2話:保護される神
裏路地を出ると、街灯が夜の街を照らしていた。時計塔を見ると時刻は夜の23時49分、もうすぐ日付が回る頃。
私は歩道を歩きながら考える。先ほどの少しの殺意であれだけ怯え散らかしていた男たち。あの様子を見るにこの世界の人間は意外と弱そうだ。
「この世界には固有能力を持つ能力者が確立で存在してるはず……なのにあの怯えようはおかしい……もしかして私が出力を間違った??いやでも本気の10分の1にしたはず……」
ぶつぶつ言いながら歩く私。道ゆく人たちがこちらを見ている気がするが、まあいい。
にしてもなぜあの少量の圧であんなにも怯えていたのだろうか、人間とは不思議なものだ。
「そこのお嬢ちゃん、ちょっといいかな」
また話しかけられた。
今度はなんだ、また輩だったら私はもう手を出さない保証はないぞ。
私は渋々振り返る。するとそこには男性警察官が。
「お嬢ちゃん、今いくつ??お父さんとお母さんは??」
「……」
しまった、補導だ。私は永遠の10歳、身長も永遠に137cmの子供体型。時刻は日付を超える数分前、警察の目に入らないわけがない。
「こんな時間に出歩いてたら危ないでしょ、お家はどこ??」
家なんてない。ついさっき今地球に降り立った神なのだから。親なんて尚更だ。
こうなったら、あれを使うしかない。
「ほらお嬢ちゃん、ちゃんと答えなさい」
「……覚えてない」
「……はい??」
「私、覚えてないの。気がついたら裏路地にいて、怖いおじさんたちに絡まれて、一生懸命逃げたらここに来たの……」
私は体を強張らせて、俯く。そして声を少し震わせて泣き出しそうに演出。これぞ必殺の演技。長生きしている私だからこそできる得意なテクニックだ。私はチラッと顔を上げて男性警察官の顔を見る。
「……」
男性警察官は完全に困った顔をしていた。そりゃそうだ。補導目的で声をかけた子供が記憶喪失だったら返す場所がなくて困る。当たり前だ。
よしよし、このまま野に放ってくれれば……。
「そしたら、とりあえずついてきてくれるかな??」
「……え??」
「記憶がないとしても、このまま放置しておくわけにはいかないからね。夜道は危ないし」
「……」
想定していたのと違う。記憶がないと言い張る変な子供は放置すると思っていたが、ここまで正義感の強い警察官だとは思ってもいなかった。完全に計算ミス。
まあ、ここで無理に逃げたら怪しまれるし、とりあえずついていくか。
私は男性警察官に手を引かれて、交番に行った。
交番についてから私に降りかかったのは、質問の大雨だった。私は自分のこと以外記憶がない子供を演じ続けた結果警察官たちは信じた。普通の子供の嘘ならバレるだろうけど、私は神だ。人間に嘘がバレるわけない。
そしてそんな私は今、警察官のお姉さんがくれたペロペロキャンディーを食べて待機をしている。
「美味しい」
「よかった!ここはもう安全だから、安心してね!」
警察側は今、身寄りのない私を保護しようと全力で動いてくれている。そんな中、私は足をぶらぶらさせて呑気に飴を舐めている。ここまで私が余裕な理由は、記憶喪失の子供を刑務所に入れるような真似はしないと思うからだ。
送られるとしても孤児院とかだろうし、殺すような真似はしないでしょ。
「ごめんくださ〜い」
そこへ、一人の中年女性がやってきた。ふわっとした金髪ボブにタレ目、どことなく安心感を彷彿とさせる女性だ。
「真由美さん、ご無沙汰してます」
「その子が、例の?」
「はい、自分自身以外の記憶がないらしく、身寄りが不明なんです」
その場の全員の視線が私に向く。当の私は飴を呑気に舐めている。
この人が私を引き取ってくれる人かな??純度100パーセントの偏見だがなんか全人類のお母さんってくらいに優しそう。あくまでも偏見だが。
「あなた、名前は?」
「私、零」
「零ちゃん、ね……記憶をなくしたって聞いわた、怖かったでしょう」
そう言って女性は私の手を包み込む。
なんなんだこの女性は。子供相手だからか、裏がありそうと思うほど優しい。
「私は朝倉真由美、今日からあなたの保護者になるわ、よろしくね」
「……保護者??」
「ええ、保護者。あなたを守る大人よ」
いや説明を求めたわけではない。私は宇宙の化身、誰かに助けてもらわないと生きていけないほどやわではない。そのため長らく保護者という存在もいない。サラという保護者面していた秘書の存在はいたが。
「ほら、今日は疲れたでしょう??お家に帰って休みましょう」
「……ん、わかった」
おそらくこの人について行けば孤児院に行く。そしてそこでなら普通の日常を送ることができるだろう。何よりこの優しい聖母のような人がいる状況、断る理由もない。
そして私は警察官たちにお礼を言って、警察署を後にした。
「零ちゃん、お腹空いてない??」
「んー…少しだけ空いた」
「じゃあ帰ったらご飯食べましょうか、時間的には夜食だけれど、別にいいわよね、1日くらい」
そう言って真由美さんは私は後ろに乗せて車で夜道を走る。窓の外はビルが続き、しばらくすると住宅街に変わってきた。そして住宅街の中に一つ、大きな建物が。
「着いたわ、ここが今日からあなたの家よ」
「おー」
車を降りてすぐに入ってきたのは白いコンクリートの大きな学校のような見た目の建物。看板にはひまわり孤児院と書かれていて、門の奥には芝生の上に遊具がいくつかある。
「今の時間帯はみんな眠っているから、少し静かに入りましょうね」
「わかった」
どうやらここは真由美さんの経営している孤児院で、私の他にも子供たちがいるらしい。そして私は真由美さんに連れられてキッチンへ行った。真由美さんはキッチンに入るなり、冷蔵庫を軽く漁り、何かを作り始める。私はとりあえず角の椅子に座った。
数分後、私の目の前には卵のお粥が置かれた。湯気を立てていて、みるからに美味しそう。
「食べていいわよ。ほら、遠慮しないで」
「……いただきます」
私はスプーンでお粥を掬い、口に一口運んだ。その瞬間、口の中に美味しさと暖かさが広がり、私は思わず頬に手をやる。
「……美味しい」
私にとっては久々の食事。最後に食べたのは覚えてないくらい前だ。宇宙の化身は常に体の中をエネルギーが巡っているため、食事は必要ない。
食事がこんなに美味しいだなんて、忘れていた分今まで損していたな。
「今日はもう遅い時間だから、あなたのことは明日みんなに紹介するわね、きっとみんなも、新しい友達が増えて喜ぶわ」
「どんな子がいるの??」
「そうね……みんな元気でとっても良い子よ、きっとあなたもすぐ馴染めるわ」
「ふーん……」
正直私の問題は馴染めるかではない、私の正体がバレないことが第一だ。バレてしまっては私の”人間として普通に過ごす”と言う作戦は台無しになってしまう。今回こそは絶対に、普通に過ごしきってみせる。
まあ、きっとまた私がヘマをして終わるんだろうけど……。
そんなことを考えながら私は卵のお粥を完食した。真由美さんは満足そうにお皿を片付ける。そして私の部屋を用意してくれた。扉が閉まり、部屋に一人になった瞬間、私はベットにボフッと飛び込む。
「……今回こそは、絶対普通に過ごしてやる、人間として」
自分しかいない部屋で、私は密かに固く心に誓う。
しかしこの時の私はまだ知らない。後に私は普通ではいられなくなることを。




