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第6話 E

 まさか、まさか、だよ。

 パパになんて言ったらいいの?


 アナンが家の前まで送ってくれて、今、別れた。


「メラニーにしゃべったことバレたら殺されるんじゃない?」

「かもね。その時は相打ちだ」


 アナンはおどけてたけど、笑えるわけない。

 幼少の頃から性的虐待を受けていた?

 おぞましい事実に現実味が湧かない。


「エミリ、帰ってきたのか?」

「うん。パパは?いつ戻って来たの?」

「実は、あれからメラニーの気分が悪くなってしまってね、食事もそこそこに送ってきたところだ」

「ふぅん」


 アナンが仕返しをされるんじゃないか心配になってくる。


「さっきは、ああ言ったんだけど、私、本当はメラニーのことあまり好きじゃないかも」

「そうなのか?あんなに喜んでたじゃないか」


 パパは完全に騙されちゃってる。


「ごめんね。だから、新しいママに迎えるのは考え直してほしいんだ」

「どこが駄目なんだ?」


 私のママはアメリカ人で、バリバリのキャリアウーマン。今はニューヨークで弁護士をしている。パパがアメリカの大学に留学してた時に知り合って、私が出来ちゃったらしい。離婚して10年経つけど、パパは私が成人するまで恋人は作らないでいてくれたっぽい。せっかく見つけた恋なのにね。ごめんね。でも犯罪者と結婚させるわけにはいかないから。


「パパの見てないところで、意地悪されたの。あの人、二重人格だよ」

「エミリの気のせいじゃないのか?どんな事されたって言うんだい?」

「信じてくれないの?私がそんな嘘ついてどんな得があると思う?」

「嘘とは言ってないさ。ただ、信じられないな……」


 パパはいつものウイスキーを飲み始めた。


「アナン君のことはいいのか?」

「いいって?」

「彼のことも気に入ってたじゃないか。もう会えなくなってもいいのか?」

「パパとメラニーが別れても、私がアナンに会うのは自由でしょ?」

「そりゃそうだ」


 へらへら笑ってないで、真剣に考えてよ、もう。



 ◆



 寝る前にアナンにメッセ。


『今日はありがとう。また相談に乗ってもらってもいい?』

『オーケー』


 わわいいスタンプ。


『会いたいときはどうすればいい?』


 バイト先のコンビニを教えてくれた。


『大丈夫だった?』

『ノープロブレム』


 私が小5の時に、お母さんが日本を離れてからは基本的に日本語だけで生活をしてきた。アナンと英語で話す時間は、何気に貴重で、楽しい時間だった。


 メラニーと殺し合いとかしちゃだめだよ。


 心の中でお祈りをして眠った。



 ◆



「おっはよー!」


 大学のキャンパスが大好き。広くて綺麗で緑がいっぱいあって、大好きな絵を描いて一日を過ごす。


「みいな!昨日はありがとう!」

「なんのお役にも立てずごめんなさい」

「だーかーらー!いーんだって!」


 背中をバシバシ叩く。この子は本当に素直でいい子。


「筋肉痛?」

「うん、ちょっと……普段運動しないから」

「あははは。また参加してくれると嬉しいな」


 みいなはいつも一人で授業を受ける。人を避けてるわけではなさそうだけど、近寄りがたい雰囲気を持っている。私にはそれがミステリアスに見えて、色気?みたいな『女』を感じる。イケオジと付き合ってるからかもしれない。


 ラッキ。次の座学は英語だ。寝てても全然大丈夫なやつ。

 みいなの隣を陣取って、ノートにくるくると落書きしながら、昨日の事を振り返る。


 パパにはあれ以上言えなかった。ムキになったら、逆に不機嫌になって聞いてくれなくなるかも知れない。今朝、もう一度、念を押しとくんだったな。アナンの様子も気になるから、帰りにコンビニに行ってみよう。


 そう言えば、昨日、あの後どうなったんだろう。

 メラニーとの会食があって、私は参加出来なかったけど、いつも試合終わりにはメンバーでご飯を食べて帰る。


『昨日、真っ直ぐ帰ったの?』


 ノートの端に書いて、みいなに見せる。


『みんなで中華に行った』


 やっぱり。いいなあ。


『彼氏のごちそう?』


 みいなは首を斜めに傾げながら、たぶん『うん』な感じの返事をした。

 こういう謙虚なところがたまらんね。こういう恋愛のエキスパートに助言を賜れないかな。


『お昼、一緒に食べよう』


 今度は微笑みながら『うん』って首を縦に振ってくれた。



 ◆



 芝生の上にそのまま座って、カフェテリアで買ったパンを齧る。


「気持ちいいね!外って最高ー」

「そうだね」


 みいなは日本人なのに肌が透き通るように白い。一方で私は白人なのに、そばかすだらけで、なんかダサい。


「中華ってどこ行ったの?」

「駅ビルのレストラン街」

「えー!高級じゃん!金持ち彼氏、最高だねー!」

「エ、エミリはどこ行ってたの?予定があるって言ってたよね」

「うん。パパが彼女を紹介してくれたんだけど、それがとんでもない人でさぁ」

「とんでもない?」


 言ってもいいけど、この子には刺激が強すぎるかも。


「また今度話すよ」

「うん」


 スンとしてるけど、話してみるとお高く留まったところがない。みいなはかっこいいって言うか、どことなく一輪の赤いバラみたいだ。


「この前、連絡先聞いたけどさ」

「うん」

「どうでもいい事とか送ってもいい?」

「え?」

「もっとさ、なんか友達っぽい感じで接してもいい?」

「いいけど」


 赤くなって俯いてる。めっちゃ可愛いんですけど?!



 ◆



 初めて降りた駅でコンビニ探すって、意外とムズイ。


「あれかな?」


 アナンが心配だ。生きてるよね?


「イラッシャイマセ」

「アナン!」


 ちゃんと生きてた!駆け寄って、話しかける。


「シゴトチュウ」

「はいはい。邪魔しないよ。ちょっと、様子見に来ただけ」


 なにも買わないのは悪いから、お菓子コーナーに行く。

 アナンは飲み物の品出しをしてる。


「?」


 立ったりしゃがんだりするたびに、アナンが脚を庇ってる。


「ちょっと!何されたの?」


 アナンに詰め寄る。


「オキャクサマ……」


 なんなのよ!下手な日本語なんか使っちゃってもどかしい。手を引っ張って、自動ドアから出る。


「メラニーでしょ。何された?」

「違うよ。サッカーで捻っただけ」

「そんな嘘ついても無駄。本当の事言って」

「言ってどうなるっていうんだよ。構わないでくれよ」


 アナンの言い方は優しかった。『力無い』という方が正しいかも知れない。

 アナンが必死で保っていたメラニーとのバランスを私とパパが崩してしまったんだ。




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