第11話「“冒険者ギルド”に登録したら、父がチートすぎてバランスブレイカー扱いされた件」
石造りの建造物がどこまでも連なる街並みの果て、青空を突くようにそびえ立つ大聖堂の鋭塔。魔導の光を放つ街灯と、学術院の白い壁が立ち並ぶ都市――王国レグナスの首都レルファリア。その中心街は、学術と魔法の洗練された静謐さに包まれているはずだった。
しかし、一角だけ異質な熱気と荒々しい活気を吐き出し続けている区画がある。
鍛造された黒鉄の重厚な二開きの扉。打ち込まれた鋲の一つひとつに長年の煤と油が染み込み、長剣の刃傷や鈍器の打痕がいくつも刻まれた巨大な建物――《冒険者ギルド・レルファリア支部》。
「冒険者ギルド……なんかファンタジーっぽさ満点だよね。看板の剣と盾のマークとか、ベタすぎて逆に安心感あるというか」
整えられた歩道に立ち、石造りの見上げるようなギルド建物を仰ぎ見ながら、娘のまひるが手にした薄型ノートのような手帳に視線を落とす。新調した旅装の裾を軽く揺らし、好奇心に満ちた瞳で建物を観察していた。
「お前な、もう自分がファンタジーの真っ只中にいるって自覚、少しは持てよ。空見上げてみろ、竜っぽいトカゲが飛んでるぞ」
「だね! あ、あの飛行種、翼幅に対して胸筋の発達速度が地球の鳥類と全然違う。骨の密度が軽いのか、あるいは魔導的な浮力場を形成してるのかな」
「分析から入るな、分析から」
まひるの相変わらずマイペースな軽口に、父・一真は苦笑いを浮かべながら、黒鉄の扉へと手を伸ばす。
手のひらに伝わるのは、冷たく固い金属の質感と、内側から微かに振動となって伝わってくる大勢の人間たちの熱気だった。
一真が少しだけ肩に力を入れ、その重厚な扉を押し開ける。
――ガチリ、と重い鉄の解錠音が響き、内側から溢れ出した「世界」が一瞬で二人を包み込んだ。
直後、鼻腔を突く猛烈な匂い。
使い込まれた革鎧の油臭、研ぎ澄まされた鉄器の金属臭、安酒の酸っぱい香り、そして何百人もの猛者たちが放つ熱気と汗の入り混じった匂いが、一気に押し寄せてくる。
耳を打つのは、怒号のような歓声と、木製のジョッキが激しくぶつかり合う音。
「おい給仕! エールもう一杯!」「昨日の迷宮二層、毒グモの群れが出やがってさぁ!」「おい新人、酒の飲み方も知らねえのか!」
吹き抜けの天井の高い広間には、太い木製の丸太テーブルが無数に並べられていた。
獅子の頭部を持つ獣人の戦士が、巨大な両手剣を床に突き立てて笑っている。全身を濃紺のローブで包んだ細身のエルフらしき魔導士が、羊皮紙の巻物を広げて静かに思考を巡らせている。小柄だが筋肉の塊のようなドワーフの鍛冶師が、パイプの紫煙をくゆらせながら隣の人間とサイコロ賭博に興じている。
ありとあらゆる種族、ありとあらゆる背景を持つ者たちが、生き生きとした欲望と野気を撒き散らしていた。
「うわぁ……すごい情報量。これ、音圧だけでマイクの入力ゲインが振り切れるレベルだよ」
「足を引っかけるなよ。ほら、行くぞ」
圧倒されかけるまひるの肩を軽く叩き、一真はギルド奥へと続く石畳を踏みしめて歩き出す。周囲の冒険者たちの鋭い視線が、一瞬だけ二人へと注がれる。異世界から来たばかりのどこか浮いた服装、そして戦いとは無縁に見える雰囲気。だが、一真が歩くたびに微かに放たれる隙のない立ち姿に、感の鋭い数人のベテランが訝しげに目を細めた。
人混みをかき分け、最奥に位置する長いカウンターへと辿り着く。
磨き上げられた木製カウンターの向こう側、受付の椅子に腰掛けていた一人の女性が、カツカツと書類を整えながら二人へと視線を向けた。
「おおっと、珍しいな。こんな時間帯に……親子連れか?」
赤毛のショートヘアを元気よく揺らし、勝ち気そうな琥珀色の瞳を一真とまひるに向けたのは、ギルド職員のクラウディア・ベルネだ。しっかりと仕立てられたギルドの制服を着用し、胸元にはギルド職員であることを示す銀色の徽章が光っている。彼女は眉をひそめつつも、親しみやすい笑みを浮かべて身を乗り出した。
「すまん、新規の冒険者登録を頼みたいんだが」
「はいはい、新規登録ね。歓迎するよ! ……って、本当に二人で受ける気かい? お父さんはともかく、そのお嬢ちゃん、まだ学校に通うような年齢に見えるけど……まあいいか。じゃあ、まずは適性検査からだね。えーと、書類に記載するから、君たちの名前を教えてもらえるかい?」
「俺は一真だ。こっちは娘のまひる」
一真がごく自然に名乗ると、クラウディアは羊皮紙に羽ペンを走らせようとして――ピタリと手を止めた。
羽ペンの先からインクがぽつりと落ち、小さなシミを作る。クラウディアは顔を上げ、心底から不思議そうな、そしてどこか歯痒そうな表情で二人を見つめた。
「カズマ!? いや待てよ、どこ出身だい? 東方の和国? それにしてもニュアンスがシンプルすぎるというか……!」
「……何か言ったか?」
一真が少しだけ低い声で目を細めると、クラウディアは背筋をピシッと伸ばし、羽ペンをシャッシャッと素早く動かした。
「いえ、なんでもありません! 素晴らしいお名前です『カズマ』様! では、奥の検査室へどうぞ!」
クラウディアの案内に導かれ、二人はカウンター脇の重厚な木製ドアをくぐり、奥の検査室へと通された。
そこは外の喧騒が嘘のように静まり返った石造りの部屋だった。部屋の中央には、複雑な魔導陣が彫り込まれた台座と、青白く光る水晶体、そしていくつかの測定器具が備え付けられている。
「ここは冒険者としての基本的な資質――魔力量、身体能力、技術、知識のスキャンを行う部屋だよ。測定結果に応じて、最初の銅ランクからのスタートか、あるいは能力に応じた適正ポジションが割り振られる。じゃあ、まずはそっちのお嬢ちゃんから行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
まひるは指示された通り、中央の金属製プレートの上に足を乗せ、青い水晶体にそっと手を置いた。
ブ、と微かな低音とともに、プレートの周囲に彫られたルーン文字が淡い青光を放ち始める。台座に接続された羊皮紙装置に、光の文字がカツカツと刻み込まれていく。
「ふむふむ……魔力適性あり、系統は……未定義の構成? でも量は十分だね。体力は平均的、っと。……ん? 知識項目……なにこれ、数値が跳ね上がってるんだけど!? 演算能力と構文理解度が最高水準……? あれ? ここに出てる文字列、見たことない言語体系なんだけど……“古代言語プログラム”って何……!?」
羊皮紙にズラリと並んだ、C言語やPythonを彷彿とさせる論理演算記号の羅列を目にし、クラウディアは目を丸くして羊皮紙を顔に近づけた。
「趣味です」
「趣味で未知のスクリプト書けるの!? っていうか、これ古代の封印魔法の記述式に酷似してるんだけど!? 君、本当は何者なの!?」
「ただの女子高生……あ、いえ、ただの知識探求者です」
まひるはシレッとした顔で手を引っ込め、一真の後ろへと下がる。クラウディアはひくひくと頬を痙攣させながら、何度も羊皮紙とまひるの顔を往復して見つめたが、やがてはぁと大きなため息をついて頭を振った。
「……はぁ、まあいいわ。知識特化型の支援職として登録しておこう。次は……お父さん、一真さんだね」
「何をすればいい?」
「はい、まずは筋力測定からね。あ、そのテーブルの上にある木製の棒――『剛樹の測定木』を持ってくれる? 特殊な魔力で補強された木材でね、冒険者の握力や腕力を測るためのものなんだ。それを両手で全力で折ってみて。折れ曲がった角度で、筋力ランクを判定するから」
「折るのか。分かった」
一真は台の上に置かれた、直径十センチほどもある滑らかな木製の棒を持ち上げた。ズシリとした重みがある。鉄のように硬く加工された特殊樹木だ。
一真は、ごく普通に、日常で割り箸を割るような感覚で、ほんの少しだけ指先に意識を向けた。
(あんまり壊しちゃ悪いな。軽く曲げるくらいで……)
そう思った瞬間だった。
――ギチ、ギチチチチ……。
一真の指が木肌に触れた直後、測定木全体から悲鳴のような軋み音が上がった。一真が力を込める前に、指先が接触した部分から蜘蛛の巣状の亀裂が全方向へと爆発的に走る。
「え?」と一真が呟いたときには、すでに遅かった。
バキィィィィッ!!!
雷鳴のような砕裂音が部屋中に響き渡った。
折れるどころではない。頑強なはずの剛樹の測定木は、一真の掌の中で内側から破裂したかのように木粉と木屑へ変貌し、白煙を上げて飛び散った。
それだけにとどまらず、測定木を通じて負荷を計測していた壁面の魔導測定機器から『バチバチッ!』と激しい火花が吹き出し、過負荷を示す赤色のルーン文字が狂ったように明滅した末に、プスス……と黒い煙を上げて沈黙した。
「ひっ……!? そ、測定器が……壊れ……砕けた!?」
飛び散った木粉が舞う中、クラウディアは腰を抜かしかけ、受付カウンターの端に必死でしがみついた。髪に木屑を被りながら、信じられないものを見る目で一真の手元を注視している。一真の手には、もう何も残っていない。微かな木の粉がパラパラと床に落ちるだけだ。
「……すまん。全然力入れてないんだけどな。この棒、湿気てたんじゃないか?」
「湿気て物理耐久値が十倍になるわけないでしょーが!! それ、鉄竜の爪でも傷がつかない特注品なのよ!?」
クラウディアは叫びながら、煙を吐く壁の測定器へと駆け寄った。そこに取り付けられた指示針は、目盛りの限界を超えて右端のストッパーを叩き割り、ガラス面を突き破っていた。
「筋力値、計測不能……! 耐久、体力ともにA++超え……!? 戦闘技術スコア、査定不能って……え? ええええっ!?」
クラウディアの悲鳴のような声が途絶え、検査室内に死のような静寂が訪れる。舞い散る木粉の粒子が、部屋の隅の光の中で静かに揺れていた。
「あの……クラウディアさん? 壊した分は弁償したほうがいいでしょうか?」
「い、いや……弁償とかそういうレベルじゃ……」
クラウディアはガクガクと膝を震わせ、ハンカチで額の冷や汗を拭った。彼女は深呼吸を繰り返し、崩れそうになる理性を必死に繋ぎ止めようとしている。
「す、すいません。機械の故障という可能性も……万が一にもありますので。念のため、屋外の戦闘訓練場での模擬戦……お願いできますか……? 実際の動きを見ないと、ランクの割り振りが……」
「いいぞ。娘に見せてやるのも教育になるしな」
「教育ってレベルじゃない気がする! パパ、絶対に手加減忘れないでね!?」
まひるが真剣な面持ちで一真の袖を引っ張る。一真は「分かってる」と頷き、クラウディアの後に続いて屋外の訓練場へと向かった。
広大な石畳の訓練場は、すでに大勢の冒険者たちで人山ができていた。
「おい、検査室からすごい音がしたぞ」「なんか新人が測定器をブチ壊したらしい」「マジかよ、誰だそのオッサン」
噂を聞きつけた青銅ランクや銀ランクの冒険者たちが、好奇と半信半疑の視線を注いでいる。
訓練場の中央で一真を待っていたのは、巨漢の男だった。
全身に鍛え上げられた筋肉を鎧のように纏い、背中には一人がすっぽり隠れるほどの巨大な両手斧を背負っている。肌には数々の戦闘傷が刻まれ、鋭い眼光が一真を射抜いた。
「おう、あんたが噂の異世界パパか。俺は青銅ランクのバルド・クラース。ギルドからの依頼で、あんたの『実力検査』を担当する。……まあ、機械が壊れたのは事故だろ。怪我させたくねえから、手加減なしでいくぜ?」
バルドは大斧を軽々と引き抜き、ズシンと重い音を立てて石畳に突いた。その立ち姿には隙がなく、幾多の死線を潜り抜けてきた熟練者の風格が漂っている。
「どうぞ。あんたの命が惜しくなければな」
一真はポケットに片手を入れたまま、淡々と答えた。
「……は?」
バルドの眉がピクリと跳ね上がる。煽られたと思ったバルドの全身から、凄まじい闘気が跳ね上がった。
「威勢がいいじゃねえかオッサン! 後悔すんなよッ!」
クラウディアが訓練場の端で息を呑み、右手を高く掲げた。
「両者、構え! ……模擬戦、はじめっ!!」
振り下ろされるクラウディアの手。
次の瞬間、バルドの巨躯が爆発的な踏み込みとともに前進した。石畳がめり込み、巨大な戦斧が空気を引き裂く音を立てて一真の斜め上の首筋へと疾走する。凄まじい速さと重量感。並の冒険者なら、その威圧感だけで竦み上がって動けなくなるような一撃だった。
――しかし。
一真の視界の中では、世界がまるで粘度の高い液体の中に沈んだかのように、超スローモーションへと変化していた。
迫り来るバルドの顔のシワ、開かれた口から飛び散る唾液、そして振り下ろされる斧の刃先で圧縮される空気の波紋までが、手に取るように視認できる。
(うーん……速く振ろうとしすぎて、右肩が上がってるな。あと、力入りすぎて足元がおろそかだ。斧の重さに振り回されてる)
一真は心の中で冷静に分析しながら、どう「手加減」するかを瞬時に思考した。
殴ったら死ぬ。蹴っても死ぬ。デコピンでも首が飛ぶかもしれない。
消去法で選んだのは――ごく微小な「風圧」を利用した、接触なしの回避運動だった。
一真は半歩だけ、左足を後ろに引いた。距離にしてわずか五センチ。
バルドの振り下ろした大斧の刃先が、一真の鼻先数ミリをかすめて通り過ぎる。
「なっ――!?」
空を切った衝撃にバルドが目を見開いた瞬間、一真は右手の掌を、バルドの胸元に向けて『トン』と軽く押し出す真似をした。肌には触れていない。距離にして十センチは離れている。
だが、一真の超人的な反応速度と動作によって生み出された「空気の弾丸」が、爆風となってバルドを直撃した。
ドッ!!!
破城槌が激突したかのような凄まじい空爆音が響き渡る。
バルドの巨体は、まるで目に見えない巨大な車に跳ね飛ばされたかのように宙を舞った。手から離れた巨大な戦斧が旋回しながら空中で舞い、訓練場の壁にズスゥゥンと深く突き刺さる。
そしてバルド本人は、十メートルほど後方まで吹き飛び、石畳の上を二、三度バウンドして転がった末、仰向けになって白目を剥いて停止した。
……ヒュゥゥゥ。
訓練場に、不気味なほどの風の音だけが吹き抜ける。
「……え? 終わり? 一撃で……っていうか、触れてなくない……?」
クラウディアの掲げた手が、そのまま固まっていた。
観覧席を埋め尽くしていた冒険者たちが、開いた口が塞がらない様子で固まっている。誰もが目の前で起きた現象を脳内で処理できずにいた。
「み、見たか……!? 剣もなしに素手で……いや、素手すら届いてなかったぞ!?」
「なんか風圧で斧が吹っ飛んでなかった!? あれスキルか!? 【風衝波】の極大版か!?」
「いや、魔力の発光は一切なかったぞ……ただの動作の速度と威力だけで空気を圧縮したってのか……!? 化物かよ……!」
ざわめきが波のように広がり、瞬く間に絶叫に近い驚愕の声へと変わっていく。一真は「やっちまったか」という顔で自分の手を見つめ、静かに息を吐いた。
「手加減、やっぱり難しすぎるな……」
「パパ……一応言っておくけど、今の『手加減』、物理法則の限界を超えた衝撃波になってたからね?」
呆れ果てた顔で歩み寄ってくるまひる。
その横から、ガクガクと膝を打ち鳴らしながらクラウディアが近づいてきた。その手には、金属製の板――それも、冒険者ギルドでもめったに発行されることのない、黒く鈍い光沢を放つ特製のプレートが握られていた。
「か、一真さん……これ、あなたの登録証です……。あなた、文句なしの即日Sランク判定です……っていうか、こんなの野放しにしたらギルド内の勢力バランスも治安バランスも崩壊するんで、頼むからあんまり派手に目立たないでください……!」
「目立つつもりはないんだがな。普通に生活したいだけだ」
「いや目立ちすぎてますからッ! 存在自体が歩く天災ですからッ!」
クラウディアは半泣きになりながら叫び、一真の手の中に黒鉄の登録証を押し付けた。
その登録証の表面には、ギルドの魔導記録によって自動生成された一真の「二つ名」が、刻印となって浮かび上がっていた。
『黒鉄の鬼父』
「……なんだこの安易で物騒な二つ名は」
「うわぁ、パパ、ネーミングセンスが80年代のヒーローものみたいでダサいよ」
「俺がつけたわけじゃない!」
一真の抗議も虚しく、その異名は瞬く間にギルド内、そしてレルファリア都市全体へと広がっていくことになるのだった。
夕暮れ時。
ギルドでの騒動を終え、夕陽に赤く染まるレルファリアの美しい石畳の道を、二人は並んで歩いていた。周囲の通行人たちが、一真の腰に下げられた黒鉄のプレートに気づき、ヒソヒソと囁き合いながら道を譲っていく。
「ねぇパパ……私たちが目指してた『異世界で静かに普通に暮らす』って計画……普通に暮らせると思う?」
「……正直、もう無理な気がしてきた」
一真は遠い目をして、茜色の空を仰ぎ見た。異世界に来てわずか数日。静かに暮らすどころか、都市最大の組織でトップクラスの危険人物として認定されてしまったのだ。
「ま、いっか。波乱万丈だけど、地球で毎日同じ書類と向き合ってた時よりずっと楽しいし!」
「そういう能天気なところ、本当にお前のママに似たな」
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくね」
まひるは嬉しそうに笑い、一真の隣で歩調を強めた。
異世界の風が、二人の髪を優しく揺らしていく。破天荒で規格外な親子の旅路と冒険は、まだ始まったばかりだった。
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