苦笑しながら「分かった分かった」と首を振り、真鍮製のドアノブに手をかけて押し開けた。
チリンチリン、と繊細なベルの音が店内に響く。
店内は磨き上げられた高級感溢れる木調のインテリアで統一されており、壁には王都の精巧な地図や、いくつもの住宅の立体的な魔導模型が飾られていた。
「いらっしゃいませ~! 《リヴィエール屋敷仲介所》へようこそ――」
カウンターの奥から弾むような声とともに姿を現したのは、頭頂部にふさふさとした茶色の猫耳を生やし、お尻からはしなやかな尻尾を覗かせている獣人の女性だった。
金縁の眼鏡をかけ、パリッとしたブラウスを着用している。彼女こそがこの店の店主、リヴィエールだ。
しかし、彼女は一真とまひるの顔を視界に収めた瞬間、言葉を凍りつかせた。
ぴんと立っていた猫耳がピクピクと激しく揺れ、瞳孔がカッと大きく見開かれる。彼女の鋭い視線は、一真の腰に下がる黒鉄のSランクライセンスへと固定されていた。
「お、おぉぉ……! まさか、昨日の夕方にギルドの訓練場を空気弾で壊滅させ、ベテランのバルド様を一撃で白目剥かせたという……あの伝説の《黒鉄の鬼父》様でございますか……!? し、失礼ながらお嬢様もご一緒とは……っ!」
リヴィエールは一瞬でカウンターを飛び越え、信じられないほどの素早さで二人の前に膝をつき、深々と頭を下げた。尻尾が緊張のあまり一直線にピンと伸びている。
「いきなり過剰反応……さすが“情報回るのが早すぎる異世界”。ネットもないのに口コミの速度が光速並みだよ」
まひるが呆れたように額を押さえる。一真は苦笑いを浮かべながら手を開いて見せた。
「噂はどうでもいい。今日は娘と静かに暮らせる家を探しに来たんだ。怪しい者じゃない」
「な、滅相もございません! Sランク冒険者様は王都における最重要人物! 当店が総力を挙げて極上の物件をご案内させていただきます!」
リヴィエールは勢いよく立ち上がると、鼻眼鏡を押し上げ、机の上に何冊もの分厚い羊皮紙のバインダーを広げた。その瞳は商売人の光を宿してキラリと輝いている。
「して、ご希望の物件タイプはございますか!? 賑やかな市街地の中央、眺望抜群の高台、有事の際に立て籠もれる地下要塞つき、高位魔獣進入不可の二重結界つき、あるいは職場へ一瞬で移動できる転移ゲートつき、お庭に天然温泉が湧き出る邸宅など、多種多様に取り揃えております!」
「え、ちょっと待って!? そんなに物騒なオプションあるの!? 地下要塞とか転移ゲートって何!? ここ不動産屋だよね!?」
「温泉……それは悪くないな。日本にいた頃も、たまに日帰り温泉に行っていたしな」
「パパ! 住居にバトルフィールド機能とか防衛要塞とかついてたら嫌だよ!? 私たちは普通に平穏に暮らしたいの!」
「お、お客様、失礼いたしました! では、治安が良く、静かで生活利便性の高い高級住宅街の物件を中心にお見せいたしますね!」
リヴィエールは汗を拭いながら手早く資料をめくり、いくつか厳選した物件の魔導模型を起動して二人に見せた。
数時間かけ、リヴィエールの案内で王都内のいくつかの物件を実際に内見して回った。
高台の豪邸は広すぎて掃除が大変そうであり、市街地の物件は人通りが多く賑やかすぎた。
そして最後に案内されたのが、王都の南東――魔術師や学者たちが集う「魔導学区」から徒歩10分ほどの閑静な住宅街にある邸宅だった。
「――こちらが、本日最後のご案内となります『旧アルディス邸』でございます」
リヴィエールが真鍮の鍵で鉄製の門扉を開けると、静かな庭園が広がった。
目の前に佇んでいるのは、美しい白壁と濃紺の屋根瓦で構成された二階建ての邸宅だ。窓には光を優しく透過する高価な魔導ガラスがはめ込まれており、外観だけで品格の高さが覗える。
「わあ……綺麗……」
まひるが思わず吐息を漏らす。
中庭へと足を踏み入れると、中央には小さな石造りの泉があり、湧き水が澄んだ音を立てて溢れ出ていた。その傍らには手入れされた綺麗な花壇。そして何より二人の目を引いたのは、中庭の真ん中にドッシリと腰を据えている一本の大きな樹木だった。
太く重厚な幹から広がる枝々には、薄いピンク色をした繊細な葉と蕾が無数に実っている。風が吹くたび、柔らかな樹香が二人を包み込んだ。
「わ、これ……桜っぽい樹が植えてある……!」
まひるが駆け寄り、樹皮にそっと手を触れる。感触は温かく、かすかに魔力が脈動しているのが伝わってくる。
「これは“妖精桜”と申します。元々は東方の希少種でして、春になると光を帯びた美しく光る花が咲き誇り、夜には甘い蜜に惹かれて小さな精霊たちが遊びに来ると言われております。前主人の学術会員様が大変丹精込めて育てておられました」
「採用! パパ、ここ! ここがいい! すごくいい!」
まひるが一真を振り返り、満面の笑みで瞳を輝かせる。地球の日本の風景を思い出させるその樹木は、異世界の地で寂しさを感じていたまひるの心を一瞬で掴んだようだった。
「娘の心をここまで掴まれてしまっては、俺に拒否権はないな……」
一真は温かい眼差しでまひるを見つめた後、リヴィエールへと向き直った。
「気に入った。この家を買い取ろう。……値段はいくらだ?」
「は、はいっ! こちらの物件は、土地、建物、さらには魔術結界の権利金込みで……金貨50枚となっております。王都の相場からしても破格でございますが、少々お値段が張りますので、ローンや担保のご相談も――」
「今すぐ現物払いで頼む」
一真はそう言うと、腰の革袋を開け、中からずっしりと重い金貨の詰まった袋と、Sランク支給の純金製大型金貨、そして昨日森で拾った「白銀の魔狼の角」と「竜血樹の結晶」を取り出し、中庭の石テーブルの上に置いた。
ジャララランッ!!!
重厚で眩い金属音が響き渡り、金貨の山が陽光を反射して輝く。さらにレア素材から放たれる濃密な魔力の波動が、庭の空気をビリビリと震わせた。
「ええええええええええええ!?!? い、一括現金払いに、国宝級のレア素材まで!?!?」
リヴィエールは目玉が飛び出しそうなほどカッと目を見開き、猫耳をピンと直立させて叫んだ。眼鏡がズレ落ちかけるのも構わず、テーブルの上の素材と金貨を凝視している。
「これだけで足りるか? 足りなければギルドに行ってクラウディアから前払いでもらってくるが」
「足ります! お釣りが金貨15枚分くらい出ちゃいます! っていうかこの素材だけで家がもう一軒建ちます!!」
リヴィエールは膝をガクガクと震わせ、ハンカチで猛烈に汗を拭いながら、引きつった笑顔を浮かべた。
「じ、実はギルド上層部の間で『一真様が家ごと買い取ってそのまま王都を物理的に統べるのではないか』という恐ろしい噂も囁かれておりましたが……わたくしの職責上、お客様のプライバシーを守るため黙っておりました……」
「聞こえてるし、やめてそれフラグ! パパは王都を統べたりしないから! ただ静かに住みたいだけだから!」
まひるが間髪入れずに鋭いツッコミを入れる。
こうして契約は即座に完了した。
リヴィエールの迅速すぎる手配により、翌日の昼過ぎには登記手続きと鍵の引き渡しが完了。一真とまひるは、ついにこの異世界で自分たちだけの“マイホーム”を手に入れたのだった。
ギルドから運ばせたわずかな荷物を置き、二人は新居の内部を見て回る。
一楼の広いリビングには、上質な木製のテーブルとソファが備え付けられており、窓からは中庭の妖精桜が一望できる。
二楼に上がると、日当たりの良い南向きの子供部屋があり、そこには白を基調とした大きなベッドが置かれていた。
「わあ……家具も意外と揃ってるね。このベッド、ふっかふか……! 昨日の藁布団とは雲泥の差だよ……!」
まひるが勢いよくベッドにダイブし、羽毛の感触に顔を埋めて声を弾ませる。
「キッチンも広くて使いやすそうだな。どれ……ほう、火の魔石を使ったコンロか。魔力を流す量で火力を調整する仕組みだな。興味深い」
一真は一楼の台所に立ち、石製のコンロに取り付けられた赤く輝く魔石を物珍しそうに突いていた。
部屋を一つひとつ検分し、家具の配置を話し合う時間。
それはどこか、地球にいた頃の懐かしい家族団らんのひとときに似ていた。
病気で妻を――まひるにとっての母を亡くして以来、二人はずっと支え合って生きてきた。
日本では、仕事に追われる一真と、学校と家事をこなすまひる。狭いアパートの中で、限られた時間しか共有できなかった。
だけど――この異世界に来て、この広い家を手に入れた今、何かが確実に変わり始めていた。
夕陽が西の空を茜色に染め上げ、二楼の部屋の窓から温かな光が差し込んでくる。
まひるはベッドから起き上がり、足を開いてそっと腰かけた。窓の外、橙色に染まる中庭の妖精桜を見つめるその横顔に、一瞬だけ大人びた陰りが差す。
「……なんかさ、この家……母さんにも見せたかったね」
まひるのぽつりとした呟きが、静かな部屋に溶けていく。
一真は台所から歩み寄り、部屋のドアの枠に背を預けて、遠い目をした。
「そうだな。あいつならきっと、この広い中庭を見るなり『日当たり最高!』って喜んで、勝手に洗濯物を山ほど干してただろうな」
「ふふっ、絶対する。それで『一真さん、この端っこの日陰、ハーブ育てるのにちょうどいいわ!』とか言って、勝手にハーブの鉢植えをズラリと並べそう」
「ああ。ミントが増えすぎて『雑草よりしぶとい!』って一人で怒ってる姿が目に浮かぶよ」
二人は顔を見合わせ、静かに笑い合った。
空間を包むのは、哀しみではなく、温かな思い出のぬくもりだった。亡くなった妻の面影は、今も二人の中で強く、優しく生き続けている。
まひるは膝の上で手をギュッと握り締め、一真を見上げた。
「ありがとうね、パパ。異世界に来てから、私を一度も不安にさせないで、こんな素敵な家まで用意してくれて」
一真は少し気恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻き、それから力強い瞳で娘を見つめ返した。
「礼には及ばん。……家族を守り、安心して眠れる場所を作るのは俺の役目だ。地球にいた時も、この世界に来てからも、それは絶対に変わらない」
夕空から一番星が瞬き始め、中庭の妖精桜の蕾が、かすかな淡い桃色の光を放ち始めた。
こうして、魔導都市レルファリアにおける二人の「日常」が正式に始まった。
規格外すぎる物理チートを持つSランク冒険者の父・一真と、地球のロジックとプログラミング思考を駆使する天才ハッカーJKの娘・まひる。
平穏を望みながらも、あまりに強大すぎるこの“最強家族”は、静かに、しかし確実に――この異世界の常識を塗り替え始めていた。
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